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承-11-

 いい子いい子する祇葵は嬉しそうに笑う。先程まで反応の薄い相手を気にすることなく喋り続けていたその口が閉ざされれば、沈黙が落ちる。元より寡黙な仁が話すはずもなく、かといって、二人の後をついていくしかない宵達には口を開く余裕はない。

 自然と辺りは静寂に満たされ、雪を踏む音だけが響く。積雪に刻まれた足跡が増えていく、乾いた音を聞いているといつの間にか時間感覚までが麻痺していくようだ。

 その足音が、止まった。

 先の様に祇葵がちょっかいを出した訳ではない。唐突に立ち止まった先導者のその理由がわからず、同じように歩みを止めるしかなかった宵達は互いに顔を見合わせた。

「迎えが来た」

「みたいやね」

 抑揚を欠いた声音が答えをくれる。祇葵に手を引かれ、仁が隅に寄る。それはまるで隠れるかのようで、長身が退いたことで六人の視界にも彼女が見ていたそれと同じ景色が映り込んだ。

「南華師範!」

「玻綾先輩も」

 向こうからもこちらが視認出来たのだろう。数名の門下生を引き連れて歩いてくる玻綾が手を振ってくれているのが見える。

 迎えに来たわよ、と。

 怪我人を抱えた六人の前に立ち、玻綾はおどけた様に笑う。何が起きても理不尽だと嘆くこと自体が既に無意味なこの森の中で、その笑みは、当たり前の日常を思い出させてくれるもので、今の今まで非現実的な状況に置かれていた宵達には、これ以上ない程の温もりだった。

「でも、どうして、南華師範まで……?」

 こういう時はいつも年長者の臣が口を開く。

 試練に怪我はつきもの。その救援部隊として準師範の玻綾が駆り出されるのは分かる。しかし、師範までもが動く理由などあっただろうか。

 いや、確かにその理由はあったのだが。

「不吉な気配が届いたのだ」

 臣の問いに答えたのは、玻綾でも、ましや南華でもなく。

「久賢正師範!」

 響いた重厚な声音に、自然と六人の背が伸びた。思わず肩を貸していた臣から手を離してしまったが、足を挫いているはずの友人は直立不動のまま揺るがない。

 門下生の列が割れる。準師範の玻綾だけでなく、師範である南華までもが頭を下げる人物は、三人しかいない。そのうちの一人、久賢が腰には刀を佩き、羽織の袖に入れた腕を組んだいつもの出で立ちで進み出てきた。

「妖に出くわしたのではないかと心配になって来たのよ。でも、届いた妖気が何か異質だと、久賢正師範が」

「その真意を儂も確かめに来たのだ」

 腕を組んだまま、背筋を伸ばして微動だにしない六人をその鋭い視線が滑った。

「何かあったのは確かなようだな。――臣」

「はい!」

 久賢の視線が定まったのは最年長の臣だ。熟練の退魔師に呼ばれ、より一層臣の背が伸びた。答えた声は彼には珍しい、些か裏返ったものになる。

「説明せよ」

 端的に命令され、条件反射で口を開き、けれど結局そこから言葉は漏れず。沈黙が落ち、問い詰めるような久賢の視線に耐え切れなくなったように、逃げた紺色の瞳は森の木に寄り添う様に立つ姿を映し出した。いつの間のか、水色を纏った男は消えていた。その事実に疑問を抱くような余裕は、臣を含め彼等には、ない。

 臣に釣られる様に、幾対もの視線が動く。

「仁……」

 驚きを示したのは玻綾で、怪訝そうな表情を見せたのは南華。その他は明らかな嫌悪を覗かせ、今朝の騒動があった久賢は特にその鋭い眼光を更に硬質なものへと変えた。

 臣から答え手を委ねられた仁は、様々な感情を孕んだ視線を一斉に受け止めながらも、一向に口を開く気配がない。沈黙は次第に重いものへと変化し、まるで切り結ぶ前のような緊張感さえ孕み始め、そこで初めて。

「取り敢えず、帰った方がええんとちゃう?」

 ひょこり、と。まさにそんな効果音が相応しい。

 鬱蒼と茂った木の影から水色が零れ落ちる。仁の背にしている木の影から祇葵が顔を覗かせたのだ。

 そこが定位置とでも言いたげに隣に立ち、己の肩に手を置いてきた祇葵を仁は見上げただけだった。

 空気が動く。沈黙はそのまま、しかし、明らかにそこに孕む意味を変える。耳朶を叩く摩擦音、それは聞き慣れてしまったそれ。宵達の前で、各々の刀を抜いた門下生が久賢を護る様に並び、その前に南華と玻綾が立ち塞がった。

 抜刀した彼等が放つそれは最大限の警戒と、明確な殺気。一色触発の空気は痛みを伴い、見習い風情の宵達は熟練の退魔師が放つ気配に呑み込まれて咄嗟には動けない。

 瞬き一つでこの危うい均衡が崩れて、今すぐにでも白刃がその身に振り下ろされてもおかしくない状況なのに、その受け止め手だけが何処までも自由だった。

「説明なら向こうに帰ってからでも出来るやろ?」

 祇葵の諭しに、腕を組んだ仁が面倒そうに溜め息をついたのがわかった。

「君達も、はよ連れて帰ってあげぇよ」

 向けられる殺気をまるで感じていないかのように、抜刀した状態で様子を窺っている久賢達を祇葵はその色に反した暖かい眼差しを向けた。

「自業自得とはいえ、怖い思いをしたんや。怪我自体は大した事ないけど、疲れとるはずや。はよ、安心出来る所で休ませてあげえよ」

 しっ、しっ、とまるで犬を追い払うような仕草で手を振る。それでも、退魔師達は警戒を解かない。いつでも斬りかかれるように、抜いた刀は納められる気配はない。祇葵もただ笑うだけだ。

 何処までも一方通行な遣り取りを眺めていた仁が、ここで初めて動く。退魔師と祇葵、相容れぬ隣人同士の狭間に結ばれた敵対関係の糸を断ち切るかのように、二者の間を銀色が通り過ぎた。

「帰る」

 一言、それだけで世界が変わる。


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