4.人間関係の悩み
『終わりました。どうですか? 聞こえますか?』
急に脳内で友希の声がしたため、俺は声に出して驚いてしまった。本当に何の違和感もないため、憑かれていることさえ忘れそうだ。試しに脳内で答えてみる。
『だ、大丈夫です。こんな感じで会話すればいいのですか?』
『はい、問題ないです。もしこの先、私がいない時にこれをしたかったら、石を使ってください。そこにボタンらしきものがあります。それを押すと私に信号が行きますので』
俺は鞄の中から石を出してみた。すると以前はなかったはずの出っ張りが見つかった。おそらくこれのことだろう。試しに押してみる。
ピンポーン!
静かな周りにインターホンのような音が響いた。ただそれだけだった。音が消えると何事もなかったかのように静かな環境に戻った。
俺は思わず吹き出してしまった。
『笑わないでくださいよ。インターホンの音ですけど機能はしてるんですから』
『いやだってインターホンとは思わなかったから。あ、これバイブとかサイレントとかはないの?』
俺は必死で笑いをこらえた。おそらく友希はすねている。表情を見なくても分かる。
『携帯じゃないんですから無理です。授業中に鳴らしたら、携帯が鳴ったのと勘違いされかねますので、気をつけてください。それに、周りに人いなくてよかったですね。傍から見れば、インターホン鳴らして一人で爆笑している変な人にしか見えませんから』
『たしかに······』
友希が人に見えないのを忘れかけていた。これからは気をつけないと。
授業5分前の予鈴が鳴った。俺は次は物理かと思いながらその場を後にした。
「おい早川。昼休みどこ行ってたんだ?」
「あ、ごめん······ちょっと人と会ってた」
教室で友達に声をかけられ、俺は焦った。ただし嘘はついてない。
「お、それって女か?」
「それはないだろ。早川に彼女なんて」
「いや、お前らも人のこと言えないだろ」
俺は友人二人に囲まれていた。彼女ではないにしても女というのはある意味正解だ。間違っても幽霊と会ってました。その幽霊は今俺の中にいますとは言えない。
友人と話していると本鈴が鳴った。それとほぼ同時に担任が入ってきた。
「うわ、次物理かよ」
友人の一人が言い、みんなそれぞれ自分の席に戻っていった。
『あれが悟史くんのよく言うハゲた担任ですか。たしかに薄毛がかなりきてますね』
友希が俺の脳内でクスクスと笑った。そう言えば、直接は見たことないのか。
『残りの髪で必死に抵抗しているようにしか見えないよな』
『それはちょっと納得』
友希は苦笑いしていた。意外とこういう面もあるんだ。気が合いそう。
しかも、これは私語にならない。つまり、暇になっても話せるというメリットに喜びを隠さずにはいられなかった。
『そういえば······』
一人でにやけている俺に、思い出したかのように友希が言った。
『右前の席の人少し感じ悪いです。何となく悟史くんを避けている気がして。さっき昼休み教室に戻ったときも睨むような目つきでした』
右前と言えば······野村か。昨日からのドタバタで気が回っていなかったが、傍から見てもそう見えるのだから、原因があるに違いない。
『もともとあいつは一緒に登下校するし、俺の中では一番の友達だと思ってたんだけど、何か最近変なんだよな』
俺はこの事を初めて打ち明けてみた。友希は真剣に聞いてくれた。
『何かあったのでしょうか?』
『それが原因が分からなくて、悩んでいて······』
あ、これを二つ目の悩みにできるのだろうか? 俺は昨日、友希が数学の悩みを解決してくれたことを思い出し、心が踊った。
『ひょっとして、こういう仲直りしたいというような悩みも解決できるの? 俺、できたらあいつとまた仲良くしたいんだけど』
『もちろんできますよ。悟史くんが最低限努力してくれれば』
友希の答えに俺は思わず笑みがこぼれる。しかし、不安も大きかった。友希に100%悩みを解決する力があるのは疑っていなかったが、人間関係ということもあったからだ。
『原因不明で大丈夫?』
しかし、友希は昨日同様、何一つ焦りはしなかった。
『大丈夫ですよ。たしかに原因が分かっているよりは難しいかもしれません。しかし、人間関係の悩みの中ではよくある話だと思います』
『経験はあるの?』
『似た感じのものはありますけど、過去の人の悩みは残念ながら話せません。絶対極秘です。しかし、私は悩みを解決するためにいるんですから、絶対仲直りさせて見せますよ。例えば、いじめからの救出、片想いの方の恋愛相談、失恋の相談、DVの相談、何でも大丈夫です』
『そんな複雑なことまでできるんだ』
『当たり前です。それが悩みなら解決しなくてはいけません。100%納得いくまで私は諦めませんから』
すごい自信だ。友希の目にはすでに悩み解決までの道筋が見えているのだろうか?
そんな友希の姿を見ていると、俺は素朴な疑問を抱いた。
『友希は悩み相談をするのが好きなの?』
『えっ······あ、好きですよ。だって、解決して喜んでくれたら嬉しいじゃないですか?』
俺は一瞬友希が戸惑ったのが分かった。表情は俺の中にいて見えないが、素直に喜んでいるようには聞こえなかった。それとも、考えたこともなかっただけ? 俺は友希のことが少し気になった。
『それでは、二つ目の悩みはそれでいいですか? 仲直りなら今日の放課後辺りにしてみましょうか?』
『あ、はい······』
友希は話をそらした。やはり何かあるのだろう。しかし、とりあえずは仲直りが先だ。俺はその疑問を心の中にしまった。
放課後。
『では帰ってしまう前に行きましょう。まずは原因を突き止めることからです』
自分で悩みを決めたものの、俺は放課後が近づくにつれて緊張していた。やっぱりやめたいな。半分そんな気持ちになっていた。
『あ、行っちゃいます。早く追いましょう』
『う、うん』
今更やめますとは言いにくい。俺は深呼吸して野村の後を追った。
『とりあえず原因を聞き出しましょう。悟史くん、話しかけて無視されたり、用事があったりしても、引き下がらず粘ることが重要です。まずは、いつも通りに話してみましょう』
俺は友希に言われ、勇気を出して声をかけた。自分に100%大丈夫と言い聞かせる。いつもは話しやすい親友のはずが、すごく気が重かった。
「なあ野村、今日一緒に帰らないか?」
「悪い、用事ある」
いつもでは考えられないくらい冷たい声。それでも俺は友希に言われたことを思い出し粘った。
「用事、付き合うぜ」
「俺にかまうな。さっさと帰れ」
俺はまるで後ろから殴られたような感覚がした。野村は今まで見せたこともないような顔つきで睨んでいる。これが······野村? 俺は何も言えず、その場に立ち尽くした。
『悟史くん、耐えてください。あと一歩。なぜ一緒に帰れないのか聞いてください。悟史くん······』
友希の声が頭で共鳴するが、俺はショックの大きさから何も言えなかった。気づいたときには野村の後ろ姿がそこにあった。その後ろ姿を見てはっとした。早く引き止めないと。そう頭では思うが体が動かない。最低限の努力はしてくださいという友希の言葉が頭をよぎる。分かっているのに勇気が出ない。
気がつくと俺は野村とは逆方向に歩いていた。




