63. かかれ柴田
清州城攻めの号令をかけて、真っ先に駆けつけたのは柴田勝家だった。
その鋭い眼差しは相変わらずだが、睨まれているわけではない。それが分かってしまうから、なんだか苦笑も浮かんでしまう。萱津の時と同様、信行が援軍を寄越してくれたのだ。
信行の家老としては、肩身が狭かろう。
白い目にも全く動じない様子に、利家が感じ入ったと鼻を鳴らす。
「あの豪胆な武者ぶり、サスガっすね」
「叔父貴って呼んでもいいんだぞ」
「え? 何スかそれ」
「あれ? 違ったか。まあいいや」
林兄弟が健在なので、荒子の前田家の身分は低いままだ。
利家自身が小姓扱いだから、実家の知行を上げるわけにもいかない。論功行賞はそもそも何かしらの実績を上げるのが大前提になるからだ。そういう意味で利家はそれなりに貢献しているのだが、ゆえあって恩賞は保留している。
成政も分家として独立していないので、馬廻り衆のままだ。
俺としては、有名な母衣衆を早く作りたいものである。赤と黄色と黒もあった気がする。どうせ覚えていないのだから、適当に作っても文句は出まい。陰陽五行にあてはめるなら、五色揃えるのも一つの手か。
「柴田権六、お前に内蔵助と犬をつける」
「……お目付でござるか」
「いや、鬼柴田と名高い猛将の戦い方を学んでもらおうと思ってな。今回も先陣を切ってもらうぞ。余計なことは考えなくていい。存分に働け」
「言われずとも」
謙らず、こちらを真っ直ぐに射貫いての台詞はいっそ小気味よい。
だが俺が良くても、全然良くない人間もいる。
「ぶ、無礼な! 殿に向かって、なんという口の利き方を」
「恒興、吠える暇があったら動け。支度は終わったのか?」
「すぐにでも出られます」
「よし」
予定通り、五日後に那古野城を出る。
留守居は戻ってきた長秀と、信広兄貴に任せた。
戦に参加するつもりで駆けつけたようだが、那古野城を留守にするわけにいかない。三十郎の文も、三十郎も見ていないという。この時は出陣前の忙しさもあって、誰かに頼んだが届かなかったのだとしか思わなかった。
道中で何度か、部隊の合流が発生する。
慌てて戦支度を調えたものの、城まで向かう手間を惜しんだらしい。
その中に義統の臣下らしき姿も数人いた。義銀の護衛についていたため、主君を守れなかった悔いを晴らしたい。そう言われてしまえば、俺も拒否できない。
くれぐれも勝手な行動を慎むように言い含めて、足軽隊へ組み込んだ。
弓が得意な太田某という男は、自主的に弓隊へ移動している。誰にも負けぬと豪語するのはかまわないが、実力が伴わなければ意味はない。携えていた弓がどこか違うような気がして、これもなんとなく記憶に残った。
言葉少なく重苦しい緊張感は、開戦直後に爆発する。
「押せ! 押し込め!!」
「一人も逃がすな!」
柴田隊の突撃に始まり、清州勢は一気に安食村まで後退した。
「槍隊、構え!! そのまま前進っ」
「攻めかかれー!」
「うおおおおっ」
破竹の勢いが止まらない。
今川軍との戦いでも活躍した長槍に、敵兵が全く近づけないのだ。馬の足よりも長いので、馬上の人間にまで穂先が届く。
戦とは恐怖心との戦いだ。
向こうの刃が届かなくて殺し放題。ひどい表現だが、集団行動は一人の脱落者であっさり瓦解する。多少気が大きくなる方がいい。あくまで戦限定だが。
この時だけは俺も、前世の倫理感覚を封印する。
「足を止めるでないぞ。このまま進め!」
「おおおーっ」
目指すは敵本拠地。
清州城はいずれ俺が拠点に定める場所だ。
安土城はまだ設計図すら出来ておらず、長い間住むことになるだろうと予想している。城下の焼き討ちなどの工作が提案されたが、俺はこれらを全て却下している。
俺の黒歴史を暴くんじゃない。
今回は戦略的意味があるとかどうでもいい。焼き討ちの恨みで領民の心が離れていったら、俺が辛い。本音と建前を交えて意志を押し通し、こうして開戦に持ち込んだ。
小細工をしなくても、こちらの士気が遥かに高い。
「あれ? 柴田隊に三間槍を配ったの誰だ」
「え、殿の指示ではなかったのですか」
「馬鹿二人が勝手に持ち出したのかもな。ああ、責任を問うつもりはないぞ。味方が使う分には何も問題はないからな」
「し、しかし! それでは示しが――…っ」
「やかましい。俺がいいって言ったら、いいんだよ。戦況はどうだ? 特に坂井大膳と大和守の所在を早く割り出せ。他の有象無象よりも、あの二人を捕まえないと意味がない」
「通達してまいります!」
すっかり伝令役が板についた橋介が駆けていく。
もう少し年齢を重ねたら、奴も小姓を卒業していくのだろう。厳密に年齢制限があるのかどうかは知らないが、小姓をやる者は若い方がいい。おっさんに背後を守られても嬉しくない。
若い姉ちゃんたちなら――…って、冗談である。
俺だって、女騎士に憧れた時期もあったさ。
だが未だに懐妊の兆しがない帰蝶が、また側室の話を持ち出そうとしている。ついでに家臣連中も、それとなく娘を勧めるような言い方をする。
俺は嫁一筋だって、何度言えば分かるんだ。
「河尻左馬丞、討ち取ったり!」
「織田三位が首、……武衛家が忠臣・由宇喜一が討ち取ったァ!!」
誇らしげな声が戦場に響く。
グロい名場面ではあるが、首を掲げて意志表示するのは大事なことだ。味方の士気を上げて、敵の士気を下げる。それから敵将首をとった時点で、掃討戦に変わっていくこともある。
結局、勝家の猛攻でも坂井・大和守を捕らえることはできなかった。
今回の一番手柄は勝家でなかったため、褒章で悩まなくていい。俺たちは勢いのまま、主不在の清州城を奪い取った。逃げたからといって、見逃すつもりは更々ない。
落ち着く間もなく、追撃隊を派遣した。
もう後がないと悟った大和守は、信光叔父貴を調略しようと企んだようだ。しかし叔父貴もさるもので、逆に罠にかけて捕縛も成功する。
翌年春、織田大和守信友は主君弑逆の罪で処罰した。
「坂井は駿河へ逃げ延びたそうでござる」
「生かすと思うか?」
「山口親子の例がありますからな」
聞くところによれば、坂井大膳は老獪な策略家のようだ。
必死に命乞いをするかもしれないが、俺には「死」の一択しかないように思えた。水野氏がギリギリまで持ちこたえたのは、知多半島という尾張攻略の足掛かりになる場所だからだ。裸一貫で転がり込んできた厄介者を、あの今川義元が歓迎するようにはどうしても思えなかった。
そして坂井の名は、この時を境に歴史から姿を消す。
さっさと尾張国の主を名乗りたかった俺だが、斯波氏の息子を殺すわけにもいかない。その理由がない。俺がバックアップする形で、斯波義銀を尾張守護職に据えた。
ややこしいことに、斯波氏に仕える織田家は二つあったのだ。
尾張下四郡を支配下に治める弾正忠家の本家となる織田大和守、そして尾張上四郡を支配下に治める織田伊勢守である。こっちの問題を先に片付けないと、尾張国を統一したことにならない。しかも信行派は一時的に抑えているだけで、いつ挙兵してもおかしくない。
もはや明らかな謀反になるのだが、彼らは理解しないだろう。
「殿? 何をニヤニヤと笑っておいでですか」
「また悪企みをなさっておられるのでしょう。いやはや、その智謀には頭が下がります」
「当代の伊勢守は、幼き頃に交流があったとか。案外、交渉次第では何とかなるやもしれませぬ」
「いかさま」
戦勝ムードで気が大きくなっているのだろう。
俺が書状を手にしているのに、和気あいあいと雑談が弾んでいる。
ちなみに何を読んでいるかといえば、信行からのお礼状だ。表向きは不仲のままなので、色々と回りくどい手段で届いた。勝家が役に立ってよかった、という素直な内容に顔が緩む。
普段は寡黙なくせに、戦になると叫びまくるのが面白い。
あれで皆の恐怖心が削がれるし、何よりも前線を維持する猛将の姿は敵味方に大きな影響を与える。今後も是非に参加してほしい武将になりそうだ。
ふと顔を上げれば、渋面の秀貞がいる。
奴も勝家のように堂々としていれば、また違ったかもしれない。余計な一言、二言が俺の神経を逆撫でするのだ。烏帽子親だとしても、身内でもないのに甘い顔はできない。俺の態度を見て、家臣たちも遠巻きにしている。
さぞ居心地悪かろう。
この微妙な関係もそろそろ幕を下ろす時だ。
ニヤリと笑ってみせれば、ジジイは気味悪そうに眉を寄せた。
清州城の焼き討ち(ボヤ騒ぎ)は吉法師時代の黒歴史。
ちなみに利家が柴田勝家のことを「叔父」と呼ぶようになったのは、オイタをして信長から蹴り出された(意訳)際に面倒を見てもらった経緯があったとか。
太田又助信定:のちに『信長公記』などの著者である太田牛一。
還俗して義統の家臣となるが、仇討ちのために信長軍へ同行を希望する。弓の使い手として柴田隊に加わった




