6.マジックミラー
疲れた。俺は家の自分の部屋ですぐ横になった。仰向けになってスマホのロックを解く。
「スマホっていいですね。私が生きてた時代はそんなものありませんでしたから、何か新鮮です」
友希がベッドに座りながらつぶやいた。地縛霊だから普段目にすることもないのだろう。
「悟史、お風呂入って」
台所からおかんの声がする。時計は6時過ぎ。少し早いが、俺は風呂へ向かうことにした。
「後でスマホ触ってみる?」
俺は着替えの準備をしながら、友希に聞いてみた。友希は嬉しそうに目を輝かせた。
「いいんですか?」
「もちろん。お世話になってばかりだし」
「ありがとうございます。一度触って見たかったんですよ。お風呂ゆっくり入ってきてください。待ってます」
流石に風呂は無理か······。俺は少し残念に思った。
シャワーを浴びながら、俺は鼻歌を歌っていた。悩みが解決するというのは、やはり気持ちがいい。改めてそう実感した。そういえば、残り一つか。
そのとき俺は脳裏によぎった。この悩みが解決すると友希はいなくなるということを。そう考えると悩みが解決していく反面、別れも近づくことになる。俺は丸一日もまだ一緒にいないのに寂しさを感じていた。
そういえば俺は友希のことを何も知らない。なぜ地縛霊なのか、いつどこでなぜ死んだのか、生前はどんな人だったのか。そもそもなぜ悩みを解決するのか。謎だらけだった。
友希はいろいろしてくれるが、俺自身は何もしてあげられない。もし成仏したいと望んでいるなら、俺は協力してあげたかった。
風呂からあがり部屋に戻ると、友希は俺のベッドで寝転んでいた。
「あ、おかえりなさい。私もお風呂入りたいな」
「入らないの?」
「私、服脱げませんから入れないんです。幽霊は普通入らないんですけど、何か久しぶりに入りたくもなるんですよ。あ、ついでに食事もしないのでご安心を」
友希については本当に謎が多い。睡眠はするのに、食事と入浴はしない。おそらくトイレにも行ってないだろう。
直接聞いてみよう。俺はそう思い、風呂で気になっていたことを聞いた。
「何で地縛霊になったの?」
俺は軽い気持ちで質問した。だが、この質問により、一瞬にして友希の表情が変わるのに俺は気づいた。
今までのテンションとは違い、友希は少し困った顔をした。しかも、友希は黙ったままで答えない。沈黙が少し流れた後、ようやく首を横に振りながら友希は言った。
「ごめんなさい、答えられません」
俺は正直驚いた。答えにくいことだったかな。そう思い、質問を変えた。
「生前はどんな人でどんな生活をしていたの?」
しかし、友希の答えは同じだった。思い出したくないのかもしれない。このときはそう思った。
だが、これ以降何を行っても、友希関する質問は全て同じ答えが返ってきた。困った顔をしている。何を言っても親切に答えてくれた友希が、自分のことを聞かれると黙ってしまった。
なんで答えられないのだろう。これでは友希に何の恩返しもできない。俺が黙っていると、友希は話をそらすように笑顔で言った。
「残り一つの悩みはどうしますか?」
また話をそらすのか。前、悩みを解決するのが好きかと聞いたときも、話をそらされた。今度は引き下がらない。自分勝手なのかもしれない。友希に嫌な顔をされるだろう。それは承知の上だった。
「その一つを解決したら友希はいなくなる」
「はい、そうなります」
「それは嫌だ。俺は友希の悩んでいることを解決したい」
「私、悩んでなんかいませんよ」
悩んでいないわけがない。俺は友希を見ていると分かった。明らかに何かを隠している。
しかし、それを打ち明けてはくれない。まるで見えない壁があるかのようだった。それもマジックミラーのような壁。俺の悩みだけが通り、俺には友希の悩みが見えない。一方通行な悩み相談だからだ。
俺はつぶやくように続けた。
「本当は成仏したいんじゃないの?」
すると友希は驚いたような顔をした。そして、友希はしばらく黙った後、無愛想に口を開いた。
「悟史くんには関係ないです」
「協力したい」
「だから、無理です」
友希はあくまで何も話さない。ただ、聞くなと言わんばかりのオーラを出している。
俺は自然と少し口調が強くなった。
「俺だけ悩みを解決してもらうとか不公平すぎるだろ」
「悟史くんに私の悩みは解決できない」
友希は真顔でたんたんと答えた。どうしても話せない過去があるのか、話してはいけない決まりでもあるのか俺には分からなかった。友希は少し強い口調で言った。
「私は悟史くんの道具にすぎないんですよ」
「道具なんて思っていない」
「じゃあ、何なんですか? 悩みを解決する道具以外何か説明できるんですか?」
友希は悩みを解決する際の優しさではなく、半分怒っていた。初めて見るその表情や口調に驚く。それほど禁句なのだろうか?
しかし、俺は一切道具とは思っていない。そのため、納得がいかなかった。
「友達じゃだめなのか?」
「はぁ? 友達って私は幽霊ですよ。何言ってるんですか? とにかく、私のことについては一切答えられません」
「これが悩みだとしたら?」
「条件を聞いてなかったんですか? 私に関する悩みは解決できないんですよ」
俺は昨日の友希の台詞を思い出した。一つ目の条件。たしかに条件にはあった。
「これ以降、もう私については聞かないでください」
友希はそう言って話を打ち切った。俺は納得いかない。またそう言って一人で抱え込むのだろう。悩みを聞く立場のくせに。しかし、俺はこれ以上は何も言えなかった。本当は助けてあげたいが、今はどうしようもない。
だが、諦めたわけではなかった。まだ6日間ある。その間に手がかりをつかみ、必ず恩返しをしてあげたかった。
「悟史、ご飯よ」
突然おかんの声がした。俺は部屋から出ようとしたとき、友希に背中を引っ張られた。
「ごめんなさい」
「こっちこそ、しつこくごめん」
俺はそうとだけ言い、部屋を後にした。とにかく気持ちを落ちつけたかった。
だが、俺は友希のことが頭から離れなかった。おかんの夕食の味が、いまいち分からない。
友希はどうなることが幸せなのか。しかし、友希に直接聞いても答えてはくれない。
所詮は俺は赤の他人か······そう考えざるを得なかった。
「悟史、大丈夫?」
「えっ?」
気づけば箸がとまっていたようだ。おかんが不思議そうにこちらを見ている。
「あ、ちょっと進路のことを考えてた」
俺は愛想笑いでごまかす。もしあと一つ俺の悩みを聴いてもらうとしたら進路のことが理想だった。しかしそれでは俺ばかりが得をして終わることになる。俺の中で結論を出すことはできなかった。
夕食を終えて自分の部屋に戻ると、友希はさっきのことを気にしているのか俺の顔色を伺っていた。
まあ悩んでも仕方ないか。俺は普通に友希に声をかけた。
「さっきはごめんな。気にしないようにするよ」
「私の方こそごめんなさい。どうしてもこればかりは苦手でして」
友希は安心したかのように言った。やはり特別な事情かな。あと6日間あるから、その間で何か分かるといいな。俺はそう考えることにした。
俺はいつものように趣味で集めた石を拭き始めた。友希は嬉しそうにその様子を見ている。
何か求めてる? 俺は思い出した。スマホを触らせてあげるんだった。
「スマホ、触ってみる?」
俺はそう言って机においておいたスマホを差し出す。友希はその瞬間目を輝かせた。
「ありがとうございます。本物初めて触る。私も欲しいな」
「何かしてみたいこととかある?」
「えーと、いろいろしたい。それから······」
友希のテンションがいつも以上に高い。さっきのことが嘘のようだ。本当は気になっているが、表に出さないようにしているのかもしれない。
結局、友希はこの後スマホで、ゲームを何時間もした。本当に嬉しいそうだった。しかし、友希は一度も自分のことを語ることはなかった。




