10.再開
翌朝。
昨日の大騒動の疲れがまだ残っている。特に、俺は緊張で寝不足だったため、何となく目覚めが悪かった。
だが、そんなことは言っていられない。今日も重要なことをしなければいけない。俺は部屋の窓を開けて大きく伸びをした。
友希はまだいない。寝ているのかな? 俺は友希の石を持ち上げてみた。見かけじゃ分からないか。そう思い俺は再び石を元に戻そうとしたときだった。
突然目の前で大きな音がした。突然のことに俺は、オーバーに驚く。
「いったー! もう何?」
友希が目の前で尻もちをつき、痛そうにしながら混乱している。まさか今起きたとか? 俺が石を持っていたからか。俺は急いで謝った。
「ごめん、そ、その、俺が石を持ってたから······」
「はぁー? 何やってるんですか? めっちゃ痛いんですけど。幽霊だから浮くことができるとでも思ったんですか?」
友希がようやく状況を理解して言った。やばい。怒ってる?
「ごめんなさい。わざとじゃないんです」
「分かってますよ! 全く、今日は重要な日だというのに」
「でもおかげでちょっと緊張が解けたよ」
「まあそうなんですけど······」
憑く前からトラブル発生。ある意味、緊張が解けたのはよかった。
ただ、予定よりも30分も遅れてのスタートとなった。
「準備はいいですか?」
「いつでも」
ようやく友希も落ち着いて準備を始めた。痛みはなく、この前憑いたときと似た感じということらしいが、やはり少しは緊張した。
目の前で友希が消える。その直後、俺の体が勝手に動いた。何これ! 俺は心の中で驚いた。
「よかったです。成功ですよ」
今度は俺の口が勝手に動き、言葉を発する。しかも友希の声で。これで無事成功なのだが、やはり全く慣れない。体が勝手に動かされる。まるで糸で操られたからくり人形のような感覚だった。
「ここからだと少し遠いし、バスで行きましょう」
友希に返事をしようとするが、全く言葉にならない。それどころか言葉を伝えることすらできなかった。もし、このまま友希が変なことしたらどうしよう。例えば、橋から飛び降りられたら······
いや、友希に限ってそれはない。俺はそう自分に言い聞かせた。
「大丈夫ですよ。この件が終わればすぐに体は返します。私はこれでも一応善の心を持つ地縛霊みたいですから、裏切りとかは絶対しないです」
友希が俺の不安を感じ取るようにそう言った。友希なら大丈夫か。俺はそう信じた。
体が勝手に荷物を持ち、勝手に家を出ていった。歩いてないのに歩かされるという変な感覚だ。くれぐれも事故とかはやめてくれよと思う。
しばらく歩いていると、前方から人影が見えた。あれって? 俺は焦った。急いで友希に方向転換を伝えようとするが、言葉にならない。前方から友人が歩いてくる。今話しかけられるのはまずい。しかし、友希は友人とは知らずにどんどん前進する。
「あ、おはよう早川。どこか行くの?」
見つかってしまった。友希は完全に動揺している。俺はおはようと言おうとするが、声にならなかった。これはもう友希に託すしかない。
「おはよう。ちょっと散歩を」
とっさの友希の声真似に思わず息をのむ。びっくりするほど似てない。
『ど、どうしましょう······』
友希が脳内でそう言うが、それは一方通行。俺の考えは届かない。というかその台詞は俺が言いたい。
「お前、そんな声だったか?」
やばい。絶対、怪しまれてる。とにかく早くここから立ち去ってくれ。
「ちょ、ちょっと風邪ひいたみたいで······。じゃ、じゃあな」
「そ、そうか。お大事にな」
友希は急いでその場を去った。助かった。俺は心臓が飛び出るほど緊張していた。よく考えたら向こうに着いてから、憑いてもらえばよかったと後悔する。
とにかくバス停へ急いでくれ。友希も焦りながら、バス停へと走っていく。しかも、走ると俺が息切れする。理不尽すぎる。
だが、そんなことよりも今はバスに乗るのが先だ。流石にバスの中に友人がいるということはないだろう。バス停まで一目散に走った。
助かった。土曜日の朝というのがついていた。人通りが少ない。無事にバス停まで着くことができた。しかも、バス待ちの人はいない。俺は安心してバスを待ち、乗ることができた。バス内もガラガラ。運がよかった。
『ごめんなさい、友人とは知らずに』
友希の謝る気持ちが伝わってくる。俺は怒ってはいない。友希には何の罪もない。むしろ、友希も被害者だ。そう答えたかったが、今は答えられない。俺は気持ちだけ受け取った。
しばらくすると友希は席を立ち、勝手に俺の財布から運賃を払い降りる。俺の金······。心の中でそう思うが、今はそれより大事なことがある。そのことが優先だ。
降りたこともないバス停だった。そこからしばらく歩き、少ししたところで立ち止まった。
『この家です。昔と変わってない。本当に久しぶりです。ある意味16年ぶりの帰省。懐かしい』
友希は感嘆の言葉を並べた。表札の岡村と言う文字を見て俺は安心した。引越しはしていないようだ。
『ここでよく日なたぼっこしてましたっけ。もう雑草だらけになって』
友希は懐かしむように庭を見て回っていた。その様子を見て俺は、友希の生きていたときの姿を想像してしまった。
『悟史くん、ここでですね。あっ、それから······』
まるで無邪気な子どものように友希が話す。本当に嬉しそうだ。俺も親元を離れて、何年かぶりに帰省するとこのような感情を抱くのだろうか。
そのとき突然誰かの声が聞こえた。
「誰?」
その声の先に勝手に顔が向く。友希はしばらく呆然としてからつぶやいた。
「お、お母さん······」
その言葉に俺はその人をよく見た。もうそれなりに年老いた女性。言われてみると、身長が高いところなど、何となく友希に似ている。
「誰? そこで何しているんですか? 警察呼びますよ」
その女性は怪訝そうな顔でそう言った。まずい。ここで信用を失うわけにはいかない。
友希ははっとしたように女性の方へと走っていく。16年ぶりの再開だった。
「お母さん、私よ。友希だよ」
ここが最大の難関。友希だと気づいてもらえなかったら全て台無しになる。むしろ下手をすれば、俺の立場も危うい。傍からみれば不法侵入だ。
これはもう友希に託すしかない。俺は半端なく緊張した。
「あなた誰? なんでうちの娘の名前を知っているんですか? たしかに声は似ていますけど、友希は16年前に死んでる······。あなた何のつもりですか?」
「私が友希だよ。今、この人の体を少しの間借りてお母さんと会話しているの。その証拠にこの声······覚えているよね?」
できることなら俺も友希にアドバイスをしてあげたかった。だが、今俺には見守ることしかできない。
「たしかに似ている······。でもそんなこと何とでもなります。早く帰ってください」
お母さんはそう言うと、玄関の戸を閉めようとする。友希はとっさにその戸を押さえた。
「お母さんの名前は岡村杏子、誕生日は8月22日、血液型は······」
友希は必死にお母さんのことを並べた。その手があったかと俺は感心した。これなら理解してくれるかもしれない。だが、そう甘くはなかった。
「個人情報をそこまで知っているなんてストーカー? 本当に通報しますよ」
まずいと思う。失敗したら犯罪者に間違えられる。
友希も実の母親にそこまで言われて辛そうだった。必死に玄関の戸を押さえている。
「お母さん、信じてよ」
「わけの分からないことばかり。早く帰りなさい」
お母さんは無理やり外に追い出そうとした。
「やめてお母さん。私、友希だって」
友希が必死に抵抗する。痛い! お母さんの爪が俺の顔に引っかかった。理不尽なことに痛みも俺が感じる。
「私の話を聞いて! お願い! 聞いてくれるだけでいいから!」
その必死な叫びに心を打たれたのか、お母さんは力を抜いた。何とか助かったと俺は思う。
しかし、お母さんの表情自体は変わりない。明らかによそ者を見る目。警戒していた。
「そこまで言うなら聞くけど、これで納得できなかったら本当に通報しますから」
お母さんは玄関の外に再び出てきた。あくまで家の中に入れる気はないらしい。
『大丈夫。必ず私が友希だって証明しますから』
友希の思いが伝わってきた。がんばれと俺は答えられないなりに思う。
「信じてもらえないかもしれないけど、私は本当に友希。ずっとお母さんに会いたかった。あの16年前、事故に遭ってからずっとそう思っていた。何でだと思う? 私、あのときからずっと伝えたいことがあったの······」
そう言うと友希は俺のズボンのポケットから、ぼろぼろになった黄ばんだ紙切れを取り出した。いつの間に入れたのだろう? 友希はその紙を丁寧に開けて、お母さんに見せた。
「こ、これは······。本当に友希······」
その瞬間、お母さんは口に手をあてたまま息を飲んだ。




