14.素直な気持ち
「では1時間後に。悔いの残らないように」
そういうと天使は目の前から消えていった。再び二人の空間になった。
俺は時計に目をやった。今からの1時間が友希といられる最後の時間なんだ。もう1時間後には友希はこの世界にいない。俺は今すぐにでも泣きたくなった。だが、今は泣くときではない。友希と最後の時間を過ごすときだ。
俺は隣に座っている友希に話しかけた。
「よかったね。成仏はできるんだって······」
「そうですね。未練も晴らすことができましたし······」
お互いに会話が重い。本来ならもっと明るくするべきなのかもしれない。だが、俺は友希のお母さんのようにはなれない。
「悟史くん······私成仏したくないです」
「えっ······」
俺は友希の言葉に耳を疑った。顔は友希やや下を向いていて、長い黒髪が垂れている。表情は明らかに重かった。俺はとっさに否定する。
「友希には行くべきところがある。それに俺とはどの道会えなくなってしまう。今、友希は成仏して新しい世界へ進むときじゃないの?」
だが、友希は表情を変えなかった。友希は友希自身の服を強く握っている。そして、信じられないことを口にした。
「嫌だ! 天国なんて行きたくない! 私は地縛霊でいい。悟史くんのいない世界なんて、生きている意味ない」
「ここに残っても、明日で7日。もう俺には友希が見えなくなってしまう」
「それでもいい。この先ずっと一人だったとしても」
友希は膝に顔を押しつけて泣いた。まずい。俺は必死に友希をとめた。
「俺だっていつかは死ぬ。60年とか先の話かもしれないけど、いずれ俺もそっちの世界へ行く」
「分かってます。でも、もう1時間も経たないうちにお別れなんて辛すぎる」
「俺だって辛い。でもだからこそ、悔いの残らないように今の時間を過ごすべきだと思う」
友希は黙ってしまった。ただ、川原に友希の涙をすする音だけが響く。
「俺は泣かない。友希に新たな未練が残らないように、笑顔で友希を送るって約束するから」
「······」
「友希、こっち向いて」
友希は涙を必死に拭いて、俺の方を向いた。俺は今できる精一杯の笑顔を友希に見せた。
「······ありがとう。私も笑顔って約束する」
友希も必死に笑った。泣いているのか笑っているのか分からない。だが、その笑顔は本当に美しく、目の前に見える夕日よりも、輝いて見えた。
「ごめん、私どうかしていた。また借りを増やしてしまったね······」
「いや全然。たいしたことじゃないから······。それにこんな俺と一緒にいたいなんて言ってくれたのは嬉しいし」
俺は一安心した。目の前の夕日が俺たちを見守るかのように微笑んでいた。
「天国って······どんなところだと思いますか?」
「俺は、想像もできないくらい美しいところだと思うよ」
「だといいな······」
また沈黙に戻る。最後だからもっと話すべきなのだろうが、俺は口数が少なくなっていた。何を話していいのか、何を話すと友希が喜ぶのか分からない。
素直な気持ちを言うといいのだろうか? 俺は友希にどうしても言いたいことがあった。するとそんな不器用な俺に、助け船を出すかのように友希はつぶやいた。
「天使さん、カップルみたいって言ってました······あんなこと言われて嫌じゃないのですか?」
「嫌なわけないじゃん」
俺はカップルという言葉にまた反応してしまう。友希も緊張しているのか落ち着きがない。ただ、緊張とともに時間だけが流れていた。
突然、友希がそわそわしながら、口を開いた。それは予想外な台詞だった。
「さ、悟史くんって、好きな女の子とかいるのですか?」
「えっ······俺······?」
「あ、答えにくかったら······いいです。ただ、恋の悩み相談はしていないなって思って······」
俺は焦った。好きな人? まさかのこのタイミングで? それって俺が伝えたかったこと······言っていいのだろうか? 俺は混乱した。たしかに好きな女の子はいる。でも、それって······
「いるには······います。ただ、その人と恋人にはなれなくて······」
「か、片思いなんですか?」
「うーん······」
後ろの道路を車が一台音を立てて通った。その後はまた静かな川原に戻った。
この際、言ってしまおう。俺は気持ちを固めて口を開いた。
「俺は友希のことが好きです」
風が心地よく吹き抜けていった。友希は驚いた顔をしている。
「わ、私······。本当に······嘘じゃなくて」
「このタイミングで嘘なんて言わないよ。本当はもっと早く言いたかった。でも、これを言って嫌な思いをさせて、成仏なんて嫌だったから。悩みを解決してくれて本当に嬉しかった。ありがとう友希。好きです」
俺は素直にそのままの気持ちを伝えた。初めての告白に半端ないほど緊張する。今、こんなこと言ってよかったのかな。俺は言った後で、少し後悔した。
「ごめん、変なこと言って」
「悟史くん······本当にお人好しですね。また、私が成仏するときに告白なんていけないとか考えて。もっと、自分の気持ちを言っていいんですよ」
「でも、もしそれで友希が嫌な思いしたら······」
「するわけないじゃないですか。だって私も悟史くんのこと大好きだから」
友希はこの上なく嬉しそうだった。俺は心臓を矢で打ち抜かれたような気持ちになった。まさか本当に俺のことを······。たしかに、脈ありのフラグはあった。だが、友希は幽霊。素直に信じることができなかった。俺は焦りながらも喜んだ。
「よかったです。本当の気持ちを伝えることができて。私は悟史くんの恋人にはなれません。でも、私の大好きな人と両想いになれて本当に幸せです」
「俺も友希と両想いになれて幸せだよ」
「本当の気持ちを話してくれてありがとう、悟史くん。さっきは成仏したくないとか言ってごめんなさい。でも、私はもう大丈夫。最後にこんなプレゼントをありがとう」
友希は笑った。俺自身も嬉しかった。まさか最後に本当に告白できるとは思ってもいなかった。しかも、両想いになれた。
たしかに、恋人のような関係にはなれないだろう。しかし、そんなことは関係ない。お互いがお互いを好きになる。好きになることに理由なんて必要ないだろう。
「もう少し下まで降りてみようか? その方が人通りも少ないかなって」
「分かりました」
そう言うと、友希は立ち上がり伸びをした。ごめんなさい、最後に俺のわがままにつき合ってください。
俺はそのまま友希の体を抱きしめた。
「さ、悟史くん。急にそんな······下まで降りるんじゃ······」
友希は驚いているが、嫌がっている素振りはなかった。体温が感じられない。だが、こうしているだけで温かく感じられた。
「ごめん、俺の自分勝手でこんなことしてしまって。恋人でもないのに。でも、ずっとこうしたかった。大好きだよ」
友希はそっも俺の背中に手を回してくれた。温かい感覚。
「私もずっとこうしたかった。恋人かどうかなんて関係ない。たとえ、今後別の恋人ができたとしても、私は悟史くんと過ごしたこの時間を忘れないから」
「俺も絶対忘れない」
自然と友希を抱く力が強くなった。俺はどうがんばっても友希と一緒に過ごすことなんてできない。これが俺にできる精一杯だった。
それは友希も同じなのかもしれない。
「私、泣かないよ。約束したから。笑顔で行くって決めたから」
俺の背中を必死に友希がつかむ。必死に我慢しているのが伝わってくる。俺も泣きたかった。でも、約束した。だから、俺も笑顔で見届ける。その方が悔いが残らないだろうから······
俺はようやく手を離した。
「ありがとう。嫌じゃなかった?」
友希は首を横に振った。そして、涙がこぼれるのを必死に我慢して笑顔をつくった。
「嫌じゃないよ。だって、悟史くんのことが大好きだから」
夕日が友希の顔を照らしていた。今にも泣きそうな友希。ただ、その笑顔はこの上なく美しかった。




