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海が見える部屋  作者: 岸田龍庵
26/28

7−3

 沖田広海は動かない。体育座りで頭を抱え込んだまま動かない。

 近藤と嵐山京子は顔を見合わせた。まさか死んではいないだろうが。

 嵐山京子は動かない沖田広海の、腕とひざの間から少し覗く横顔に、近づいた。じっと様子を探る。



 嵐山京子の口が「寝てる寝てる」と動いた。



 僕たちは顔を見合わせた。急に脱力感と安心感が出てきた。

 死んじゃいないと思ってはいるけど、万が一ってこともあるし。

 まあ、生きてて良かった。無事で良かった。少なくとも無事に見える。嵐山京子の顔がほほえんでいた。

 僕は笑えなかった。笑いが出てこなかった。



 近藤はコートを脱ぐと寝ている沖田広海にかけてやった。近藤のコートの上に嵐山京子のコートが載せられ、二人は、沖田広海の両側に座った。

 近藤は持ってきた絵を静かに岩場に置いた。

 近藤は海を見た。

 夕陽の海が近づく太陽の光を浴びて輝いてる。



 海からの冷たい風が吹きつけてきた。冬の海風は冷たいんだ。そういや、冬の海なんてあまりこないなあ。夜明けを見に行くとか、元旦の日の出を見に行くとかはあるけど、冬の海に来て、冬の海を見るなんて初めてだ。静かな冬の海。



「なんで海が好きなのか」近藤は呟いた。

「えっ?」嵐山京子は聞いてきた。「何か言った?」

「なんで沖田広海は海が好きなのか」近藤は呟きをくり返した。

「聞いたことある?なんで海が好きなのかって」

 嵐山京子は横で寝ている友達のほうを見て考え込んだ。「考えたこともなかった」

 二人は寝ている沖田広海を挟んで話をしていた。

「前に聞いたことがあるんだ」僕は最初に沖田広海の部屋に入った日の事を言った。「どうして海が好きなのって」

「そしたら?」嵐山京子は聞き返してきた。

「原風景、なんだって」

「原風景?」

「その人がそれぞれに持っている風景。それが私には海なんだって言ってた。初めて来る場所なのに懐かしい感じがする、それが私には海なんだって」

「へえ、そうなんだ」嵐山京子は言った。「原風景・・」そしてくり返した。

「一番、落ち着ける場所。なんだって」僕は沖田広海が言った言葉をくり返して言った。

「考えたこともなかった。広海は海が好きなんだって最初から思ってたから、なんとも思わなかった。そういうやつなんだ広海は。そう思ってたから。

 でも、そういうの、原風景だっけ。あるといいよね」

 確かに。ないよりはあったほうが良い。あったほうが良いけど・・・。

 ただ、沖田広海を見ている限りでは、彼女の原風景は、単に懐かしかったり、暖かいものではないらしい。




 近藤は海を見ていた。海は、沖田広海の原風景だ。

 今、目の前には沖田広海の原風景が広がっている。

 今の沖田広海には、原風景の海がどう見えるんだろう。

 海の絵を描いて、海の絵で苦しんでいる彼女には海はどういう風に見えるんだろう。冷たい風を吹き付けてくる静かで物を言わない冬の海。

 コートの固まりがゴソゴソ動いた。近藤と嵐山京子は、顔を見合わせて、沖田広海を見た。

 コートの中から沖田広海の顔が出てきた。寝ぼけた目がしばらくキョロキョロ動いた。それから自分の両脇に座っている近藤と嵐山京子を見つけた。寝ぼけた目が起きた。どうしてここにいるの、と目が喋っていた。



「起きた?」最初に出た言葉だった。沖田広海はコートをかき寄せて口もとを隠すとこっくりとうなずいた。

「どうしてここにいるの」こもった声がした。バツの悪そうな顔が二人を見ていた。

「手紙、もらったよ」僕は海を見つめたまま言った。太陽が雲に隠れた。海辺から強烈な光が消える。

「でも、どうして」コートから沖田広海が顔を出した。代わる代わる、近藤と嵐山京子を見る。

 近藤は傍らに置いた絵の包みを沖田広海に渡した。嵐山京子は親友を見た。沖田広海の顔がキョトンとしてから近藤を見た。

 沖田広海は平べったい風呂敷包みを開けた。

読了ありがとうございました。

まだ続きます。

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