承-7-
「なんや、これ」
直面した事実に愕然とし、この状況を切り抜ける手立てが見つからないでいる六人の耳に、その驚嘆は届いた。草叢から姿を現した痩身の男は、蠢く異形を見て盛大に顔を顰め、次いで、見ようによっては背後の六人を護るかのように立つ仁を見遣った。
「また派手にやりおったなぁ、嬢」
独特の訛りのある声は耳に馴染まない。それでも、その代名詞は確かに異端の色を纏う彼女を指していた。
嬢と呼ばれた仁は不服そうに眉を顰め、当然のように隣に並んできた男を睨み上げるも、その口が開かれることはない。既に元の姿を取り戻しつつある異形に視線を動かした仁は、再度、小さく舌打ちを零した。
水色の髪、氷の瞳を宿した男は、そんな仁の髪を宥めるかのようにそっと撫でた。
「そんな邪険にしたらあかん。あないなっても、まだ、痛みや悲しみは感じるんやで」
奇声を上げ、巨体を震わせ、触手を我武者羅に振り回す姿は確かに、駄々をこねている子供のようにも見えた。
「ま、君が乱暴に爆破しなければ、あんなにも怒ることはなかったんやけどね」
投げられた批難に、どう見ても都人ではない出で立ちの男を見上げ。
「……約束が違う」
初めて仁は、口を開いた。批難したいのは寧ろこちらだとでも言いたげな声音だった。
「そら、遅れた事は謝るわ。そやけどなぁ、嬢。人間では祓えないと知りながら飛び込むなんて、それは流石に無茶やわ」
澄んだ水色の双眸がちらりと、相棒同士互いに支え合う六人を見遣る。その口元には優しげな微笑が刻まれ、再度絹の髪を梳くその手は、慈しみに満ちていた。
「大事な子達が危ない目に遭うてるのを、見ていられなかったんやね」
可愛いわぁ、と。
その一言が余程気に入らなかったのか、親愛の情で包まれた手を仁は無造作に振り払う。妙に子供じみたその反応に僅かに驚いたように目を瞠っただけで、彼は気分を害した様子も見せずにただ、素直に手を引いた。
「祇葵」
名を呼ぶ、それだけで意思は通じ合う。おどける様に祇葵と呼ばれた男は軽く肩を竦めた。その戯れも、一歩踏み出し、闇を取り戻した異形と対峙した時には綺麗に消え失せている。
怒り、悲しみ、妬み、恨み。様々な負の感情を内包し、訴える言葉を持たない異形はただ蠢く。闇の中に見え隠れする灰黒色は人の顔を模し、そこから彼は何を読み取ったのか。
「可哀想に。ちゃんと、弔ってもらえんかったんやねぇ」
醜い姿に成り果て、理性を失い、言葉を忘れ、それでも尚残る強い想いを読み解く祇葵の、その氷の双眸が宿す輝きは、嫌悪でも、侮蔑でもなく、何処までも穏やかな慈悲の色だ。
「もう安心しいよ。その苦しみから解き放ってあげるさかい」
風が吹く。明らかに人工的に生み出された風は清浄な空気の流れを作り出し、地に降り積もっていた雪を徐々に巻き上げていく。それはやがて白き嵐となり、異形を包み込んだ。
「あぁ、怖がらんくてもええよ」
状況を理解出来ず、雪の嵐の中で不安そうに巨体を震わせる異形のモノに、祇葵は優しく語りかける。
「君達を向こうに導いてくれる光や。次に目を開けた時、君達は大好きな人に逢えるさかい」
だから、安心して逝くんよ。
雪の嵐に完全に包まれる前に、蠢いていた灰黒色が微笑んだかのように見えた。
風が強くなる。降り注ぐ陽光に煌めく六花は幻想的な情景を作り出し、その風の中に、いつからだろう。透明な歌声が響き渡る。
東雲より落ちる 花桜
誘う黄昏 戯れて
散り 散るよ 微睡に
それが鎮魂歌であると、その静かな歌声を聞く者は理解する。ただ魂の安らぎを祈る歌を導に、雪の揺り籠は空へ舞い上がる。そこに哀しい魂を抱きながら、蒼穹へ溶けて消えていった。




