その3
激闘、死闘、全てを飲み込み、甲子園はその激しさを増していく。そんな中、古川の注目する男達は、その実力を確実に見せていく。
「三しーん!」
興奮した実況の声と共に観客が熱狂する。その男の投球はまさに芸術。
「な、何故だ」
相手は戦慄し、戸惑い、動揺するのみ。
佐渡島高校、宮本俊(3年)。見た目華奢な肉体から放たれる、120キロ台の直球をキレのある多彩な変化球で引き立てるピッチングは打者の目を狂わせ、自信を奪う。焦れば焦るほど、彼の思いのままにされていく。
「ふう」
9回を12奪三振で完封し、マウンドを降りていく宮本。しかし、スコアはいまだ0―0。元々攻撃力を欠く佐渡島もまた、敵を攻めあぐねていたのだ。だが、彼の瞳には希望が満ちていた。
スタンドに歓声がこだまする。相手校はその衝撃に膝を付き、悔しさに肩を震わせる。
「見事だ……」
古川が呟く。9回裏、佐渡島は粘りに粘っての四球から、盗塁、送りバントを経て最後は警戒をすり抜けてのスクイズ。なんとノーヒットで1点を奪ったのだ。
「確かに情報通り。しかし、噂の『新球』はどうやら見れなかったようだな」
そして、<天才>前田を擁する中京崇城も、あっさりと勝ち上がる。
しかし……、
「北龍、2回を終わって1点のビハインド。押本、一体どうしてしまったのでしょうか」
意外な苦戦を強いられるチームが、そこにいた。
「くう……」
大柄な体をねじ込むようにベンチに座る北龍のエース押本神威(3年)。誰が見てもイラついているのは明らかだ。
「落ち着け」
隣の男がたしなめる。眼鏡をかけているが、まだ若い。北龍高校監督、武蔵一。かつて<三島世代>の一人として、1994年夏の決勝に進出、<史上最大の三振ショーバトル>を繰り広げた男である。
「お前は栄冠を勝ち取れるピッチャーだ。去年より上に行きたいのなら、この程度の状況で動揺するな」
言い返せない押本。脳裏に去年の記憶がよみがえる。決勝まで勝ち進みながら、<爆砲世代>の筆頭、浮島智也の一撃に沈められたあの日、彼は強くなることを誓ったのだ。
「そうでしたね」
押本が立ち上がる。その眼前では味方が必死の攻撃でチャンスを作っている。
「行ってきます」
決意を込めて、彼は、行く。あの日の屈辱を晴らし、頂点に立つために。そしてその思いは得点となって結実した。
その数時間後。甲子園は既に闇に包まれようとしていた。観客も去って行き、まばらになったスタンドに古川はいた。
「凄まじい試合だった」
古川の目の先には、消え行く電光掲示板。その延長16回表の所には、
「1」の灯が点いていた。
北龍の相手、広島代表厳島高校。高校野球ファンの間では有名な学校のひとつであり、飛びぬけた選手はいなくとも、戦略と総合力で有力校から勝ち星を拾うしたたかさを持つ。そして、この試合でもその力は発揮された。
「くそ。また交代かよ」
状況に合わせてめまぐるしく変えていく4人のピッチャー。
「おおおおお!」
圧倒的な押本の力にも屈せず、食らい付いていく選手達。彼らは全ての力を駆使して北龍に立ち向かった。
そんな中、押本は少しずつ進化していく。
「な……」
15回裏、2死ランナー3塁の状況で投げ込まれた球のスピードは今大会最速の154キロ。もはや、彼らの勢いが届くものではなかった。そして、その直後に北龍の4番佐倉がホームランを放ち、全ては砕かれた。
試合が終わり、両者がしっかりと握手を交わす。
「優勝しろよ。健闘、祈ってるぜ」
「ああ。見ててくれ」
その中で交わされた和やかな挨拶が、死力を尽くした戦いだったことを証明していた。
北龍ベンチ裏。2人の男が言葉を交わす。
「肩が重いな。佐倉」
「なあに。俺達が付いててやるよ。その代わり、きっちり抑えろよ」
「そうだな。頼んだぜ。飛び切りの一発をよ」
投手が野手を、野手が投手を信頼する。彼らは確実に頂点へのステップを踏んでいた。




