戦
翌朝。
評定の場で、牟岐は宣言する。
「志木原を中心に、
無許可の集会、儀礼、資金流通が発生している」
「名目は季節。実態は、統治の否定だ。」
家臣が、慎重に問う。
「……神子たちを、どう扱われますか。」
「あれは神子などでは無い。暴徒だ。」
空気が、凍る。
「宗教を騙り、民を煽動し、
領主の権威を貶める者たちだ。放置すれば、他国も揺らぐ。」
「――武力をもって、鎮圧する。」
夜明け前。
志木原の社の前には、すでに人の輪ができていた。
誰かに命じられたわけではない。
ただ、季節の言葉を聞き、土地に戻ろうとした者たちが、そこに立っている。
春花は、社の石段の上に立っていた。
剣も、旗もない。
ただ、小袖と、静かな眼差し。
「……来ます。」
冬彦が、低く告げる。
遠くで、地鳴りのような音。
馬蹄。鎧。整えられた行軍の気配。
牟岐の軍だった。
千秋が、歯を噛みしめる。
「……早すぎる」
夏輝は、無意識に一歩、春花の前に出ていた。
「俺が……」
「いいえ」
春花は、首を振る。
「ここは、私の立つ場所です」
軍勢は、社の前で止まった。
前に出てきた武将が、声を張る。
「四季の神子と名乗る者よ!
民を惑わし、集めた罪をもって——」
その言葉は、最後まで続かなかった。
——別の音が、重なったからだ。
角笛。
牟岐の軍とは違う、しかし同じく整った音。
森の向こうから現れたのは、
大軍の兵だった。
旗印が翻る。
「……薫?」
ざわめきが走る。
先頭に立つ馬が、社の前へ進み出る。
その背にいたのは、
薫 黄雀。
鎧を纏いながらも、兜は脱ぎ、顔を晒していた。
黄雀は、馬上から状況を見渡し、静かに息を吸った。
「……間に合った、か」
牟岐の将が、声を荒げる。
「これは牟岐の内政だ!
薫が口を出す理由はない!」
黄雀は、ゆっくりと馬を進める。
「ある。」
低いが、よく通る声だった。
「そこに立つ者たちは、
薫の領地から流れ着いた民を含んでいる。」
視線が、春花たちへ向く。
「そして——」
「その神子たちは、
この薫黄雀が後ろ盾となっている。」
ざわ、と空気が揺れた。
牟岐の将が、一瞬言葉を詰まらせる。
「……だから何だと……」
黄雀は、馬上で背筋を伸ばす。
「彼らに刃を向けるというなら、
それはこの私への挑発と受け取る。」
そして、静かに告げる。
「私は、戦を望まぬ。が、
守ると決めたものは、退かぬ!」
牟岐側の将が、思わず息を呑む。
数では拮抗している。
勝てぬわけではない。だが――
そのときだった。
さらに、別の音が重なった。
地を揺らすほどの、圧。
「な……」
後方が、ざわりと崩れる。
牟岐の軍のさらに背後。
地平線の向こうから、黒と金の旗が現れた。
「まさか……」
誰かが、声を失う。
朧
かつての志木原と同盟を結んでいた、この地方随一の大国。
その軍勢は、薫の倍はあった。
先頭に立つ人物が馬を進める。
朧家当主。朧 為尊
その目は、一直線に社を見据えていた。
「――聞いている」
低く、重い声。
「四季の神子が、危険に晒されていると」
黄雀は、振り返らずに言った。
「……早い到着だな」
「遅れれば、意味がない」
朧の当主は、牟岐の軍を一瞥する。
「我が国は、四季の神子に恩がある。
土地を立て直し、人を戻し、争いを鎮めた」
一歩、前へ。
「その神子に刃を向けるというなら――」
言葉は、そこで止まった。
言う必要が、なかったからだ。
圧倒的だった。
薫、朧、そして、民の視線。
牟岐の将が、ゆっくりと馬を下がらせる。
「……殿。」
声が、震えている。
「これ以上は……」
牟岐は、歯を食いしばった。
脳裏をよぎるのは、
血に染まった志木原家当主・為春の顔。
呪い--
いや。
「……撤退する」
牟岐の声は、低く、掠れていた。
「四季の神子に、刃は向けぬ」
その瞬間、
張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
剣が下ろされ、槍が伏せられる。
千秋が、そっと息を吐いた。




