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悩み相談承ります  作者: 卯月 友
15/16

15.また会える日まで

 夕日が少しずつ沈んでいく。5月だから寒くはない。いや、そんなことは俺にとってどうでもよかった。ただ、この時間を1秒でも長く過ごしていたかった。


「3つ目の悩みを解決できなくてごめんなさい。たぶんですけど、進路のことで悩んでいたんじゃないですか?」


 それを聞いて、友希は悩み相談に来たんだと思い出した。しかし、それはもう不要だった。


「それならもう解決済みだよ。俺、進路なら見つけられたから」

「えっ?」

「俺、将来カウンセラーになりたい。カウンセラーになって悩みを抱える人の力になりたい。俺は悩みを解決してもらって、悩みが解決したときの嬉しさを知った。だから、それを他の悩みをかかえる人々にも知ってもらいたい。友希みたいになりたいな」


 これは友希と過ごす間に考えていたことだった。悩みを解決するのもしてもらうのも嬉しい。そのことに初めて気づいた。

 俺はいつからか人のことを、昔より考えられるようになったのかもしれない。


「では私が悟史くんの最初のカウンセラーの相手ですね」

「いつでも困ったら来ていいよ」

「まだなれると決まったわけでもないのに」


 友希は笑った。俺はその笑顔を見て驚いた。友希が少し見えにくい気がする。時計に目を落とした。残り10分程度。とっさに友希を引き止めたくなったが、気づかないふりをした。むしろ、これで順調なのだ。


「それに3つ目の悩みは、もう解決済みだよ」

「どういうこと? 天使さんは2つでも未練を晴らしたら成仏できると言っていたけど」


 たしかに天使はそう言った。だが、俺はそのときすでに悩み相談を終えていた。


「3つ目の悩みは、友希の悩みを聞いてそれを解決することだから」

「ちょ、ちょっと待ってください。私に関する······」

「私に関する悩みは解決できませんって?」

「うっ······」

「100%解決が適用しないだけで、別に解決できないわけではないから」


 俺はそうドヤ顔で言った。友希は少し睨むように言った。


「もう······」

「あ、怒っちゃった?」

「違いますよ。本当にいつもいつも悟史くんは私のことばっかり」


 友希は真っ直ぐに俺を見ている。少し友希が見えにくい気もするが、それははっきり分かった。


「最後の悩みまで私のことに使ってしまって。本当にいい人すぎますよ」


 そう言うと友希は俺の手を引っ張って座った。さっきとは比べ物にならないくらい距離が近い。友希の左腕が俺に右腕に触れている。俺の右手は友希の左手を握っていた。

 友希に触れているという感覚がまだある。その感覚に俺は泣きそうになった。だが、動揺してはだめだ。今、悲しそうな顔をして友希に未練をつくることは絶対したくない。


「私の最後のわがままを聞いてもらえますか?」

「もちろん······」


 友希の顔が間近にある。それなのにどこか透けて見える。

 友希ももうこれが最後だと自覚しているのだろうか? 友希の表情は寂しさであふれているように見えた。その中でも笑顔を絶やさない。

 俺も必死に笑った。友希との約束を果たすために。


「悟史くん、目をつむって」


 俺は言われるがままに目をつむった。その直後、口にやわらかくて温かいものが触れた。

 もしかして······キス? 俺は心臓が高なった。目を開けたい。だが、それをすると夢から醒めてしまいそうでできなかった。時間をとめられないだろうか。そう本気で思った。

 俺の口を通して友希の体温が伝わる。友希は体温がない。どうして温もりが伝わったのだろう。俺は不思議だった。しかし、初めて感じたその温もりは俺にとって、とても心地よく優しいものだということに変わりはなかった。


「目を開けていいよ」


 俺はそっと目を開けた。目の前の友希がさっきよりも薄くなっていることに、俺は焦った。

 しかし、俺は動揺を見せないようにした。薄くなっている中でも、笑っているのはよく分かる。もうすぐ成仏のときなのだろう。俺も友希の目を見て冗談っぽく言った。


「友希ちゃん、大好き」

「えっ、ちゃん付けって······」


 友希はあたふたしていた。俺は自分ばかり呼び捨てで呼ぶのに抵抗があった。友希がくん付けで呼ぶなら、一度でいいから俺もちゃん付けで呼んでみたかった。


「ありがとう。悟史くん大好き」


 幸いにも気に入ってくれたみたいだった。実らない恋。だが、この友希と過ごした6日間は一生の宝物になるだろうと思った。ありがとう。心の中でもう一度俺はそう言った。


 1時間が経過した。

 天使が予定通り戻ってくる。戻ってくるや否や、呆れるように言った。


「あなたたちはどこまでしたら気が済むんですか? こんなこと前代未聞ですよ」


 やっぱり見ていたのか。友希は必死に抵抗する。


「でも情はもういいんじゃないんですか?」

「限度ってものがあるでしょう。もう見ていられませんでしたよ。告白、ハグ、キスってどこまでするんですか」

「は、恥ずかしいから······」


 友希は恥ずかしがっていた。俺も同感だった。


「まあ未練は残っていないみたいですけど」


 全くと言わんばかりに天使は呆れていた。たしかに少し度が過ぎたかもしれないと今更ながら思う。

 天使は調子を戻すかのように言った。


「早川さん、今から岡村さんは成仏します。分かっているとは思いますが、自ら命を絶ったりしてはいけません。そして、これからの人生に今日のことを引っ張るのはやめてください。結婚して幸せな家庭を築いてください。岡村さんのことが気になるのは分かります。しかし、本来、人間と幽霊は交わらないもの。この意味分かりますよね?」


 俺は友希の顔を見た。友希は力強くうなずく。俺の中でも答えは最初から出ていた。


「分かっています」


 俺はそうとだけ言った。友希と別れたら元の生活に戻す。最初から決めていたことだった。


「岡村さんもいいですね。これから早川さんには早川さんの人生があります。その人生を見守ることができますか?」

「もちろんです」


 友希は笑って言った。その俺や友希の返事を聞いて、天使はつぶやいた。


「天使っていうのも悪くないのかもしれない······。たった6日間でここまで仲良くなるなんて、初めて見ました。情が入るってよくないことばかりでもないのですね」


 天使は嬉しそうだった。もしかしたら、天使もこのような結末を望んでいたのかもしれない。


「では、最後に言い残すことはありますか?」


 天使の問いかける。俺は、涙をこらえる友希を見た。


「また、会えるかな······」


 友希は唇を噛み締めながら聞いた。俺はもちろんそんなことは分からない。


「きっと会えるよ······」


 何の根拠もない答えを返す。俺が60年後ぐらいに死んだとしても、100%会えるとは言えない。だが、きっとまた会える日が来る。そう思いたかった。


「そろそろ行きましょうか? 早川さんもどうかお元気で」


 天使は辛そうにそう言う。友希の体がさらに薄くなっている。本当にもうこれが最後。

 友希は笑ってこう言った。


「またね。悟史くん······」


 だめだ。今は悲しい顔をするときではない。俺も必死に笑って返事を返した。


「また会える日まで。友希······」


 言葉が途切れ途切れになってしまう。俺が台詞を言い終わると同時に、友希と天使の体は消えていった。


「10年後の今日、昼の12時にここで会いましょう」


 はっきりと最後にそう聞こえた。俺は辺りを見回したが、そこにはもう誰もいなかった。ただ、たった一人残された俺の前に、ほとんど沈んだ夕日があるだけの静まりかえった川原。突如、冷たい風が吹き抜けていった。


「俺は役に立てたのだろうか?」


 俺は一人そうつぶやいた。俺は空を見上げた。少しずつ薄暗くなってきている。雲はほとんどない。しかし、俺はその直後、額に水滴が落ちるのに気づいた。雨? そんなはずはなかった。俺にはそれが友希の涙だとすぐに分かった。


 笑ってさよならするって約束······果たせたということでいいのかな······


 そう思った直後、どっと涙がこみ上げてきた。ずっと我慢し続けた涙。

 俺は一人声を上げて泣いた。目の前の葉も夕日も霞んで見える。涙をこらえようにも、次々にあふれてどうすることもできなかった。

 俺は霞んだ空を見上げた。視界がぼやけている。その中で、俺は静かに言った。


「友希、ありがとう。約束······何とか果たすことができたよ」

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