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第7話 公平な分け前

 宿の部屋へ戻っても、銀貨十八枚の袋はすぐには開けなかった。


 俺――レクトたち三人がネベル村から持ち帰ったのは、依頼品だけではない。泥を吸った服、擦り傷、緩んだ大盾の革帯も、次の仕事までに片づける必要がある。


 机の上へ袋を置き、まず傷を見せ合った。俺の膝とガレンの左手は、薬を塗って清潔な布を巻けば済む。フィナには目立つ傷こそなかったが、荷の紐を押さえ続けた指が赤くなっていた。


「報酬を分ける前に、今回の仕事で必要になった金を出したい」


 俺は紙を一枚広げ、先に用途を書いた。治療に銀貨一枚、三人分の服と布の洗濯、乾燥に一枚。ガレンの盾の革帯を直すのに二枚、使った薬と包帯、封緘札を補うのに二枚だ。


「必要経費は合計六枚。報酬十八枚から引くと、残りは十二枚になる」


 袋から銀貨を出し、最初の六枚を用途ごとに分けた。残った十二枚は四枚ずつ、三つの山にする。


 以前のクランでは、机に着いた時には取り分が決められていた。差し引かれた理由を尋ねても、必要な金だと言われるだけだった。


 だから俺は、自分の前の四枚より、二人の顔を見てしまう。三人とも、自分が多く働いたと言える理由はあった。ガレンは岩牙猪を防ぎ、フィナは道を開け、俺は手押し運搬車を引いた。


「盾の修理は俺の装備だ。俺の四枚から出してもいい」


 ガレンが、自分の山の銀貨に指をかけた。


「大盾は今回、三人と荷物の退路を守るために傷んだ。個人の買い物じゃない。経費に入れる」


 俺が紙に書いた盾修理の行を指すと、フィナも封緘札の行へ指先を置いた。


「私の札も同じ扱いですね。なら、どちらも先に補って、その残りを同じ額にするのが継続契約どおりです」


「そうだ。一人四枚。金額と用途に異論はあるか?」


 フィナは六枚の経費をもう一度数え、首を横に振った。ガレンも、合計を書いた紙と三つの山を順に確かめる。


「ない。銀貨四枚、受け取る」


「私も四枚、受け取ります」


 二人が自分の分だけを取った。最後に残った四枚を、俺も財布へ移す。


 同じ額を受け取った。それだけのことなのに、胸の奥に残っていた固いものが、少しほどけた。


 フィナは計算を書いた紙の裏へ、三人が受け取った額も記した。俺とガレンがそこへ目を通し、経費六枚の包みを報酬の袋とは別にする。


「依頼のたびに、先に用途を書きましょう。使わなかった分が出れば、それも三人で確認できます」


 フィナの提案に、ガレンが頷いた。誰か一人が帳尻を握るのではなく、三人とも同じ数字を見てから金を動かす。それなら、取り分を受け取る時に疑う必要はない。


 経費の六枚を持って、俺たちはその日のうちに生活を立て直した。


 治療所で傷を洗い、薬と新しい布を受け取る。宿では泥だらけの服を洗濯へ出し、乾くまで借り着に替えた。防具職人には大盾を預け、革帯の擦り切れた箇所を見せる。


「革そのものは持つ。留め具と一緒に替えれば、明朝には渡せる」


 職人の返事を聞いて、ガレンは肩から力を抜いた。壊れるまで使うのではなく、次も守れるうちに直す。そのための二枚だった。


 雑貨屋では、使った薬と包帯を補い、フィナが封緘札の枚数を一枚ずつ確認した。最後に財布と経費用の包みを見比べても、紙に書いた六枚から余りも不足も出ていない。


 宿へ戻ると、乾いた服、補充した消耗品、明朝受け取る大盾の預かり証を机の上へ並べた。フィナは封緘札を濡れない内袋へ戻し、俺は包帯と薬をすぐ取り出せる場所へ移す。ガレンは革帯の代わりに傷んだ箇所がないか、盾以外の留め具まで確かめた。


 汚れた物と清潔な物を分け、必要な品が三人分揃っていると確認して、ようやく荷を閉じる。帰還は、街の門をくぐれば終わりではない。次に持ち出せる形へ戻して初めて終わるのだと、三人の手順が揃っていった。


 湯で泥を落とし、温かい食事を取り、乾いた寝台で眠る。依頼から帰った夜を、金の取り合いではなく、次に出られる状態へ戻すために使えた。



 翌朝、修理された大盾を受け取った俺たちは、冒険者ギルドの鑑定板の前に立っていた。


 鑑定板は、登録証を置いた者の職業と確認済みの技能を映す石板だ。自分の職業が《統合指揮官》だとは知らされていたが、詳細はまだ確認できていない。


「今のうちに、分かる範囲だけでも見ておきたい」


 俺が登録証をくぼみへ置くと、灰色だった板の表面に白い文字が浮かんだ。


『職業名:《統合指揮官》』


『職業レベル:Lv.1』


 続いて表示された職業技能は六つだった。


 《状況把握》。


 《指示伝達》。


 《士気鼓舞》。


 《編成補助》。


 《経験共有》。


 そして、《最適編成》。


 俺は一つずつ声に出し、フィナが紙へ同じ順番で写した。ガレンは表示と紙を見比べ、六つで間違いないと確認する。見覚えのない七つ目が紛れていることも、名前の欠けている技能もなかった。


 それより下には、何も出ない。上の職業も、転職の条件も、能力値や経験値も表示されなかった。


「六つとも、名前だけか」


 ガレンが革帯の替わった大盾を背負い直した。


「名前だけでも、試す順番は決められます。《最適編成》は、私たちの役割に関わりそうです」


 フィナの言うとおりだった。だが、分からない力を依頼中に初めて使うわけにはいかない。


「危険のない作業で確かめたい。対象はフィナ一人だけにする。俺が指示しても、嫌だと思ったらすぐ止めてくれ」


 俺は目的も先に示した。ギルドの練習用木箱を、運搬中に中身が動かないよう封じ、紐で固定する。それだけだ。


 フィナは木箱と紐を見てから、俺の目をまっすぐに見返した。


「目的に同意します。私一人を対象に、《最適編成》を試してください。違和感があれば、その場で言います」


「ガレンは観察だけを頼む。能力の対象にはしない」


「分かった。時間と距離は俺が測る」


 ギルドの練習通路には、一メートルごとの印が床に刻まれている。ガレンが十五分の砂時計を置き、俺とフィナは木箱のそばに並んだ。


 共通の目的を思い浮かべ、フィナへ任せる仕事を二つに分ける。封の点検と、荷紐の固定だ。


 その瞬間、《最適編成》という名が意識の奥で輪郭を持った。視界に重なる淡い文字は、鑑定板より細かい。


『連携補正:成立』


『対象:一人』


『有効距離:約三十メートル』


『継続時間:最大十五分』


『担当可能役割:一人二役まで』


 条件の下に、フィナについて把握できる三つの項目が並ぶ。


『《適任役割》封の点検/荷紐の固定』


『《活用可能技能》封緘術士として扱える封』


『《阻害要因》封緘具が作業台の反対側にある』


 見ると、札を収めたフィナの封緘具は、木箱を挟んだ反対側に置かれていた。彼女が動く前に、俺はそれを手の届く位置へ移す。


「フィナは封を確かめ、そのまま左から紐を回してくれ。札はここに置いた」


「はい。これなら持ち替えずに続けられます」


 フィナは封の継ぎ目を確かめ、封緘札を当てた。その手が止まる前に左側の紐を取り、木箱の角へ沿わせる。


 俺が次に必要な動きを短く伝えると、フィナは聞き返さずに結び目まで作った。新しい技を使ったわけではない。本人が元からできる二つの作業が、邪魔になる物を除いた順番でつながっている。


「動かされている感じはあるか?」


「ありません。考えているのも、手を動かしているのも私です。ただ、次に何をするか、レクトさんの指示がいつもより迷わず入ってきます」


 連携補正は、心を操る力ではない。存在しない技能を与える力でもない。同じ目的に同意した相手が持つものを、役割と指示で噛み合わせる補助だ。


 俺は確認のため、三つ目の役割として木箱の運搬記録まで同時に任せようと考えた。


 淡い文字が揺れ、二役までという表示から先へ進まない。無理に三つ目を重ねようとした途端、こめかみに針を差し込まれたような頭痛が走った。


「レクト?」


 フィナの顔が二重にぶれた。俺は目を閉じ、三つ目の役割を取り消す。


「大丈夫だ。二役を超えて把握しようとして、俺が誤った。頭痛と、視界の乱れが出た」


 数呼吸で像は一つに戻ったが、痛みは薄く残った。間違った見立てを押し通せば、肝心の指示までできなくなる。


「では、二役までで止めましょう。続けられますか?」


「痛みが引いてから、距離と時間だけ確かめる。同じ目的、同じ対象のままだ」


 休んで視界が戻ったあと、フィナだけが完成した木箱を持って通路を歩いた。十メートル、二十メートルと離れても三項目は見える。


 三十メートルの印では文字が薄くなり、その少し先で消えた。フィナが印の内側へ一歩戻ると、再び同じ三項目が浮かぶ。


「約三十メートルで合っている」


 俺の声を聞き、砂時計を見ていたガレンが手を上げた。


「もうすぐ十五分だ」


 最後の砂が落ちる。十五分になった瞬間、《連携補正》と三項目の表示は静かに消えた。


 俺がもう一度同じ役割を思い浮かべても、消えた文字は戻らない。少なくとも一度成立した補正は、十五分を越えて都合よく延ばせるものではなかった。


 フィナが木箱を下ろし、自分の指を開いて確かめる。


「知らない技能は増えていません。気分や考えも変わっていません。封と紐を、決めた目的どおり扱えただけです」


「それでいい」


 対象は一人、届くのは約三十メートル、続くのは最大十五分。一人へ任せられるのは二役まで。分かるのは、適任の役割、活用できる技能、働きを邪魔する要因の三つだ。


 限界を越えれば、俺自身の頭痛と視界の乱れで指揮が崩れる。便利な名前だけを信じるより、今ここで失敗しておけたことの方が大きい。


 銀貨を同じだけ分けた昨日に続いて、今日は役割を押しつけず、同意して確かめられた。


 俺たちはようやく、三人で働き続けるための金の扱いと、力の扱いを一つずつ決め始めていた。


 ただ、次の依頼に備えるには薬が足りない。セレスティアでは薬が不足しており、今回使った分を補っただけでは心許なかった。


 手掛かりは薬庫の記録だ。次はそこから薬の流れを追い、薬を作れる調薬師を探す必要がある。

分配:報酬銀貨18枚、必要経費6枚、残額12枚を一人4枚。

鑑定:《統合指揮官》Lv.1/《状況把握》《指示伝達》《士気鼓舞》《編成補助》《経験共有》《最適編成》。

《最適編成》:対象1人、約30m、最大15分、一人2役まで/把握項目《適任役割》《活用可能技能》《阻害要因》。

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