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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
躍動する闇編(天文23年~)
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【閑話】 幼馴染な二人

最近ほとんど出番のない、とある弟の話

 九郎のたっての願いもあり、一斉に元服の儀が行われた。

 織田一族に限らず、十を超えた年頃の男児はこぞって元服する。そしてお市たちもまた、裳着の儀を執り行うことになった。これで、いつでも婚儀を迎えることができる。信長はかなり渋ったが、仲間外れは嫌だと駄々をこねる妹に折れた形となった。

「婚儀、か」

 源五郎改め、長益は実感のわかない単語を呟いてみる。

 義姉である帰蝶姫に見慣れても、自分たちの婚儀とはまた別物だ。分かるのは、お市のお守り役も終わるということだけである。長益は九郎信治、彦七郎信興のように体を動かすのがあまり好きではない。

 かといって又十郎長利のように、食う寝る日々を堪能したいわけでもない。

「ふう」

 薄暗い部屋の片隅で、静かに息を吐く。

 新しい畳独特の匂いが心地いい。粘土の泥と竹、そして藁だけで作られた質素な建物の中には、茶釜一つ置けるだけの囲炉裏しかない。茶道具は一通り揃えたとはいえ、他に調度品があるでもなく――。

「殺風景にすぎると文句を言っていたのは、誰だったっけね」

 壁には殴り書きの掛け軸一つ、歪な花瓶に野花が溢れている。

 当主自ら飾られたそれらに、何とも言えない沈黙が広がったものだ。

 離れを作るついでに増築してもらった茶室は、長益のお気に入りだ。滅多に誰もやってこないのもあるが、ここの空気は瞑想するのに最適である。外界と切り離されているような気がするから。

 これまでのこと、これからのことを整理し、考える。

 兄・信長の役に立ちたいと切望するのは皆、同じだった。どうにも年が離れすぎているせいか、信長は過保護にすぎる。信治と信興は、ほぼ泣き落としで城や村の管理をもぎ取った。長利は信興についていったが、信包は清州城に残ることを選んだ。

 そして長益もまた、清州城にいる。

 カタン、と木戸が鳴った。

「源五郎様? こちらにいらっしゃいますか」

「ああ、いる。お清、遠慮しないで入っておいでよ」

「失礼します」

 若草色の小袖は初々しい少女に良く似合っている。

 振り分け髪のない頭は珍しく、ゆっくりと茶室へ入ってくる姿をまじまじと見つめてしまった。装いが変わるのは男児だけではないと知っていたが、こうして目の当たりにすると感慨がわく。

 お市と同じように、彼女も誰かの下へ嫁ぐ日が来るのだろう。

 お清の父は、信長が敬愛した平手政秀だ。

 必ず幸せになれるよう、ちゃんとした相手を選ぶに違いない。それこそ実の娘みたいに悩む信長が容易に想像できて、長益は思わず笑った。

「あの、どこか変?」

「どこもおかしくないよ。ちゃんと可愛い」

「源五郎様は口が達者ですね」

「本当のことなのに」

「はいはい」

 気安い会話も期限あるものと思えば、愛おしくもなる。

 帰蝶姫がお清を連れてきて、子供たちで一緒に遊ぶように頼んでいったのは遠い昔のようだ。義姉も兄に触発されてか、一般常識が通じないことがある。学問に男女の隔たりはないと言い、意欲のある者は誰でも勉強できるようにした。

 それは那古野村で行っていたの事の発展形だ。

 あの頃はもっと実用的なことばかりだったが、帰蝶姫が推奨するのは官吏の仕事に近い。どうやら文官を育てようと考えているようだ。木下家の子供、小一郎もその一人だった。

 こちらは兄・藤吉郎秀吉の紹介がある。

 基本的な算術はもちろん、算盤による演算もあっという間に習得してしまった。長益もこういうことは得意である自覚があったため、抜かれまいと躍起になっていたものだ。

「文官の道も悪くはないんだけど」

 元服前から進むべき道を見定めていた上の兄たちと違い、長益は迷っている。

 長利のように、まったりと日々を過ごしたい。

 信長が冗談めかして言う「楽隠居」に強く憧れる。早めに結婚して、しっかり子供が育てば隠居も可能だ。茶の湯や歌を詠んで、日々の移ろいを味わいたい。

「うーん」

「源五郎様、どうぞ」

 柔らかな声がして、ほこほこと湯気の立つ茶碗を勧められる。

 なんということか、すっかりお清の存在を忘れていた。考え事をしたくて茶室にこもったのだが、迎え入れた客人に茶を淹れさせるとは失態もいいところである。

 とはいえ、勧められて断るのもいけない。

「いただきます」

「はい。……お口に合うといいのですが」

 不安げに言うお清は、長益の一番弟子だ。

 好奇心から見様見真似で始め、細かい所作から指導していったことに始まる。そういえば、その頃から彼女は「源五郎様、いらっしゃいますか」と茶室を訪ねてきていた。城の女中として学んでいる時期なのに、ちょいちょい現れる。

 口に含む茶の味は苦くて、甘い。

 静かに飲み干して、長益は茶碗を戻した。固唾を飲んで見守るお清は、さながら師の判定を待つ弟子の様相だ。正式に師弟の契りを交わしたわけではないので、所詮真似事。

「それでも」

「え?」

「あ、いや。美味しかったよ。余計な一言がなければ、なお良い。不安そうにするのは、相手に向かって誠実であるとは限らないから」

「源五郎様みたいに、自信たっぷりにはできないもん」

「いつも自信たっぷりなのは、三郎兄上だと思うけど……」

「あー、比べちゃいますよね。やっぱり」

 相槌を打つ長益はきっと、とても情けない顔をしている。

 お清は労わるような気遣いの表情だから。

「血が繋がっているのは半分だけでも、三十郎兄上は結果を出している。僕は、まだまだだ。貞勝さんに言われるまま、仕事をこなすことしかできない」

「でも、村井様って厳しい方なんでしょう? 耐えられなくなって、何人も辞めていったと聞いていますよ。それからお仕事のせいで、奥方様に離縁させられたとか」

「ははは、まさか」

 笑い飛ばそうとして、長益は頬がひきつる。

 ありえなくはない。吉兵衛貞勝なら、ありえそうで怖い。小一郎や長益は婚儀もまだだが、朝から晩まで仕事漬けの日も少なくない。こうして非番の日に茶室へ来ては、ゆっくり癒されている。

 女から離縁を求めるとは、余程のことだろう。

「困った。このままでは楽隠居の夢が」

「やだ……うふふっ、源五郎様ったら。心の声がもれていますよ」

「だって仕方ないだろう。仕事に追われて、気が付いたら老人になっているかもしれないんだ。老いてからの日々も悪くないけど、趣味の時間は長い方がいい」

「じゃあ、すっごく長生きしないとダメですね」

「お清は長生きしたくないのか?」

「したくないです。捨てられるのは嫌ですから」

 姥捨て山のことが脳裏に浮かぶ。

 老いて、何もできなくなった者を担いで山に捨ててくるのだ。お清にとって、老いるとは不利益なことしか存在しないらしい。何とも勿体ない。夢がなくて、楽しくない。

「僕が教えてあげるよ」

「源五郎様?」

「長い人生で楽しいのは若いうちだけって、つまらないじゃないか。若い時は若さゆえの、年を取ったら年を取った時の楽しみ方はきっとある」

「そうでしょうか」

「だから教えてあげる。お清は僕の大事な人だからね。なるべくなら笑っていてほしいし」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください!」

 真っ赤になったお清が両手を振り回している。

 何を慌てているのかと不思議に思った次の瞬間、長益は己の発言に気付いた。かなり恥ずかしいことを言ってしまった。無意識とはいえ、未婚女性に投げかけていい台詞ではなかった。

「ご、ごめん」

「い、いえ」

 もごもごと続きは口の中で濁して、互いに赤い顔を俯かせる。

 無性に気恥ずかしい。だが、どうして恥ずかしいのかはよく分からないのだった。


余談:

濃姫がお清を連れてきたのは「父(平手政秀)の死について不審な点がある」と報告してきた点を評価したためです。家督を継ぐ兄・久秀の意思を反する行動は、家族間の対立や不和を招くので歓迎されないことです。まして女が男に逆らうのは基本的にありえないことなので、濃姫は独断で久秀とお清を隔離する判断を下しました。

主人公には事後報告(笑)

お清のことがあったので、久秀の嘘は「不問」となったわけです。


ちなみに、お市はあまり勉強好きではない(ムラッ気がある)

信治、信興は武官のうきんタイプに成長。信包、長益は文官寄りの指揮官を目指していて、長利はどちらにも伸ばせる才があるのにヤル気がない系。

逃げるためには忍びの技だって盗んでみせる(そして寝る)

織田家は甲賀忍雇っていた説もあるので、長利は甲賀流(滝川一族もこちら側)とでも思ってください。ある意味、最もノブナガと気が合う弟だったりする。

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