3.脳内での会話
「悟史、遅刻するよ。早く起きなさい」
おかんに叩き起こされ俺は目を覚ました。寝ぼけながらスマホで時間を確認すると、ちょうど7時50分。
「全然大丈夫じゃん」
部屋を出ていくおかんに向かってつぶやいた。学校まで歩いて10分だから、まだ30分もある。俺は制服に着替えながら思い出した。そういえば友希は? 俺の部屋には石があるのみで彼女の姿はなかった。まだ寝ているのかなと思い、そっとその石を持ちリビングに降りることにした。
リビングには、学校の支度をする弟、皿を洗うおかん、そしてソファーでテレビを見る友希がいた。どうやらすでに起きていて、この石は空のようだ。親父の姿はない。もう出かけたのだろう。
それにしても本当に友希は、俺にしか見えないらしい。弟の良汰なんて、すぐそこに友希がいるのに見向きもしない。俺は不思議に思いながら、こっちを向き微笑む友希に、おはようとアイコンタクトした。
「そういえばあんた、志望校はどうなったの?」
テーブルでパンをかじっていると、突然おかんは聞いてきた。またかよ。俺は適当に流した。
「まあいいけど受かりませんでしたとかはなしよ。うちにはお金はありませんから。分かってるよね」
「はいはい、分かってるよ。受かりますよ」
俺は視線をテーブルの上の花瓶に落とした。うちにはお金はありませんからはおかんの名言だ。受験生の親ってみんなこんなものなのだろうか?
俺はパンを食べ終わり、てきぱきと支度を済ませた。もちろん、友希の石も持参する。そして、行ってきますと家を出た。その後ろからは友希が音もなくついてくる。
俺は辺りに誰もいないのを確認してから息を吐いた。
「やっと話せる。おはよう」
「おはよう、悟史くん」
今日初めて友希と会話した。一緒にいるのにしゃべることができないとというは変な感じだ。
「あ、聞いてください。朝ニュースで有名人の結婚を報道してましたよ」
「そうなんだ。俺は別に興味ないけどな。というか幽霊ってテレビ見るの?」
「それは見るんですけど、普段外にいるから見るとき限られるんですよね。しかも地縛霊で行動範囲限られてますし、今でも悟史くんの石からあまり遠くに離れられませんから。特に夜はカーテン閉まっちゃって見れないんですよ」
「え、それって人の家のを見るの?」
「そうですよ。じゃないと暇なんです」
友希と地縛霊ならではの会話をした。しかし、幽霊というより友達と会話している感じだ。幸い田舎で、人通りが少ないため会話もしやすい。
友希といろいろ話すうちに学校に着いた。友達と行く学校はあっても、幽霊と行く学校は初めてだ。この先もまずないだろう。
「おはよー、早川」
「おう、おはよー」
しかし、学校ともなると人も多いし友達もいる。学校に着いてから俺は友希と話すことはほとんどなく、申し訳なかった。
昼休み俺はいち早く食事を済ませ、友希を連れて人通りのない場所で言った。
「暇させてごめん」
「何言ってるんですか。私なんて常に一人······孤独が当たり前です。ほら、学校なんだから私のことなんて気にせず」
「うーん······」
「むしろいろんな人が見られてよかったです。暇潰しに人のノート見たりもできますし。あ、そんなことより数学伸びてますね」
「それは自分でも驚いたよ。でもそれも友希のおかげ······ありがとう」
「いえ、悟史くんが努力したからですよ」
友希は全く気にしてないようだが、俺はやはり気にしてしまう。自分の都合のいいときだけ相談するのが、どうしても納得できなかった。友希が話したい、一人が嫌だと思っているかどうかも分からないが、俺はせめてできることをしたかった。
「うーん、やっぱり学校でも友希と話せたらな」
「悟史くん······」
俺が本音を口にすると、友希は深刻そうな顔をした。決まりが悪そうだ。
「一応方法があるにはあるのですが······」
あ、あるんだ。この時どんな方法かも分からないのに、俺は喜びで満たされていた。
「ただしするかしないかはあくまで悟史くんの意思で決めてください。簡単に言うと私が悟史くんに憑く方法です。憑くって言ってももちろん自我はあるし、自分で行動できる程度にです。これで脳内で私と会話ができます」
流石に俺は動揺した。すぐにお願いしますとは言えない。それ相応のリスクがあるに違いない。
「それをするといつもの俺と何か変わるの?」
「それはないです。変わるのは脳内で会話ができるということだけです。しかし、これには一つ問題があるんです」
「問題?」
「私が悟史くんの中にいる間、悟史くんの行動や友達との会話は全て私に筒抜けです。しかもすぐ分離できたらいいんですが、憑いてから2時間は分離できません」
それだけ? 俺はリスクについて寿命が縮む、生命力を奪われるといった、もっと大きいことを考えていたため拍子抜けした。
「是非お願いします」
俺は何の躊躇もなく承諾したが、友希は恥ずかしそうに小声で言った。
「······トイレはどうするんですか?」
「あっ······」
俺は恥ずかしくて仕方なかった。友希とトイレ······
いやいや、俺は急いでその考えを消した。友希は遮るように話をそらした。
「まあ私に反対する権利はありませんから、悟史くんがよければそうします。ただ、私からお願いがあるんですが、気はつかってほしいです」
「それはもちろん」
友希に逆に迷惑かけたのでは話にならない。精一杯、気はつかうつもりだ。
「7年前、つまり悟史くんの前の方の悩み相談のときに、これをしたんですが苦労しましたから。その方は大のお酒好きで、飲み出したら声に出して、会話してしまって大変だったんです。何より二日酔いの方と一緒は遠慮したかったです」
たしかにそれは辛い。俺は苦笑した。俺の前に彼女に出会った人はそんな人なんだと思う。そこで俺はふと疑問に思った。1年に1回なのに7日目に人の姿にならないこともあるのかと。
「前の人に会ってから俺に会うまで、何年もあったと思うんですけど、その間に悩み相談したのは1回だけ。それ以外はどうしていたのですか?」
「単純にただの地縛霊ですよ。私が魂を宿したものが誰の所有物でもない場合、ただ精子と出会えなかった卵子のように、2週間そのまま過ごすんです。そして再び地縛霊に戻り、来年に備えます」
友希には謎が多いとまた思う。ただ分かるのは、すでに地縛霊となり7年以上経っているということだ。友希は孤独ではないのだろうか?
「それより憑きましょうか? やめときますか?」
友希が話をそらすかのように、話を元に戻した。俺は少し悩んで言った。
「必要なときだけしてほしい。そして今ここでも。トイレは大丈夫だから」
「分かりました。準備はいいですか?」
俺はうなずく。承諾の返事をしたものの、いざ本当にするとなると緊張する。流石に今まで何もなかったことを考えると、騙すつもりはないだろうが、初めてのことに汗が出る。
「一瞬ですし、痛みもないので安心してください」
友希はすっと消えていった。




