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海が見える部屋  作者: 岸田龍庵
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25/28

7−2

 浜は静かだった。波が打ち寄せてくる音しかない砂浜。誰もいない砂浜に二人は立っていた。



「誰もいないね」嵐山京子は言った。

「誰もいない」近藤春人は言った。

 それが二人が浜辺に降りてからの最初の会話だった。




 多分、ここが今日の旅の終わりになるのだろう。

 もう時間はない。太陽はもうすぐ落ちる。沖田広海はいない。留学の話もこのままでは終わりになる。


 近藤は思った。この絵を返せない。それが俺の唯一の気がかりだ。



 絵を返すなんてどうってことない話だ。嵐山京子の言う通り。家の前で待ち伏せしていれば済むことだ。

 沖田広海は今日、帰ってくるかも知れない。ひょっとすればもう、アパートの部屋に戻っているのかもしれない。その時に絵を直接返せばいい話だ。



 ただ、近藤は沖田広海を探して、絵を返したかった。

 それが正しいことのように思えた。だから大切な絵を持ち歩いていた。だから沖田広海を探した。

 近藤は砂浜に座り時計を見た。五時十分。座っていると、立って見ている時よりも海が近くに見える。つま先の少し先でぬれた砂が何度も何度も波を受けていた。




 近藤の隣に嵐山京子が座った。二人は黙ったまま海を見ていた。海は静かだった。ただ、波を押したり、引いたりしているだけだった。

「ちょっと、歩こっか」嵐山京子は立ち上がって、コートの砂を払った。

 近藤も砂浜を立ち上がった。

 砂浜に降りてきた太陽。光の帯が揺れる海にキラキラと反射している。直に見るのがつらいくらい眩しい光が海にはあった。



 夕陽の海を見ながら、嵐山京子と近藤は浜を歩いた。

 沖田広海は見つからないか。


 最後はやっぱ寂しいもんだね。


 近藤春人は沖田広海と最初に出会った原宿でのことを思い出してしまった。楽しかった時間の後にやってくる寒い感触とのギャップ。今、またそのギャップがあった。



 沖田広海は見つかる。そう信じて海まで来た。

 海には誰もいない砂浜があるだけだった。



 世の中うまく行かない。そんな事わかっちゃいるが。偶然なんてそうありゃしない。むしろ偶然を探しているから見つからないのかもしれない。

 意識していないときは偶然が僕たちを引き合わせてくれた。でも意識すると途端にダメだ。偶然を探すなんて。なんて大変なんだろう。偶然を探すなんて。




 二人は浜辺を歩いていた。二人の足もとに破れた紙切れが風に吹かれて絡んできた。

 嵐山京子は風に乗ってきた紙切れを拾いあげた。嵐山京子は立ち止まった。

「これ、見て」拾いあげた紙切れを近藤に見せた。それは波間の絵だった。鉛筆で細かな線が重ねられているリアルな海の絵の切れ端だった。近藤は絵の切れ端を引ったくった。

「広海の絵」嵐山京子は海風の吹く先を見た。白い、切れ切れになった紙が、二人の先の砂浜に続いていた。

 僕たちは顔を見合わせた。



 間違いない。

 砂浜の先に沖田広海はいる。

 この先に。



 また沖田広海は自分で描いた絵を自分で壊している。せっかく描いた絵をビリビリに破って。

 止めさせないと。

 自分で作ったものを壊すなんてしちゃいけない。




「どうしたの大屋さん」嵐山京子は絵の切れ端を持って立ったままの近藤に声をかけた。

「行こう」

 二人は砂浜を歩き出した。

 砂浜はすぐに岩場に変わった。岩場は乾いていたが、所々にあるくぼみに水たまりがある。二人は岩場を北へと歩いた。

 岩場を崖に沿って歩いた。砂浜が見えなくなる所まで崖に沿って歩くと、石畳を何枚も重ねたような広い岩場に出た。広い岩場の真ん中に、人影があった。



 影は岩場に座っていた。



「あれ?」嵐山京子は眩しさに目を細めた。近藤も影に目を凝らした。

 人影は体育座りをして、抱え込んだひざの中に頭を埋もれされている。

「広海だ」嵐山京子が呟いた。

「広海よ広海」僕をここに連れてきた彼女が一番驚いていた。

 まさか本当に沖田広海がいるとは思っていなかったのだろう。あまりに出来すぎていた。本当にこういうことがあるとウソのようだった。




 僕は足を踏み出した。沖田広海に向かって。歩き出そうとしたら、後ろから強い力で戻された。

「なんだよ?」嵐山京子はコートを引っ張っている。

「押し入れの絵のこと、広海に話しちゃダメだからね」押し入れの絵?押し入れの絵?「切ってあった絵のこと、話しちゃダメだからね」顔がマジだった。



 あれか。ズタズタに切り刻んであった海の絵のことか。あのことがあったから、僕は余計に沖田広海を連れ戻そうと思ったし、今、手にしている絵を余計に返さないといけないと思ったわけだが。

 やはりタブーなのか。じゃあ、なんで俺に見せたのだろう。色々と疑問や言いたいことはあったが、ここで嵐山京子と揉めたくない。

「わかった。言わない。喋らないから。安心して」僕は念を押した。嵐山京子の手が離れた。僕たちは沖田広海へと近づいた。

 岩場に、丸くなって動かない沖田広海に近づく。沖田広海は動かない。

 沖田広海は丸い石のようだった。あと一歩の所まで、近藤と嵐山京子は沖田広海に近づいた。

読了ありがとうございました。

まだ続きます。

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