高嶺の花の迷走と蛙化
「ユウくんが…『釣り合わない』って絶望しちゃった…」
前日、気合を入れて超絶美少女化したら、なぜかユウを絶望させてしまったカレン。
彼女は昨夜、一睡もできずに部屋で頭を抱えていた。
「なんで?どうして!?私はユウくんに相応しい女になりたかっただけなのに!」
必死で思考を巡らせた結果、カレンの脳内にこの世界の『男子の本能』に関する知識が電撃のように駆け巡る。
「…あっ!そうか!男性の本能は『守られたい』『完璧な女子には引いてしまう』のよ!完璧すぎる女子は敬遠されて、ちょっと抜けててだらしない女子の方が『俺が守ってあげなきゃ!』って愛されるんだ!」
ユウが求めていたのは、高嶺の花ではなく、自分を必要としてくれる、ちょっとダメな女子だったのではないか!?
「そうよ!私が完璧すぎたからユウくんは自信をなくしちゃったんだ!なら、私が隙だらけになればいいんだわ!」
◇◇◇◇
翌朝。
俺は、今日からさらに過酷な自分磨きを始めようと、悲壮な覚悟で教室のドアを開けた。
「おはよう、カレンちゃ…ん!?」
挨拶が途中で氷りついた。
そこにいたのは…
髪は寝癖でボサボサ。
制服のシャツは第二ボタンまで開いて、裾もだらしなくはみ出し、スカートはシワシワ。
挙句の果てに、朝食べたであろうパンのくずを口元につけたまま、椅子にぐったりと深々と腰掛けたカレンちゃんの姿だった。
「ふあぁ…あ、ユウくん、おはよぉ♡」
カレンちゃんは、とろんとした目で俺を見上げ、あざとく口元をほころばせる。
(ど、どう!?だらしなくて、手のかかる可愛い女の子でしょ!?これならユウくんも『俺が世話してあげなきゃ!』って甘やかしてくれるはず!)
カレンは心の中でドヤ顔を決めていた。
だが…
「…え????」
俺の脳内で、ガラガラと音を立てて何かが崩れ去っていった。
あ、あれ?
俺が憧れていた、あの凛として美しく、俺に妥協を許さない厳しくも気高い『高嶺の花』のカレンちゃんは?
「カ、カレンちゃん、髪、跳ねてるよ。シャツも…」
「えへへ、私ってばドジだからぁ…ユウくん、整えてくれないかなぁ?♡」
…えっ、キツい。
なんか…すごく、キツい…
あんなに憧れていたはずなのに。
あんなに追いつきたかったはずなのに。
急激にズボラ化した目の前のカレンちゃんを見て、俺の心の中に急速な『冷め(蛙化)』が巻き起こっていた。
俺が好きだったのは、俺を極限まで高めてくれるストイックなカレンちゃんであって、ただのだらしない女子じゃないんだが!?
そこへ、事情を知らないクラスのギャルがニヤニヤしながら通りかかる。
「あはは!なんか二人、雰囲気が熟年夫婦みたいじゃん!あんたたち、もう付き合ってるんだよね?」
「まだだけど…(俺にはまだハードルが高すぎるし、っていうか今のカレンちゃんはちょっと…)」
俺が冷や汗をかきながら否定しようとした、その瞬間。
「う、うん、付き合ってるよ♡」
カレンちゃんが間髪入れずに、頬を染めて即答した。
「え?」
俺は二度見どころか五度見くらいしてカレンちゃんを振り返った。
「え?付き合ってる?」
「だって、ユウくんは私のためにこんなにカッコよくなってくれたし…私もユウくんの『好み』に合わせてあげてるんだもん♡ね、ユウくん♡」
「好み!?これが!?どこがだよっ!!」
カレンちゃんの瞳の奥に宿る、底知れぬ漆黑。
そして、まさかの既成事実化の付き合ってる宣言。
カレンちゃんが壊れてしまった?
「カレンちゃん…頼むから…頼むから元のカレンちゃんに戻ってくれぇぇぇ!!」
「えっ…えええええっ!?!?」
俺は、カレンちゃんの前に膝をつき、半泣きになりながら縋り付いていた。
カレンちゃんは、ボサボサの頭とシワシワの制服のまま、目と口を極限まで見開いて凍りついている。
(な、なんでぇぇぇ!?ドジでだらしなくて手のかかる『守ってあげたくなる女の子』を演じたのに…なんでユウくんが半泣きで絶望してるのぉぉぉ!?)
カレンちゃんの脳内で、悲鳴が響き渡る。
「カレンちゃん!俺はね、君のあの凛とした美しい姿に、俺を一切甘やかさないあの厳しい眼差しに救われたんだ!」
俺は熱弁を振るう。
「『大嫌い』って言われたあの日から、俺は君に相応しい男になりたくて死ぬ気で自分を磨いてきた!髪を切り、筋トレをし、学年二位まで登り詰めた!それは全部、高嶺の花であるカレンちゃんの隣に立ちたかったからなんだよ!」
「ユ、ユウくん?」
「なのに…なのに今のカレンちゃんはどうだ!?髪はボサボサ、シャツははみ出し、あくびばかり!これじゃ、俺が今まで血の滲むような努力をしてきた意味がなくなっちゃうじゃないかぁぁぁ!!」
「そ、そこぉぉぉ!!」
カレンは激しいツッコミを入れた。
そう、ユウという男のポジティブモンスターぶりを、彼女はまだ甘く見ていたのだ。
彼にとってカレンは守って甘やかす対象ではなく、どこまでも自分を高めてくれる崇高なモチベーション(師匠)だったのだから!
「俺の憧れていた、気高くて美しくて、俺を極限まで高めてくれる最高にカッコいいカレンちゃんに戻ってくれよ!今のズボラなカレンちゃんじゃ、俺、蛙化しちゃいそうだ!」
「か、蛙化ぁぁぁぁ!!????」
『蛙化』という単語を聞いた瞬間、カレンちゃんの全身に激震が走った。
(嫌っ!嫌嫌嫌嫌!!ユウくんに冷められるなんて絶対に嫌ぁぁぁ!!私のユウくんがどっか行っちゃうよぉぉぉ!!)
パニックに陥ったカレンちゃんは、必死に自分の髪を手ぐしで整え、シャツをスカートに押し込み、バッと背筋を伸ばした。
「も、戻る!戻ります!元の私に戻りますからぁぁぁ!!」
「ほ、本当かい!?カレンちゃんっ!」
涙目で見上げる俺に、カレンちゃんは顔を真っ赤にしながら、本来の凛とした(しかし愛が重すぎる)瞳で訴えかけた。
「だ、だから…冷めないでっ!私…ユウくんがカッコよくなりすぎて、私に失望して離れていっちゃうのが怖かったのっ!ユウくんに甘やかされたくて…もっと頼ってほしくて、迷走しちゃっただけなのっ!」
「あ…」
俺は目を見開いた。
そ…そうだったのか…
カレンちゃんが急にだらしなくなった理由。それは、俺を試すためでも何でもなく、俺と離れるのが怖くて、必死に俺に合わせようとしてくれた結果の迷走だったのだ。
「カレンちゃん…」
「う…うぅっ。格好悪いよね…私…」
涙をポロポロとこぼし、うつむくカレンちゃん。
自分を犠牲にしてまで俺に発破をかけ、俺に追いつこうと必死に可愛くなり、迷走してまで俺の側にいようとしてくれた彼女。
ああ…やっぱり、カレンちゃんは世界で一番愛おしい女性だ!
俺の心の中の『蛙化』なんて一瞬で吹き飛び、代わりに熱い感情が胸いっぱいに広がる。
「格好悪くなんてないよ」
俺は立ち上がり、泣いているカレンちゃんの頬の涙を、優しく指で拭った。
「ありがとう、カレンちゃん。俺のために迷走してくれるくらい、俺のことを見ていてくれたんだね」
「ユウ、くん…」
「決めたよ。もうカレンちゃんに不安な思いはさせない」
俺は彼女の瞳をまっすぐに見つめ、ド直球の最高のイケメン笑顔を向けた。
「俺、もっともっと格好良くなって、カレンちゃんが自慢できる『世界一の男』になってみせる。だから…ずっと俺の隣で、俺を導いてくれる『高嶺の花』でいてくれないか?」
「あ…あ…これっ告白?♡」
「付き合ってください!」
完璧なド直球攻め。
カレンちゃんの脳内で、再び甘いトキメキと重愛のスパークが爆発した。
(やっぱり…やっぱり格好よすぎるっ!逃がすわけない…一生、私だけのものにしてあげるんだから♡)
「うんっ♡ずっと…ずっとユウくんの隣にいるからね♡」




