その5
最初は、誰もがフロックだと思っていた。しかし、彼らは本物だった。
2007年選抜大会覇者、菊川昭栄高校(静岡)。あらゆる手段で野球の常識を覆し、春を制した彼らは、さらに強くなってこの場所に帰ってきた。
「あーっと! スクイズ成功、1点追加。あっ、2塁ランナーも突っ込んでくる! ファーストの返球は間に合わない。5回表、菊川、さらに2点を追加して7−0に点差を広げます!」
「強くなったな。彼らは……」
古川はため息を吐く。春を制した時はいわゆる『旋風』のひとつとしか思ってなかったが、今やどうだろう。すっかり王者の風格を漂わせているではないか。
「全くですな」
古川の背後から突如、声がかかる。振り向けばそこには、第1試合で完勝をおさめた『マジシャン』の姿があった。
「春田さん!」
古川は思わず立ち上がるが、春田はそれを止める。
「このままで結構。ところで、あなたは?」
「あ、申し訳ない。私は『月刊HB』の……」
古川は名刺を手渡す。
「なるほど。道理で私のことを……。しかし、高校野球とは面白いものですなあ。長く見ているとああして、常識の通じないチームが出てきたり、並みの高校生じゃ太刀打ちできないような選手が出てきたり。これだから監督業をやめられないんですよ」
「ええ」
古川の見た彼の顔は、どこか寂しさを滲ませつつも、まるで子供のように微笑んでいた。しかし、その顔が突然、真剣なものに変わり、口調にも熱がこもる。
「ですがね。私がやっているのもまた、高校野球なんです。決して彼らは無敵ではないんです」
「と、言いますと?」
古川はここで答えを引き出さんと一気に詰め寄る。だが、
「おっと。口が過ぎましたな。まあ、ひとつだけ言える事は、我々は『高校野球』をするということですね。いずれ御覧に入れますよ」
春田の口調が元に戻り、古川は軽くいなされてしまった。春田が去っていく傍らで、菊川は点差を9に広げていた。
最終回の決死の反撃も1点に終わり、球場には無情のサイレンが鳴り響く。結局菊川は12−4であっさりと初戦を勝ち抜いてしまった。
「やれやれ。これじゃあ抑えるのも一苦労だなあ。だけど、僕達は彼らに勝ちたい」
「流石は王者菊川。だが俺は安土城を必ず頂点に連れて行く。それが男の信念だ」
「誰が来ようと関係ねえ。俺は力で全てを制す!」
観戦に来ていた宮本、加田、宮沢もそれぞれに決意を新たにする。
それを知ってか知らずか、王者の軍団はグラウンドに母校の校歌を響かせていた。




