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「それは良いけど、そんなこと、あんたたちが勝手に決めていいんですか」
「そこで私たちが所有しているヒロミ・オキタの絵が役に立つのよ」
「あんたが盗んだ絵か?」段々腹が立ってきた。
「ともかく、あの絵が重要なのよ。私たちからあの絵を手に入れるためには、私たちからあの絵を買うしかないのよ方法は。
そこで、私は考えたの。これからも何の苦労もなく、ヒロミ・オキタの絵をコンスタントに手に入れるためには、もっと違う方法があるはず。
そのためのまず第一が、あの絵を手放すこと。もちろんヒロミ・オキタ本人に。
そしてもう一つ。それが、ヒロミ・オキタを私たちのプランに沿った方法で育ててゆく。
ヒロミ・オキタに日本ではない所で絵の勉強をしてもらいたいと思っている。ヒロミの才能をもっと伸ばす必要があるの。
あの絵が、あなたたちが夕陽の海と呼んでいる絵が、ヒロミ・オキタにとってのパスポートになるの。ヒロミはこれからもっと偉大な画家になることを約束されるのよ」アオヤマ・スミレの言葉には自信があった。
「私たちは、そのサポートをするだけ」そして付け足した。
アオヤマ・スミレは近藤の顔を見た。
「どう?」アオヤマ・スミレは近藤の目を見つめる。「ステキなことだと思わない?」
留学。
確かに素敵なことだ。このまま、沖田広海は絵を描き続けても、街で店を出していても、評価をする人間はゼロに近い。
それに比べ、この外人の提案は理屈は強引にしても、今の沖田広海の状態から考えると現実的だ。
絵の勉強のための留学。当たり前すぎるような手だが、確実といえば確実だろう。少なくとも原宿の道端で絵を売り続けるよりは。
沖田広海にとっては留学は願ってもないチャンスなのだろう。
しかし、なぜそんなことを直接、沖田広海に言わないのだろう。何で僕なんだろう。
「それであなたにお願いがあるの」
「お願い?」
「そう、わたしと一緒に、ヒロミを説得して欲しいのよ。留学することを納得させたいのよ」
「と、いうことは、まだ何にも話していないのか」
「そうなの。ヒロミには何も話していないの」
結局は本人には内緒で、強引に、人さらいみたいに留学させようって魂胆なのか。そんなの、本人が同意するわけない。そんな本人に直接話せないようなことを企んでるような連中の頼み事なんか聞けるか。
「そんなの、アンタが直接話せはいいじゃないか」
「そうはいかないわよ」アオヤマ・スミレは言った。「日本で物事を有利に進めるには、戦略があるじゃない。ほらソトボリから埋めていくっていう」
「ソトボリ?」ソトボリって外堀通りの外堀のことか。一体なんのことなんだ。
「日本人は大家さんのいうことは、何でも言うことを聞くものでしょ。あなた、ヒロミの大家さんでしょ。だから頼むよの。大家さんの言うことなら、アパート借りてる人は言うこと聞くのでしょ」
「あっ!」が出そうになった。
アオヤマ・スミレは微笑んでいた。
「そうじゃなくて大家さん?」アオヤマ・スミレはグラスを持つと、手の中で揺らして氷の音を楽しんだ。
カラカラと音が鳴る。
私は何でも知っている。アオヤマ・スミレの顔がそう言っていた。
ダークグレーのジャガーが五日市街道を走っていた。車は五日市街道から青梅街道に入り、新宿方面へ走った。車の時計は既に次の日の時間になっていた。
「大家さん」アオヤマ・スミレは助手席の近藤春人に話しかけてきた。
車内で初めての会話だった。
「私たちのことをインチキ商売だと思っているでしょ」
僕はうなずいた。正直、解せないことばかりだ。日本画の有名な人の絵を高い値段で買い取るとかいうのなら、話はわかる。
ところが、沖田広海の絵は有名画家でもなんでもない。単なる海の絵を描くのが好きな女の子だ。それを三百万の値段で売る外国人の組織。
しかもそのインチキ組織が絵の勉強のための留学を斡旋するなんて、話が出来すぎている。出来すぎている話こそ怪しすぎる。
「私たちは、インチキだと思われても全然、構わない。許可さえ下りるだけのキチンとしたバックグラウンドがあるし。バックアップも受けているから。
後はルールの中であれば私たちの望む方向に物事を進めることが出来るし。その方がやりやすいのよ。
何せ日本は権威主義といったらいいのかしら。エライ人が言ったことは全部正しいみたいに受け取るし、あとはお金になることなら全部オッケーなところがあるでしょ。
だから私たちは逆にやりやすいのよ。日本のバイヤーなんかヒロミ・オキタみたいなアーティストには見向きもしないから」アオヤマ・スミレは、自分たちの事を喋り始めた。
「それに、日本人はガイジンが怖いみたいだし。私たちにすれば怖がってもらったほうが都合がいいのよ」アオヤマ・スミレはニヤリとした。
車は走り続けた。
「一つ、聞いていいですか」近藤は言った。
「なんなりと」
「いつから、僕たちのことを調べていたんですか」近藤は、この外国人、が行き当たりばったりではなく、かなり計画的に物事を進める連中だと考えていた。そうでなくては、あんなに手際良く沖田広海の絵は回収できないだろうし、近藤や沖田広海の関係も調べられない。
物事の進め方が強引でむちゃくちゃに見えて、かなり合理的で、うまいこと結果を残している。うまいことというのは、ガイジン側から見た話なのだが。どこまでがこのガイジンの手の中にあるのか近藤にはわからない。
「さあ、いつからかしら」アオヤマ・スミレは笑った。歌うような話し方だった。「その所はトップ・シークレット。企業秘密ってこと。でも、私たちは一度目を付けた獲物は逃がさないから」
車は近藤春人の家の前に着いた。二人は車を降りた。近藤は自分の家の二階の窓を見た。明かりがある。沖田広海の部屋の明かり。
「さあ、大家さん。紹介して」
読了ありがとうございました。
まだ続きます。




