13.残された時間
バスの本数は少なく、次のバスまで20分程度ある。俺は沈黙をごまかすかのように、足元の石を足の裏で転がしていた。
「私のお母さんどうでした?」
突然友希が話しかけてきたのに驚いた。だが、何を話していいか分からなかったため、話しかけてもらえるのは助かる。
「いい人だったと思うよ。友希と似ていて、身長が高めで」
「私の家庭はみんな身長高いんですよ。お父さんなんて190cm以上あるんですよね。ちなみに私は170cmくらいです」
素直に俺は高いと思った。俺が165cmくらいだから、友希よりも身長が低いということになる。少しショックなような気もした。
「それと、気をつかわなくていいですよ」
「えっ······。なんでそれを」
「何となく様子を見てたら分かります」
友希は笑って言った。そんなに分かりやすかったのだろうか?
「たしかに私は寂しいと思っています。でも、これでよかったです。伝えたい事はすべて伝えられました。未練なんて残っていませんよ。悟史くんのおかげです」
「お母さんに会えてよかった?」
「もちろんじゃないですか」
目の前でそう笑顔で友希は断言した。
あれ? なぜだろう?
目の前に友希がいる。実際に姿も声もあの笑顔も分かる。だが、なぜか俺にはこのとき、友希が遠くにいるように感じた。
行きに乗ったバスと似たバスが逆方向から来た。そのバスに乗る。
もしかしたら、友希は成仏するのかもしれない。だから、さっき妙に友希が遠く感じた。そう考えると途端に寂しさがこみ上げてきた。
いやだめだ。俺はその気持ちを振り払った。人間と幽霊。本来は関わることのない存在。情を持ちすぎるのはよくない。
しかし、せめて俺は今会えるうちに、友希とどこかに行かたかった。
「今日の夕方、行きたい場所があるんだけど」
「いいですよ。楽しみにしています」
承諾にひとまず安心する。これくらいは許してください。俺はそう願った。
バスは静かに家の方角へと走っていた。
夕方。
まだ、友希の姿はある。本当は成仏するのが理想なのだろうが、俺は心のどこかで安心していた。
俺は夕日のきれいな川原の土手に案内した。今日は幸い天気もよく、人通りが少ないため話しやすい。
「きれいですね。夕日なんて久しぶりに見ました」
幸いにも友希は気にいってくれたみたいだ。ここは、よく野村や他の友達と夕方まで遊んだ場所で、俺の中でお気に入りの場所だった。その土手に俺と友希は並んで座り、夕日を眺めた。心地よい風が俺と友希の髪を揺らす。
「悟史くん、私なんだか成仏できそうな気がします。何でかって言われると分からないんですけど、今までと違う感覚がする気がしまして······」
俺は成仏という言葉に過剰に反応した。そうか······友希も成仏するのか······
何考えているんだと、俺は自分に言い聞かせた。友希ともっと一緒にいたいなんて考えるな。必死に感情を殺す。
「よかった。やっぱりお母さんに会えてよかったね」
静かに風が流れ、目の前の葉を揺らした。俺はその葉を見ながらも、度々友希の顔を見た。友希から目を離すと、もう隣にいなくなっている気がしたのだ。それが怖かった。
「まさか本当に未練を晴らすなんて」
「えっ······。何か言った?」
俺と友希は同時にそう言った。その瞬間、緊張の糸が切れる気がした。
「えっ、友希?」
「私じゃないですよ。悟史くんじゃないのですか?」
「違うよ。じゃあ、誰?」
そのとき、目の前に人影のようなものが舞い降りてきた。
「あ、あなたは天使さん?」
友希が驚くようにそう言った。その言葉に俺は、さっと人影を見た。
たしかに天使かもしれない。頭に輪っか、背中に羽を生やし空中に浮遊していた。初めて見た。本当にいたのかと俺は焦った。
「悩み相談お疲れ様。そして、そのパートナーである早川さんも」
天使は二人の前で語る。
「今は私の姿が二人には見えるでしょう? 私が見えるとき、それは岡村さんが悩み相談を終えたときですから」
「私、悩み相談を終えていませんけど······」
「失礼しました。正確には、岡村さんが成仏するときに見えるんです。私もまさか本当に未練を晴らすなんて考えてもいませんでしたから」
「私、まだ2つしか悩みを解決していないのに成仏できるんですか? 3つ解決することで成仏するんじゃないんですか?」
「基本的にはそうです。しかし、あなたたち2人は未練そのものを解決してしまった。未練がない以上、成仏はできるでしょう。私は今まで何組もの悩み相談を見てきましたが、どのペアも悩みを3つ解決することで成仏しています。普通は未練を晴らすなんて不可能なんですよ」
「私······もう成仏できるんだ」
友希は成仏できるんだ······。よかった······
俺は心の中で必死にそう考えた。これで順調。よけいな考えはいれてはだめだ。
「ということは友希は成仏できるんですね」
「おそらくできますよ。この前まであったはずの未練が消えていますから」
天使は自分の背中の羽をさすった。
「岡村さん、悩み相談はどうでしたか? 私との約束は守れましたか?」
「守ったつもりです」
「早川さんに情は入っていないと?」
「······はい」
友希が小さく返事した。静かに風が葉っぱを揺らした。
もしかして、バレている? 天使はなかなか話さない。そわそわした感じが抜けなかった。
しばらくして、天使が急に笑った。一人で爆笑している。
「何がおかしいのですか?」
俺はたまらず、そう言った。だが、天使は笑うのをやめない。笑いを必死に抑えながら言った。
「それでごまかしているつもりですか? ハハ、私は岡村さんの悩み相談の過程を見ています。何があったかなんてバレバレですよ。ハハ、いや、こんな地縛霊初めて見ました」
「うっ······私たちのこと見てたんですか?」
「それに早川さんも早川さんですよ。普通、体貸したりします? 本当にお人好しですね、ハハハ」
俺がやったことはおかしいのだろうか? 会ったばかりの天使に笑われたことに少し腹が立った。
「そもそも過程を見ていなくたって、二人ともお互いのことが大好きなのは分かりますよ。だって、川辺の土手で夕日を眺める男女って、カップルにしか見えないじゃないですか」
えっ······カップルって。俺は顔が熱くなった。俺が照れている横で、友希が手を振りながら言う。
「悟史くんが嫌な思いすること言わないでください。私なんて地縛霊ですよ。不釣り合いです」
「そうですか? 私から見たら、早川さんはまんざらでもないように見えますけど」
「えっ······」
友希は俺の顔を見つめる。恥ずかしい。たしかにその気が全くないとなると嘘になる。俺は目をそむけながら答えた。
「も、もし可能なら、考えたかも······」
下手な返事。こういう女性関係に俺は慣れていない。とまどいを隠せなかった。
ちらっと友希を見ると、恥ずかしそうに友希は目線を逸らした。
「ほら言った通りでしょう。それに、岡村さんも真っ先に早川さんを庇ってるじゃないですか?」
「だって······」
「これでも情が入ってないなんて言えますか?」
俺も友希も黙り込んでしまった。完全に言い逃れはできない。友希は決まり悪そうに口を開いた。
「ごめんなさい。気をつけてはいたんですけど、どうしても我慢できませんでした」
「本当にもう······」
「俺も謝ります。すみませんでした」
情が入ったのは、俺の責任でもある。頭を下げて謝った。
天使は何となく呆れている様子だった。
「はぁ······。まあ、岡村さんは成仏する、早川さんは自殺なんてしないと割り切っているので、よしとしますけど······」
「許してもらえるんですか?」
天使の言葉を聞いて、俺と友希は同時にそう聞いた。言った後で、被ったことに気づき少し恥ずかしくなる。
「全く······。微笑ましいくらいですね······」
天使はその様子を見て優しく笑った。あれ? 許してもらえた。俺は安心した。
「人間と幽霊なのにここまで仲良くなれるもんなんですね······。」
天使は小声でそう言った。そして、何かを考え込むように天使は黙ってしまった。しばらくして、天使は提案をした。
「本来ならこのまま成仏してもらうのですが、二人を見ていると、あまりに酷かなって思いました。だから、1時間だけ待ちます。その間、二人で最後の時を過ごしてください。私は1時間後にまた来ますから」
「いいんですか?」
「はい。もう今更なんで情とか気にしなくていいです。存分に今の思いを伝えてください。決して、悔いが残らないように。ただし、一緒に天国に行くとか、ここに残るとかはなしです。1時間経ったら、本当に成仏してもらいます」
それは最初から承知の上だった。最初から別れが来るのは分かっていた。
だからこそ、俺はこの1時間を大切に過ごそうと思った。




