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「どうして、あなたは沖田広海の絵を盗んだのに」
「盗んだ?ノー。私はヒロミ・オキタの絵を保護したのよ。保護」
「保護?」
「そう、ポリス。日本の警察からよ」
「警察?」
「もし、私があの絵を保護しなかったら。警察があの車を持って行ってしまったのなら、今頃あの絵は警察が破壊している。だから私は保護した」
言っていることが無茶苦茶だ。日本語は合っているが。
「だからあなたはこうしてヒロミ・オキタの絵を見ることができるよの」
返す言葉が見つからない。目茶苦茶だ。でも負けている。しかも外国人に。屁理屈負けだ。
「いいこと、セールスマン。青磁も文学も音楽も価値のわかる人間が持つから輝くのよ。
わかる?
今、ヒロミ・オキタの絵は価値を知る私が持っているから多くの人が見ることができるのよ。
これはとっても意味のあることだわ。
絵は誰かに見られてこそ価値があるのよ。私はみんなが見ることのできる場所を提供しているのよ。
ここはギャラリーなの。価値のわかる人間が価値のある絵を見るところよ。ここは日本から許可をもらったギャラリーよ。
無許可のギャラリーとは違うの。価値の真実がわかる人間が、価値のあるものを見にくる場所なのよ」堂々と女主人は言った。
何も言えなかった。言葉を探しているが、頭の中がグルグルかき回っている。空回りだ。舌がブルブル震えているのがわかる。
「ねえ、セールスマン」店の主人は茶を口にした。「それともあなたはヒロミ・オキタの絵の価値がわかるとでもいうの?」
「絵の価値」そんなもの考えたこともなかった。
僕にわかることと言えば、きれいな絵かそうじゃないかしか、それくらいのことしかわからない。いくらお遊びで二億いくらの値段を付けた所で、ここでは何の意味もない。
だけど・・。
「わかる。もちろん」僕はそういうしかなかった。
「では、商談しましょう。私はあの絵に三百万の値をつけた。あなたはいくら出すの。これはオークションよ、あなたと私の。どちらがヒロミ・オキタの絵に高い値をつけるか?あなたと私の取引よ」
いくら、僕は過去に広海の絵にとんでもない値段をつけた。だが、とてもそんな値段はつけられない。
僕は、返す言葉が見つけられなかった。
バーは吉祥寺にあった。
大通りに面したビルの7階。見晴らしが良く、眼下に公園の緑が見える。車の音も届かない、シャンソンがゆったり流れている店だった。
「レンブラント・ライト」は客の少ないバーだった。テーブルの数は三つ。あとはカウンター。椅子の数はそれなりに。ただ座る客は少ない。
看板を出してもいなければ、知る人間も少ない。だから客の数も少なかった。
その日の客は、常連の外国人の女と、初めて来る日本人の男。一組の男と女はカウンターに隣合って座っていた。
男は、紺のスーツ。女はグレーのパンツスーツ。座ると女のほうが大きく見えた。
男も女も同じ酒を飲んでいた。男も女もあまり口を利かなかった。隣あってはいた。だが、男と女はまったく違う席で酒を飲んでいるように見えた。
男は近藤春人だった。
女は自分はアオヤマ・スミレであると主張した。四谷にある沖田広海の夕陽の海の絵を飾っている画廊の女主人だった。
「呼び出した用件はなんですか」近藤は切り出した。
アオヤマ・スミレは酒の追加を頼んだ。酒をあおるとアオヤマ・スミレは初めて男の顔を見た。青い目が近藤を見ていた。
「ヒロミ・オキタの絵の件なんだけど。返そうと思っているの全部」
「ホントですか」近藤の顔が明るくなる。思ってもない答え。
「それには、条件があるのよ」
近藤の顔が引きつる。まあ、当然だろう。
相手は人から盗んだ絵を「自分の物だ」と言い張るような人間だ。条件付きでも返してもらえるだけ上等というもの。それにしても、どうしてそんな話を持ち出してきたのだろう。それもなぜ僕に。
近藤はアオヤマ・スミレの酒を飲む横顔を見た。
「私たちは才能ある人間を、日本ではない所で育てることをしているのね。例えば、パリ、ロンドン、ミラノ、フィレンツェ、USA、アフリカ・・まあ世界中ね」近藤は話を聞いていた。女の地名を言う時の発音は完全に外国のそれだった。
「そして、私は今年のノルマを達成したと思っているのよ」
アオヤマ・スミレは近藤の顔を見た。近藤は首をかしげた。その仕種に、アオヤマ・スミレは目を大きく見開いた。
「わからない?」と目が聞いていた。
「今年のターゲットはヒロミ・オキタなの。私が決めた次の留学生は、ヒロミ・オキタなの」
近藤は外国人の女の言葉に呆れかえった。
何を言っているんだこの女は。
まったく勝手な話だ。沖田広海の絵を盗んでおいて、今度は勝手に留学させるだって?一体何を考えているんだ。
と、色々、言ってしまおうと思った。
が、今はひとまず話を聞いておくことが利口だろう。
ここでヘソを曲げられて絵が取り戻せないのでは意味がない。そうでなくては、呼び出されて来るような場所でもないし、会って喋るような人間でもない。
第一、沖田広海がそうそう、わけのわからん連中の誘い、いくら留学だとしても、自分の絵を盗んだような連中からの留学話を受けるとも思えない。
読了ありがとうございました。
まだ続きます




