75. ハゲしいノブナガ
ちょっと息抜き回。
頭部が気になる人は注意が必要かもしれません。ちなみに、父子がじゃれ合う元ネタはうちの叔父です。
翌日は定例評議会の日だった。
こんな時くらい休めばいいと帰蝶は言ってくれるが、こんな時だからこそ休んでいられない。俺の留守中に起きたことは、既に知れ渡っていることだろう。もしかしたら、信行側につくことも検討している奴がいるかもしれない。
あとは信行がどう出るか、だ。
うちの女性陣からコテンパンにされて、相当凹んでいたからな。ヤケになって、本気で家督奪いに来るかもしれない。最終的に悪夢のような結末を迎えなければいいのだ。
最初から来ると分かっていれば、怖くも何ともない。
また将兵の皆には命を賭けてもらうことになるが、それは俺にも同じことが言える。また博打を仕掛けたことが、帰蝶にバレてなきゃいいんだが。
「今度は俺たち、柴田殿と戦うことになるんすね」
「ああ、こっちの鬼とどっちが強いかな」
「殿が勝てと命じられるのであれば、地獄の鬼が相手でも勝ちまする」
「そいつぁ頼もしいや」
頬杖の上で、くつくつ笑う。
この姿勢がすっかりクセになってしまったが、例の信号発信にはちょうどいい。側近たちも手の動きに注目するようになり、それが俺の動向を見定めているように思えるらしい。とても真面目に評議へ臨んでいると、成長したものだと昔を知る者らは喜んでいる。
実際のところ、あまり変わっていない。
昔も今も、俺たちのやるべきことをやっているだけだ。次から次へと案件が飛び込んでくるから、休んでいる暇もない。最近は奇妙丸に構う時間も減っているので、心配だ。
万が一にも、父の顔を忘れられていたら泣く。
「ん! わしに良い案がある」
「内藤殿の真似ですか? 似合いませんね」
「うるせえよ、内蔵助。…………ふ、ふ、ぶえぇっくしょい! ぶるるあ」
今、変な余韻がくっついたか。まあいいや。
橋介の差し出した懐紙を受け取り、ちーんとかむ。
「くそう、てっぺんがスースーしやがる」
「信長様はハゲても格好良いっす! あだっ」
「ハゲてねえ!! むしられたんだ、間違えんなっ」
「す、すいません……」
月代は戦う男のステータスである。
額の上から半月状に剃るわけだが、永久脱毛したいがためにひっこ抜いた猛者もいるらしい。当然ながら、見事に化膿して痛い目に遭ったと聞いている。俺は幸いにして化膿しなかったとはいえ、自主的に抜いたのではない。
長良川の撤退戦で、ハイになった俺は敵陣へ突っ込んだ。
その後の経緯はよく覚えていない。気が付いたら死体の山と一体化していたので、死体剥ぎに武装ごと髪の毛も持っていかれたのだ。
「総髪が俺のモットーだったのに」
ぶすくれて、側近たちを恨めしく睨む。
こいつらは合流した時点で、俺の頭部が哀れなことになっていることに気付いていたはずなのである。再会したら、主君に十円禿げができていた。ストレスが原因と考え、俺を気遣ってくれたのだろうか。
うん、ちっとも嬉しくないぞ。
かつての俺と同じく、側近たちは額の上を剃っていない。これはこれで頭の固い連中からは不平不満の声も出ているのだが、若いうちからハゲの心配をしてどうする。
禿げる時は禿げる。
剃っても禿げるのなら、剃らなくても禿げるのだ。武士が生まれながらにして禿げの運命を背負っているのなら、むしろ堂々と禿げればいい。
「あー」
ぺちぺち、と冷えた頭皮に熱が与えられる。
「なんだか我が子の幻が見える……五郎左よ、俺はまだ夢を見ているのか」
「現でござる。畏れながら、某にも見えますゆえ」
「若様、いた!」
しゅたっと現れたのは奇妙丸の乳母だ。
一益と違って小袖姿なのに、くのいちばりの動きをする。部屋に戻りますよと言いながら、俺の頭からべりっと剥がした途端に奇妙丸が泣き出した。
「うあああぁん」
「うへえ」
けたたましい大音量に辟易している成政たち。
相変わらず嫁をもらう気配はなく、次から次へと仕事を与えている俺としてもあまり強く言い出せない。泣きわめいても子供は可愛いと思うが、親になって感じ方が変わったのかもしれない。
乳母は乳母で、ようやく俺たちが話し合いの最中だったことに気付いたようだ。
真っ青になっても奇妙丸を放さないのはさすがである。
「奇妙丸、来い」
「ちー、えー!」
「今!! 父上って言ったぞ! うちの子、天才すぎんだろっ」
「きゃっきゃっ」
ぺちぺちと額を叩かれているが、全く気にならない。
「そうかそうか、お前も嬉しいか。さすが俺の子!」
「ぶー」
感激のあまりにちゅーしようとしたら嫌がられ、頬ずりも拒否された。
何故だ。父は悲しいぞ。
奇妙丸を抱えたまま俯けば、笑い声と共に額をぺちぺちされる。どうやら、これが気に入ったようだ。手触りがたまらないようだが、俺としては全く嬉しくない。そして我が子は可愛い。
「ものすごいジレンマだ……!」
「おい、誰か奥方様を連れてこい。殿が使い物にならん」
「お部屋に戻りましょうよ、若様」
「やー」
「ええ、そんなあ」
「奇妙丸は、父上と一緒がいいんだよな?」
「んっ」
頭がもげそうな勢いで頷かれた。
とても嬉しいが、とても心配になる動きだ。すぐにきゃらきゃら笑い始めているので、本人は痛みを感じていないのか。こんな小さい頃の記憶なんて残っていないので、異星人を相手にしているような気分である。
俺にべったりくっついて離れないのは、誰に似たものやら。
「仕方ないか。最近、構ってやれなかったからな」
家族の絆を大事にしようと思っているのに、周囲がそうさせてくれない。
爺にはでっかい野望があると告げた俺も、本当の願いは天寿を全うできる楽隠居だ。前世に比べれば、幸せの方が多いと思う。辛いことが立て続けに起きたばかりだが、目の前にある愛しいものを無視したくはない。
「奇妙丸、こちらへ来なさい」
おっ、ちょうど愛しい女も現れた。俺の幸福指数は上限知らずだ。
奇妙丸もぱあっと顔を輝かせる。
「あーい」
「今、奇妙丸が!! まともな返事を!」
「はいはい。あなたは話し合いが終わっていないのでしょう?」
「そうだけど、奇妙丸がっ」
あっさりと帰蝶の胸に抱きついた我が子は、ちょっと可愛くない。
それは二つとも俺のだ。これ見よがしに顔を埋めるとか、一体誰に似た(以下略)。満足げな笑みが、ふてぶてしい勝利の笑みに見えてくる。ぷにぷにほっぺを指で潰してやりたい。
俺が歯ぎしりせんばかりに睨んでいると、帰蝶が溜息を吐いた。
「奇妙丸、お前のせいで父上が集中できないそうよ。困ったわね」
「ふ、ふえ……っ」
「ちょっとお濃さん、何言っちゃってんの!?」
「本当のことを言っただけよ。さあ、呆けていないで乳母の役目を果たしなさい。部屋に戻ります」
「あ、はい。申し訳ありません、お濃様」
「ああああ~……っ」
俺の大事な人たちが去っていく。
どうして俺は幸せだけで生きていけないのか。いつか失うと分かっていたら、最初から求めたりしなかった。だから前世の俺は孤独だった。自分で納得していたのにやっぱり寂しくて、人に囲まれている毎日こそ生きている実感がわく。
「……おい、五郎左。奥方様のせいで、余計にダメになったじゃねえか」
「ふむ、予想と違ったか」
「ちょっと待て、又助! その記述はいくらなんでもおかしいだろうっ」
「橋介殿。自分は事実そのまま記述することを信条としています。そして信長様は、この程度のことで威厳や魅力が半減するような凡夫ではありません」
「た、確かに」
もうやだ、この人たち。
存在自体がチートなせいで、どうあっても平平凡凡な日常から程遠くなっていく。恒興が広めた信長教も順調に信者を広めているようだ。成政の反抗的な態度が、いっそ心和む。
そして俺は呟いた。
「全員はげろ」
翌日、小姓と側近が一人残らず月代頭になったのは言うまでもない。
そして家臣連中の評価がまた一つ上がる(不本意)




