8.友希の事情
もうすっかり辺りは暗くなっている。さっきの出来事が嘘のように静まりかえっていた。
友希はゆっくりと自分のことについて話した。
「私は、実際は今35歳。と言っても死んだのは19歳のときだから、見た目は19歳だけど。つまり16年間地縛霊なんです」
「そんなに長く······」
「そうなんです。私は死んだ後、ここが天国でも地獄でもないとすぐに分かりました。そして、舞い降りてきた天使に言われました。あなたは地縛霊になっています。ここから離れられませんと」
友希が真っ直ぐ俺の方を見つめながら、思い出すように話す。俺も真剣に話を聞いていた。
「もちろん、私はそんなこと嫌だった。成仏したかった。そう天使に言ったときに、天使がチャンスを与えてくれたんです。それがこの悩み相談。天使曰く、最近の人間は悩みが多いし、相談相手が欲しいと思う人が多い。それにお前自身は成仏できるということで一石二鳥らしいです。その時、100%悩みを解決する能力を貰いました。その悩み相談の内容はもう知っての通りです」
「3つ解決したら地縛霊に戻るんではなく、成仏できるということ?」
「はい、そうです」
「でも、友希は地縛霊に戻ると言ってなかった?」
「······あれは嘘です」
なぜそんな嘘をついたのだろう。俺は疑問に思ったが、友希の話が先だ。俺は黙って話を聞いた。
「でも3つ解決って簡単じゃないんですよ。過去に二人の方が悩み相談の相手になりました。一人目は私が地縛霊になって3年目。女の人でした。でも、だめなんですよね。私が幽霊だからって話も聞かずお祓いされました。何とか逃げられたのが幸いです。そして二人目の人が7年前の例の男の人です。その人は私のこと話してしまったんですよね。言わないでって言っても酔ってますから。そして、なかなか努力してもくれないので、未解決で7日過ぎました。この二人も私が見える以上いい人なんですけど、幽霊相手では難しいですね」
たしかに俺も最初は怖がっていた。一歩間違えれば、お祓いも考えたかもしれない。
「しかも、二人目の人が話してしまったので、私の存在や能力を知った悪そうな人達が、私の魂の宿した場所を荒らしていました。私は見えないので捕まることはありませんが、怖かったです。みんな私を道具としか見ていません。これでも一応元は人間なのに」
俺は何となく友希が自分のことを話したくない理由が分かった気がした。生きている人間に対する恐怖。しかし、納得のいかない部分があった。なぜ俺の最後の悩みを聞き出さないのか。友希にとってはこれは千載一遇のチャンス。なぜ成仏の手前で踏みとどまるのだろう。
友希の話は続いた。
「そして悟史くんが3人目。ごめんなさい。正直に言うと、最初は悩みを解決してもらうことしか考えていませんでした。そもそも、人間自体が怖い。その気持ちもありました」
「最初はって?」
「でも違ったんです。悟史くんは本当に優しかった。悟史くんの解決したときの笑顔。私に対する感謝。それを見たとき、本当に嬉しかったんです。しかも、心から私の悩みを解決したいなんて言われたの初めてで嬉しかった」
「ありがとう。話せなかったのは、やっぱり信用できなかったから?」
俺は少しずつ友希のことが分かった気がした。だが、友希答えは意外なものだった。
「その反対です。信用しすぎてしまうから」
俺はきょとんとした。どういうことだろう。信用できないなら分かるが、なぜ信用しすぎてしまうのか? その様子に気づいたのか、友希は詳しく話してくれた。
「天使は忠告しました。絶対に人間に情を加えるな。そして情を持つなと。でも、私はだんだんと悟史くんに対して、心を許していました。不思議でした。生きている人間は怖いと思っていたのに。そして、心のどこかでもっと一緒にいたい。そう思うようにまでなっていました。私、怖かったんです。自分のことを話したら、成仏したいという気持ちが消えてしまうかもしれない。悟史くんといたいという気持ちが大きくなりすぎるかもしれない。そう思ってしまったんです。バカですよね。最終的に悟史くんを傷つけることで、私のことを嫌いになってもらおうとした。でも、できませんでした。あのときはごめんなさい。悟史くんの気持ちを全然考えていなかった。こんなことしたら悟史くんに未練が残るだけなのに」
意外な答えだった。俺は友希が俺を信頼できないからだと思っていた。しかし、真実はその真逆。友希自身も明るく振る舞いながら、ずっと葛藤していたということになる。成仏したいという気持ちと、俺と過ごしたいという気持ち。だから、残り二日となっても何も言えずにいたのか。3つ解決したら成仏できると言わなかったのも、俺が成仏をせかすといけないから。自分の中で答えがでていなかったから。
「大丈夫。それより、真実を話してくれてありがとう。俺はむしろ感謝してるよ」
俺は友希を元気づけた。友希は一瞬嬉しそうな顔になったが、再び真剣な顔に戻った。
「そこで、私からお願いがあります。私はもう決めました。悟史くんとはどうしても後二日しかいられない。だから、私は成仏を······し······あれ?」
友希の目から再び一滴の涙がこぼれた。友希は必死にそれを拭う。
「俺もその方がいいと思う。正直、俺も友希に既に情が入っている。そして、ずっと一緒にいたいとも考えてしまう。でも、それでも俺は友希は成仏するべきだと思う。だって、それで友希が天国へ行けるなら、その方が幸せなはずだから」
「悟史くん、情は入ったらいけないんですよ」
「その顔で言われたって説得力ないよ」
俺は友希ティッシュの箱を与えた。友希がこれまで俺のことをそこまで気にしてくれているとは思わなかった。そう考えると嬉しい。ただ、俺は嬉しいだけではなかった。やはり友希とはお別れしなければいけない。人間と幽霊。本来は関わってはいけないものだから。俺はそう考えるとやはり寂しい気持ちもあった。
「友希、過去を話してくれてありがとう。成仏できる?」
友希は涙を拭いながら頷いた。天使さんごめんなさい。でも、必ず友希を成仏させてあげます。だから、最後に俺のわがままに付き合ってください。俺はそう心の中で思い、友希にお願いをした。
「もしよかったら、二人で協力して無念を晴らしない? 俺ばかりが悩みを聞いてもらうより、その方が納得いくから」
「······ぜひお願いします」
想像以上に友希は素直だった。
「ただ、情を持たないようにしないといけないみたいです」
「でも何で?」
「私が情を持つと、それが理由で成仏できなくなるから。悟史くんが情を持つと、自ら死を選ぶ危険があるからじゃないでしょうか?」
なるほど。だが、俺はすでにもう情を持ってしまっている。しかし逆に言うと、そこさえ気をつければ問題ないということになる。
「俺はもう友希に情を持ってしまっているところもある。でも、俺はそれとこれとは別。友希を成仏させることに専念するよ」
「私も同感です。これで未練を残しても、私は悟史くんに会える訳ではないです。誰も得をしませんから」
このとき久しぶりに友希は笑った。友希は涙を堪えて、精一杯明るく振舞っているようだ。
俺ももちろん寂しかった。しかし、それは最初から分かっていたこと。俺は笑顔で言った。
「情が入りかけていることは天使には内緒で」
「そうですね。二人だけの秘密です」
友希は俺の台詞に笑った。友希は続けて話した。
「悟史くん、ありがとうございます」
そう言われると嬉しい。あの時、友希に意地でも質問したのは間違いではなかったようだ。




