第二章 風雲編その1 本物の野球
沢井は、後悔していた。
ずっと追いかけ、ようやくたどり着いたテレビや雑誌の世界ではない、本物の高校野球。それは、彼女の想像をはるかに越えていた。
(何なの、これ……。すご過ぎるよ……)
彼女の呆然とする姿を古川は面白そうに見ていた。
(最初は俺もこうだった。懐かしいな)
古川の眼前では、<近江の闘将>率いる安土城学園の試合が展開されていた。
サードに立つ大柄な男が、見事なダイビングキャッチを見せる。ユニフォームは土にまみれたが、男は誇らしく立ち上がる。
「サードの加田、3塁線を抜けそうな当たりを見事にキャッチ。安土城学園、3回裏ツーアウトランナー3塁のピンチをしのぎました」
好プレーに観客が沸き返る中、安土城ナインはベンチ前で円陣を組む。その中心には、侍の空気をまとう男。<近江の闘将>加田茂である。
「いいか。相手は名門。簡単には勝てん。3塁への当たりは俺がしっかり捕るから、とにかくワンチャンスを生かすんだ」
「ウス!」
加田の檄を胸に、チームは結束する。彼らの瞳は、加田への絶大なる信頼と、勝利への強い意志で満ちていた。
5回表、安土城は執念でチャンスを作り出し、ワンアウトランナー3塁の状況で加田に打席を回す。
「沢井、よく見ろ。あれが、<近江の闘将>だ」
試合に圧倒され、口を開けたままの沢井に、古川が声をかける。
(皆、よくやった。ここは俺が返す!)
加田の目に炎が灯る。そして相手側もそれを察した。初球は外角低目。しかし……
「甘い」
バットは刃に姿を変え、空気を切り裂く。そして白球は鋭く1塁線を抜けた。
「先制、先制です! 加田、渾身の一打でランナーを返しました」
「すごい……」
沢井は思わず呟いた。彼女の目にも、加田のバットは刃に見えた。今まで読み漁った雑誌や、毎年食い入るように見ていたテレビには無い本物の迫力。それは確かに、本物の野球に対する理解となって彼女の心を貫いた。
その後も加田は緊張を緩めない。要所要所で投手に声をかけ、ピンチになれば守備陣に檄を放つ。そして常に全力のプレーでチームを、そして観客を盛り上げる。
そして9回裏、この試合最後の打球が加田のグラブに納まった時、ガッツポーズで彼は吠え、沢井は思わず自分が記者だということも忘れて歓声を上げていた。




