7−3
沖田広海は動かない。体育座りで頭を抱え込んだまま動かない。
近藤と嵐山京子は顔を見合わせた。まさか死んではいないだろうが。
嵐山京子は動かない沖田広海の、腕とひざの間から少し覗く横顔に、近づいた。じっと様子を探る。
嵐山京子の口が「寝てる寝てる」と動いた。
僕たちは顔を見合わせた。急に脱力感と安心感が出てきた。
死んじゃいないと思ってはいるけど、万が一ってこともあるし。
まあ、生きてて良かった。無事で良かった。少なくとも無事に見える。嵐山京子の顔がほほえんでいた。
僕は笑えなかった。笑いが出てこなかった。
近藤はコートを脱ぐと寝ている沖田広海にかけてやった。近藤のコートの上に嵐山京子のコートが載せられ、二人は、沖田広海の両側に座った。
近藤は持ってきた絵を静かに岩場に置いた。
近藤は海を見た。
夕陽の海が近づく太陽の光を浴びて輝いてる。
海からの冷たい風が吹きつけてきた。冬の海風は冷たいんだ。そういや、冬の海なんてあまりこないなあ。夜明けを見に行くとか、元旦の日の出を見に行くとかはあるけど、冬の海に来て、冬の海を見るなんて初めてだ。静かな冬の海。
「なんで海が好きなのか」近藤は呟いた。
「えっ?」嵐山京子は聞いてきた。「何か言った?」
「なんで沖田広海は海が好きなのか」近藤は呟きをくり返した。
「聞いたことある?なんで海が好きなのかって」
嵐山京子は横で寝ている友達のほうを見て考え込んだ。「考えたこともなかった」
二人は寝ている沖田広海を挟んで話をしていた。
「前に聞いたことがあるんだ」僕は最初に沖田広海の部屋に入った日の事を言った。「どうして海が好きなのって」
「そしたら?」嵐山京子は聞き返してきた。
「原風景、なんだって」
「原風景?」
「その人がそれぞれに持っている風景。それが私には海なんだって言ってた。初めて来る場所なのに懐かしい感じがする、それが私には海なんだって」
「へえ、そうなんだ」嵐山京子は言った。「原風景・・」そしてくり返した。
「一番、落ち着ける場所。なんだって」僕は沖田広海が言った言葉をくり返して言った。
「考えたこともなかった。広海は海が好きなんだって最初から思ってたから、なんとも思わなかった。そういうやつなんだ広海は。そう思ってたから。
でも、そういうの、原風景だっけ。あるといいよね」
確かに。ないよりはあったほうが良い。あったほうが良いけど・・・。
ただ、沖田広海を見ている限りでは、彼女の原風景は、単に懐かしかったり、暖かいものではないらしい。
近藤は海を見ていた。海は、沖田広海の原風景だ。
今、目の前には沖田広海の原風景が広がっている。
今の沖田広海には、原風景の海がどう見えるんだろう。
海の絵を描いて、海の絵で苦しんでいる彼女には海はどういう風に見えるんだろう。冷たい風を吹き付けてくる静かで物を言わない冬の海。
コートの固まりがゴソゴソ動いた。近藤と嵐山京子は、顔を見合わせて、沖田広海を見た。
コートの中から沖田広海の顔が出てきた。寝ぼけた目がしばらくキョロキョロ動いた。それから自分の両脇に座っている近藤と嵐山京子を見つけた。寝ぼけた目が起きた。どうしてここにいるの、と目が喋っていた。
「起きた?」最初に出た言葉だった。沖田広海はコートをかき寄せて口もとを隠すとこっくりとうなずいた。
「どうしてここにいるの」こもった声がした。バツの悪そうな顔が二人を見ていた。
「手紙、もらったよ」僕は海を見つめたまま言った。太陽が雲に隠れた。海辺から強烈な光が消える。
「でも、どうして」コートから沖田広海が顔を出した。代わる代わる、近藤と嵐山京子を見る。
近藤は傍らに置いた絵の包みを沖田広海に渡した。嵐山京子は親友を見た。沖田広海の顔がキョトンとしてから近藤を見た。
沖田広海は平べったい風呂敷包みを開けた。
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まだ続きます。




