その2
「これは……。賭けに出たな」
昨日の雨が嘘のような夏晴れの元行われる大会8日目第3試合。オーダー発表に古川は衝撃を受けた。
「時間だ。行こう」
神楽泰治。
「ああ。仕事の時間だ」
勝田俊介。
「よっしゃ、一丁暴れるかあ!」
久坂主馬。
昇竜国際(東東京)―春堂(大阪)
春堂にとって、正念場というべきこの試合に、彼らはあの1年生3人を最初から投入したのだ。
「今の状況で打てる手は打ちました。後は、勝利を祈るだけです」
監督の呟きが、選手達の去ったベンチに小さく残った。
「ふうん。こりゃ面白え事になったな。ま、鈴木の勝ちだろうがな」
満員のスタンドにまぎれて宮沢はこの試合を見ていた。直前の第2試合で相手校を7回無失点、13奪三振で切り捨てた<西の奪三振王>は、次の相手となるであろう昇竜国際、そして鈴木友雅を見に来ていた。
1塁側アルプスの歓声が、聴覚を破壊せんとする勢いで甲子園中に響く。両者無得点のまま来た4回表、昇竜国際はノーアウトランナー2塁の状況で鈴木に打順を回す。
「くう……」
神楽が小さく唸る。第1打席では何とか外野フライに抑えたが、後一歩でスタンドだった。
(気合を込めろ。ここだ!)
捕手のサインは強気の内角。
「迷えば絶対に打たれる。ここは勝負だ! 行け!」
神楽も当然、全力で投げ込む。ボールは鋭く内角へ食い込んだ。しかし、相手は甘くなかった。
「いい球だったが……。まだまだだな」
白球がスタンドへ飛び込み、観客の歓声が球場を揺るがす。その中を贅肉のない、均整の取れた体を揺らして静かに回りながら、鈴木は呟いた。それは、正直な感想。実際、鋭く食い込んで来たあのボールは、チームの他の打者では打てなかっただろう。彼は、その後無言のままホームへとたどりついた。
「かあー。甘い甘い。あのコース、俺なら三振取れるぜ。つうか、かすらせもしねえ」
スタンドに乱暴に座り、悪態をつく宮沢。その目は溢れんばかりの自信で輝いている。そこへ声をかける大柄な男が1人。
「ほう。あの鈴木相手に余裕だな」
「押本……!」
宮沢が立ち上がり、2人が目を合わせる。一瞬、眼光が交わる。そして次の瞬間、両者が共に目をそらす。まさにライバル意識の衝突である。
「なぜ、ここに来た」
先に声を発したのは宮沢。
「当たり前だ。勝ち進めば抽選によってはこのブロックの勝者と当たるからな。上に行くためには、今から手を抜くわけにはいかない」
押本は冷静に切り返す。
「ほう。初戦であれだけ苦戦した奴の言葉とは思えねえな」
「俺が目指すのはもう、頂点しかないからな」
「そうか……。だったら、俺がお前を倒して止めてやるよ」
宮沢の目が野獣のように光を放つ。
「なるほど。その宣戦布告、受けたぞ」
そう言うと押本は背を向け、宮沢の前から去っていく。
「ち。乗せられちまったな」
宮沢も再び、乱暴に椅子に座り込んだ。試合は5回裏まで進んでいた。
5回裏の攻撃直前、春堂ベンチでは不穏な会話がささやかれていた。
「よくこらえたな」
「冗談じゃない。もう2、3点取られてもおかしくなかった」
勝田の声に神楽がぼやくと、勝田は彼の肩を軽くたたいた。
「まあ、攻撃は任せろ。奴ら、意外と守備は穴だらけだ」
「ふん。俺が一発かませば良いだけよ」
久坂も割って入る。春堂の反攻は、水面下で既に始まっていた。




