その7
試合は9回裏まで来ていた。5−2。琉球水産の勝利はほぼ確実ながら、慶良間の瞳から力が失われることは無い。
「……」
具志川も、まだ決着は付いてないとばかりに、無言でグラウンドを見つめている。
「ストライク、バッターアウト! ゲームセット!」
最後の1球がミットに突き刺さり、審判のコールが響くと、慶良間は彼女に向けて小さくガッツポーズをし、彼女もまた、それに答えた。
琉球水産の甲子園、そして、2人の希望はまだまだ続くのだ。
古川は試合記事をまとめつつ、こんな感想を漏らした。
「慶良間は確実に急成長している。この大会で一躍注目されるだろうな。まだまだ夏は盛り上がりそうだ」
甲子園はその日全ての試合を終え、闇に包まれようとしていた。闘いに間隙を与える黒雲をはらみつつ。
その翌日。甲子園のグラウンドも、月刊HBのオフィスの窓も雨に濡れていた。
「今日は色々と注目していた試合があったがな。まあ、たまっていた記事を処理するには都合が良い」
ここぞとばかりに記事の清書に精を出す古川に1人の女性が声をかける。
「古川さんって、どこの学校が優勝すると思っているんですか?」
流れるような長い髪が美しい、その女性の名は沢井春香。つい最近入社したばかりの新米である。古川は思わぬ仕事の妨げに苛立ちながらも、テストとばかりに質問で返す。
「じゃ、沢井さんはどこだと思ってるんだ?」
彼女は首をかしげ、少し間をおいてから、答えた。
「ひとつには絞れません。ただ……、候補は数校。北龍、天理天道、それに、昇竜国際。あと、春堂、総城も」
彼女視点の候補を挙げ、一つ一つに理由を述べていく沢井。その的確さに古川も思わず仕事を忘れて聞き入り、舌を巻いた。
「……。驚いたよ。よく調べたね」
全ての説明が終わった後、古川は自身が質問されていた事も忘れて彼女に賞賛を送る。実際それほどのものだったのだ。
「昔から高校野球が好きでして……」
笑顔がほころぶ彼女。その笑顔も花のようで、なかなか美しい。そして彼女はそのまま熱弁を始めた。
<三島世代>に惹かれた高校野球との出会いから、<ザ・チャレンジャーズ>、<爆砲世代>と休むことなく語り続ける彼女にあきれながら、彼は呟いた。
「明日からこいつを連れて行こう……。経験を積めばいい記者になる」
記者たちがそれぞれの意見を戦わせる一方、球児達はそれぞれにこの間隙を利用していた。
激しい雨の中、室内から聞こえる打球音が途絶えることは無い。
「まだだ! 後百球はいくぞ! 雨でも練習は手を抜くな!」
チームメイト達に檄を飛ばしながらバットを振るのは安土城学園(滋賀)主将、<近江の闘将>加田茂。彼らはこの日、宿舎の近くの学校で室内練習を行っていた。
(上に行く為には、もっと自分を鍛えねば……)
バットを振れば振るほど、彼の意思は強まっていく。果て無き打球音が、彼らの意思を告げていた。
「吉永君、香川君の様子はどうですか」
春堂高校室内練習場。監督が投手陣の練習を見ていた吉永に声をかける。
ちなみに、春堂では、キャプテンはチームのまとめ役として、監督とのパイプをつなぐ役割に徹することになる。
また、キャプテンには秋大会の2年の控えから、一番練習に全力を尽くしていた者が選ばれる。
これは、実力主義を重んずる春堂において、下の者にもチームの一員としての光を与え、それと同時にレギュラーに彼らの価値を実感させることで、意味の無い足の引っ張り合いを防ぐ効果を持つ。
そして、キャプテンを中間に置くことで、チームの問題を監督へ持ち込む前に自分達で解決させ、チームワークを生み出す効果もかねていた。
「難しいですね。自信を失っています。むしろ神楽の方が調子を上げています」
吉永は冷静に事実のみを告げた。
「そうですか……。後で明日のメンバーを決めなおしますので、私の所へ来て下さい」
「分かりました」
監督は去っていく。おそらく打者を見に行くのだろう。
(2回戦の相手は昇竜国際。勝つ為とはいえ、監督も大変だな)
思いを押し殺し、吉永は投球練習に再び目を向けた。
カーテンに覆われ、暗い室内は2人の心の中を示すのか。しかし、その中に声は聞こえる。
「これが、私の勝つ為の決断です。後は、頼みました」
「はい……」
吉永に手渡されたメモ。そこには大きな<賭け>が記されていた。
やむことを知らぬ雨の中、鈴木友雅は外出していた。
(練習はオフ。リフレッシュだ)
街へ繰り出し、冷やかしに店を見て回る。そして、彼の心は、研ぎ澄まされる。
「春堂高、おそらく一筋縄ではいかない相手だ。しかし、俺が、そして打撃陣が打てば良い」
雨の中、それぞれの思いは巡る。そして雨がやみ、夜が明けて、夏晴れの空が彼らを照らす。
「さあ、行こうか」
「ええ、楽しみです」
古川も沢井と共に、甲子園へ向かう。今日からまた、激闘が始まるのだ。
次回より『風雲編』突入です。自サイトよりの転載ですので、更新は早めの予定です。




