61. 知りたかった真実
やっとここまできた
末森城から那古野城へ戻る前に、津島へ寄り道をした。
俺自身が足を踏み入れるのはこれが初めてだ。距離的に遠いか近いかは問題にならない。この目で見ておくことが、一番重要なのだと思っている。
「また行こうな」
賑やかな町並みを思い出して、俺は上機嫌だ。
なにしろ愛妻の膝枕である。もう一度言おう、膝枕である。お触り厳禁なのが少々辛いところだが、帰蝶にも足が痺れてくる前には教えるように伝えている。痺れた足を触って遊ぶことも考えたが、その後が怖い。
嫁の癒しを奪われたら、ストレスで壊れるかもしれない。
第六天魔王の降臨はずっと先の予定なのだ。
そのまま未定で終わらせたいところだが、俺のブラックな部分が疼いて仕方ない。転生したら厨二病が再発した、というオチは勘弁してもらいたい。
「あなた」
「ん~」
「平手様のことなのだけれど」
一瞬呼吸と心臓が止まって、また動き出す。
少し前から帰蝶の様子がおかしかったが、兄妹仲の良さに嫉妬していたからではなかったようだ。利家に聞いても無駄だから源五郎に訊ねても、何故分からないのか分からないと言われてしまった。
三十郎は最近忙しそうなので九郎にも聞いたら、本人に聞けと言われた。
確かにその通りなので、こうして膝枕をお願いしている。脈絡が繋がっていないように思うかもしれないが、俺たちはこれでいいのだ。
当主代理を勝介に任せ、雑事は秀吉たちが頑張っている。
長秀が結果を持ち帰ってくるのは先になりそうだし、一益も不在のままだ。
「余計なことをして、ごめんなさい」
怯えて、震える声なんて初めて聞いた。
俺が反応しないことを怒っているのだと勘違いして、帰蝶が悲しそうに謝ってくる。
いつでも強気で、凛として気高く、冷静さを滅多に失わない彼女がか弱い女になっている。基本的な身体能力の差は歴然としていて、女は男よりも弱い生き物だ。
帰蝶は多くのことを学んで、様々な技を身に着けているが戦う術は持たない。
武装した男たちに攻め込まれたら、自刃して果てるだろう。どんなことがあっても生き延びてほしいと思うのは、俺の勝手な願いだ。穢されても、俺は帰蝶が生きていてくれるだけで嬉しい。美濃に帰ってしまっても、幸せを掴んでくれたら俺は満足だ。
それでも本心では、誰にも奪わせたくないと思っている。
傍にいてくれないなら、この手で殺して――。
「お濃」
「……はい」
「爺について、調べてくれたのか」
「だって、どう考えてもおかしいわ。あんなにあなたのことを思って、色々細かく心砕いてくれる人が、わざわざ不在の時を狙って自決するかしら」
「精神的ダメージはでかかったな」
「だから、分からない言葉で誤魔化さないで。わたくしは真剣に話しているの」
うっかり出てきただけなので、そう怒らないでほしい。
気を取り直して続けてくれるように促すと、帰蝶は軽く咳払いをした。
「あの、本当に勝手なことをしてごめんなさい」
「それはいいから、お濃」
「あなたにとって大切な人だからこそ、どうしても真実を知らなければならないと思ったの。一つの物事だけで判断するのは、とても危険だと分かったから」
「そうか」
「平手様は、殺されたのよ」
「知っている」
帰蝶は驚きに目を瞠っていた。
すぐに悲しみで曇っていったのは、やはり余計をしたと感じたからか。
俺は確証があるわけではない。沢彦の様子と、俺の知る平手政秀という男の情報をもとに判断しただけだ。爺は自決などしない。まして諫言のためなどと、そんなわけがない。
あまりにも情報操作がお粗末なのだ。
この話を信じているのは、反信長派の人間に限られる。
俺の味方をしてくれる皆は、何かしらの不自然さを感じている。帰蝶もその一人だった。裏付けになった情報を求めれば、彼女はおずおずと話してくれる。
「平手様は白装束ではなく、平服で庭に倒れていたそうよ。そして腹を割いたと思われる刀は部屋に転がっていた。血は畳から縁側、そして庭にまで続いていた」
「庭に何かあったか?」
「分からないわ。手には石が握られていて、どうしても外せないから……そのまま荼毘に」
手に石。
瀕死の政秀が庭に向かったのは、石を握るためか。ダイイングメッセージだとするなら、そこから何かが読み取れるはずだ。思考に沈む俺へ、帰蝶の声が届く。
「それから……これはお清――平手様のご息女よ――から聞いたのだけれど」
「うん」
「平手様、微笑んでいたそうなの。殺された可能性が大きいのに、どうしてか分からなくて記憶に残っていたと言っていたわ」
「微笑んで、いた? 爺が笑って……?」
石を握り、笑って逝った。
固い意志を握って――……、朗らかに笑う爺が脳裏に浮かんだ。いつでも俺のことを考えて、俺の為に尽力してくれた爺が最後に笑った理由が、理解できた。
『己の道を貫くこと。強く固い意志をもって生きること。それが武士の生き様ですぞ』
最後の最期まで、爺は俺を信じていてくれた。
子供の頃から繰り返し聞かされた言葉を、俺がちゃんと分かっているって信じてくれた。自分がもう死ぬって時に、俺のことばかり考えていた。あの爺は、本当にどうしようもなく。
「お濃」
「あなた? どうしたの」
「触っても、いいよな。抱きしめたいだけだ。それ以上は、何もしない」
「……仕方ないわね」
ため息交じりの快諾を得て、俺は腕を伸ばす。
「お濃、愛している。愛している……っ」
何度も繰り返しながら、柔らかな体をかき抱いた。
大事な時に傍にいてくれる人。
帰蝶の存在はそのまま、俺の精神安定剤だ。彼女を喪ったら、俺は今度こそ狂ってしまうだろう。何としても守らなければならない。どんなものからも、どんな相手からも絶対に守りたい。
俺が一人で楽隠居しても意味がない。
俺と帰蝶と子供と、孫のいる未来がほしい。
ちゃんと約束したのに、爺には見せてやれなかった。これが歴史の修正力だというのなら、俺は全力で抗ってみせる。何もかもを守るなんて言わない。
誰を殺しても、何を踏み台にしても、俺は俺の望む未来を手に入れる。
絶対にだ。
そして俺は、少しだけ泣いた




