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第13話 進む前に、帰る条件を決める

 翌朝、冒険者の仕事を扱うギルドの受付係は、机に広げた略図へ太い線を引いた。


「第一標識から奥は、今回の調査範囲ではありません」


 線の手前にあるのが、セレスティア近郊の浅層迷宮、その古い荷運び口だ。


 地上から資材を運び込むために使われていた入口で、今は登録冒険者が魔獣を間引きながら通路を保っている。


「入口から第一標識までなら、通常はDランクの仕事です」


 受付係の指が、入口側の短い経路をなぞる。


「ただし、定期的な間引きが入るのは入口側だけです」


 指は第一標識で止まり、その先へは進まなかった。


「標識より奥は未処理で、より強い魔獣が残っていますから、今回は立入禁止です」


 浅層と呼ばれていても、迷宮全体が安全なわけではない。


 人が繰り返し危険を減らしている入口側と、その手が届かない奥が一本の通路でつながっているだけだ。


「依頼内容は、第一標識までの経路確認と採取ですね」


 俺が尋ねると、受付係は頷いた。


「古い荷運び口の周辺で、鎧殻鎌虫の殻片が見つかりました」


 鎧殻鎌虫は、その名のとおり鎧のような外殻と鎌状の前脚を持つ魔獣だ。


「殻片、卵殻、通過痕などを見つけたら採取か記録をしてください」


 放棄水路へ運ばれた荷に卵殻が混じっていた経路を調べるには、荷が通っていた場所を確かめる必要がある。


 それに、昨日分かった四人連携が、狭い通路でも働くのかを危険の低い範囲で試したい。


 力試し、能力の検証、卵殻混入の経路調査。


 受ける理由は三つあるが、どれも命を賭けて奥へ進む理由にはならなかった。


「水路で見つけた卵殻と、ここで見つかった殻片が同じ経路のものかは、まだ分かりませんよね」


 フィナが略図の二点を見比べる。


「だから調べる」


 俺は荷運び口の印を指した。


「一致する証拠がなければ、違ったという結果も記録して持ち帰る」


 原因を決めてから証拠を探せば、都合の悪い痕跡を見落とす。


 今回必要なのは、奥へ踏み込む勇気ではなく、決められた範囲に何があるかを確かめる目だった。


「調査登録には、責任者としてDランクが二名必要です」


 受付係は俺とガレンの登録証を確かめた。


「Dランク斥候のレクトさんと、Dランク重装士のガレンさんで条件を満たします」


 次にフィナとリゼの登録証を見る。


「Fランク封緘術士のフィナさんと、Eランク調薬師のリゼさんは、それぞれの技能を使う補助枠で同行となります」


「二人を前へ出すための枠ではありませんよね」


 俺が確認すると、受付係は表情を変えず答えた。


「登録上も、調査の責任はDランク二名が負います」


 補助という言葉を、危険の押しつけに使わせるつもりはない。


 俺は略図の第一標識へ、もう一本線を重ねた。


「その線を越えないことを依頼票に追記してください」


「承知しました」


 受付係が書き足した文を、四人で確認してから受諾した。


 ギルドを出た後、俺たちは市場で調査用の補給を揃えた。


 手元を照らす灯り、互いの距離を保つ綱、採取したものを分ける袋、経路と発見物を残す記録具。


 必要な品だけを選び、共同運転資金から銀貨二枚を支払った。


「残高は銀貨五枚です」


 フィナが帳面へ数字を書き、三人へ順に見せる。


 リゼは薬の包みを一つずつ確かめ、用途が違うものを別の袋へ分けた。


「それで足りますか」


 俺が尋ねると、リゼは袋の数をもう一度数えた。


「この調査範囲で傷や毒に対応できるか判断する分には足ります」


 彼女はそこで言葉を切り、俺を見る。


「ただし、即効回復薬は作れません」


「分かっている」


「傷を負ってから、私がすぐ元どおりにできると思われると困ります」


 昨夜の薬も、観察と待機を重ねてようやく毒の進行を止めたものだ。


 迷宮の中で傷を負えば、同じだけ待てるとは限らない。


「戻ってから話すのでは遅いな」


 俺は買ったばかりの記録用紙を一枚抜いた。


「出発前に、全員の不得手と退出条件を書こう」


 共同宿舎へ戻り、大部屋の机を四人で囲んだ。


「まず俺から言う」


 ガレンがそう言って、盾を椅子の横へ立てかけた。


「退路を守ることはできるが、正面からCランク級へ挑んで勝てるとは言わない」


 彼は迷いなく続ける。


「それらしい気配があるか、盾で一度受けて押し負けると判断したら、俺は撤退を求める」


 俺は紙へ、Cランク級へ正面から挑まない、ガレンが支えきれないと判断したら撤退、と書いた。


「次は私です」


 フィナが封緘紙の束を机へ置いた。


「小さな範囲を短く封じることはできますが、広い通路を長時間封じ続けることはできません」


「封じた場所が破られた時は?」


「同じ場所へ続けて重ねるより、退きます」


 長時間の大規模封緘はしない、短い封緘が破られたら退く。


 俺が書いた文を読み上げると、フィナは頷いた。


「私の条件は、薬量です」


 リゼが用途別に分けた袋を示した。


「即効回復薬は作れませんし、持っている薬で対応できる傷か毒かは、実際に見なければ判断できません」


 彼女の指が、一番小さな袋へ触れる。


「必要な薬量が尽きた時点で、私は撤退を求めます」


「残りが少なくなった時ではなく、尽きた時でいいのか」


 俺が確認すると、リゼは少し考えた。


「一人分を残した状態で、新しい危険が見つかった時もです」


 俺はその条件も加えた。


 最後に、自分の欄へ第一標識を越えない、経路を見失う兆候があれば戻ると書く。


「俺の指示がなくても、誰か一人が退出条件を満たしたと言ったら戻る」


 紙を机の中央へ置き、三人の顔を見る。


「理由の説明は、出口へ戻ってからでもいい」


「指揮官がまだ進めると言ってもか」


 ガレンが試すように聞いた。


「戻る」


 俺が答えると、ガレンは満足そうに顎を引いた。


 フィナが筆を取り、紙の末尾へ自分の名を書く。


 リゼは文面を最初から最後まで読み返してから、その下へ署名した。


「私の条件も変わっていません」


 彼女が確かめるように言う。


「変えない」


 俺は答え、自分の名を最後に書いた。


 昨日、彼女が継続不能と判断した時に検証を止めたことが、今日の署名につながっている。


 契約は紙に書けば終わりではなく、守った回数だけ信じられるものになるらしい。


「では、《最適編成》の役割も確認します」


 フィナが昨日の記録を横へ並べた。


「レクトさんが経路と指示、私が封緘と確保、ガレンさんが退路守護、リゼさんが薬と状態判断です」


「現地で頻繁には入れ替えない」


 俺は四人分の役割を一度だけ読み上げた。


「状況が変わって役割を変える必要が出たら、力を切って全員で決め直す」


「昨日みたいに、レクトだけで変えないってことだな」


 ガレンの言葉に、俺は苦笑して頷いた。


 頭痛はもう残っていないが、失敗の記録は消さない方が役に立つ。


 四人が自分の役割を了承すると、昨日と同じように動作の順が薄く見えた。


 俺はすぐ力を切る。


 今日は補正の強さを試す日ではなく、戻るための約束を持っていく日だ。



 セレスティアの外へ出た俺たちは、日が高くなる前に浅層迷宮の入口へ着いた。


 古い荷運び口は石壁に四角く開き、奥へ向かうほど朝の光を飲み込んでいる。


 入口の脇には、定期的な間引きに入った冒険者が残した記録板があった。


 俺は日付と経路を確かめ、入口側で最近処理された魔獣の印を紙へ写した。


「間引きの記録は第一標識までです」


 フィナが記録板の末尾を指す。


「その先は空欄ですね」


「空欄は、安全という意味ではありません」


 リゼが灯りへ火を移しながら言った。


「人の手が入っていないという意味です」


 俺たちは綱の間隔を確かめ、決めた役割のまま荷運び口へ入った。


 俺が経路の分岐と足元を見て、フィナが後で採取できる痕跡へ印を置き、ガレンが背後を守り、リゼが壁や床の付着物を観察する。


 入口側には、間引きの跡がはっきり残っていた。


 通路を塞いでいたものが片づけられ、壁の傷にも古い印が添えられている。


 それでも安全だと思い込まず、曲がり角ごとに止まり、灯りの先と背後を交互に確かめた。


「右の壁に擦れ跡があります」


 フィナが声を上げ、俺は全員を止めた。


 古い荷運び口へ続く壁の低い位置に、硬いものを引きずったような線が何本も走っている。


 傷の一部は古いが、その上に重なった一本だけ色が新しかった。


 リゼが距離を保ったまま灯りを寄せる。


「ここでは断定できませんが、荷車だけの跡には見えません」


 俺は形と位置を記録し、進行方向を示す矢印だけ添えた。


 まだ採取物も、鎧殻鎌虫そのものも見ていない。


 だが、最近何かが古い荷運び口の側へ動いた痕跡はある。


「音がする」


 背後を守っていたガレンが小声で告げた。


 四人が黙ると、進行方向の暗がりから、硬いものが石を擦るような音が一度だけ届いた。


 近いのか遠いのかは分からない。


 俺は略図を開き、次の曲がり角の先に第一標識があることを確かめた。


 そこまでが、間引きの届く範囲だ。


 その先には、誰にも処理されていない区画が続いている。


「ここからは、帰る条件を声に出しながら進む」


 俺の言葉に、三人が短く応じた。


 浅層という名前に守ってもらうつもりはない。


 俺たちは不穏な擦過音の回数と方向を記録し、立入禁止の線を越えないための一歩を選んだ。

調査用補給:銀貨2枚/共同運転資金残高:銀貨5枚。

調査範囲:浅層迷宮の入口から第一標識まで/Dランク二名、補助枠二名。

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