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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
尾張統一編(天文20年~)
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61. 知りたかった真実

やっとここまできた

 末森城から那古野城へ戻る前に、津島へ寄り道をした。

 俺自身が足を踏み入れるのはこれが初めてだ。距離的に遠いか近いかは問題にならない。この目で見ておくことが、一番重要なのだと思っている。

「また行こうな」

 賑やかな町並みを思い出して、俺は上機嫌だ。

 なにしろ愛妻の膝枕である。もう一度言おう、膝枕である。お触り厳禁なのが少々辛いところだが、帰蝶にも足が痺れてくる前には教えるように伝えている。痺れた足を触って遊ぶことも考えたが、その後が怖い。

 嫁の癒しを奪われたら、ストレスで壊れるかもしれない。

 第六天魔王の降臨はずっと先の予定なのだ。

 そのまま未定で終わらせたいところだが、俺のブラックな部分が疼いて仕方ない。転生したら厨二病が再発した、というオチは勘弁してもらいたい。

「あなた」

「ん~」

「平手様のことなのだけれど」

 一瞬呼吸と心臓が止まって、また動き出す。

 少し前から帰蝶の様子がおかしかったが、兄妹仲の良さに嫉妬していたからではなかったようだ。利家に聞いても無駄だから源五郎に訊ねても、何故分からないのか分からないと言われてしまった。

 三十郎は最近忙しそうなので九郎にも聞いたら、本人に聞けと言われた。

 確かにその通りなので、こうして膝枕をお願いしている。脈絡が繋がっていないように思うかもしれないが、俺たちはこれでいいのだ。

 当主代理を勝介に任せ、雑事は秀吉たちが頑張っている。

 長秀が結果を持ち帰ってくるのは先になりそうだし、一益も不在のままだ。

「余計なことをして、ごめんなさい」

 怯えて、震える声なんて初めて聞いた。

 俺が反応しないことを怒っているのだと勘違いして、帰蝶が悲しそうに謝ってくる。

 いつでも強気で、凛として気高く、冷静さを滅多に失わない彼女がか弱い女になっている。基本的な身体能力の差は歴然としていて、女は男よりも弱い生き物だ。

 帰蝶は多くのことを学んで、様々な技を身に着けているが戦う術は持たない。

 武装した男たちに攻め込まれたら、自刃して果てるだろう。どんなことがあっても生き延びてほしいと思うのは、俺の勝手な願いだ。穢されても、俺は帰蝶が生きていてくれるだけで嬉しい。美濃に帰ってしまっても、幸せを掴んでくれたら俺は満足だ。

 それでも本心では、誰にも奪わせたくないと思っている。

 傍にいてくれないなら、この手で殺して――。

「お濃」

「……はい」

「爺について、調べてくれたのか」

「だって、どう考えてもおかしいわ。あんなにあなたのことを思って、色々細かく心砕いてくれる人が、わざわざ不在の時を狙って自決するかしら」

「精神的ダメージはでかかったな」

「だから、分からない言葉で誤魔化さないで。わたくしは真剣に話しているの」

 うっかり出てきただけなので、そう怒らないでほしい。

 気を取り直して続けてくれるように促すと、帰蝶は軽く咳払いをした。

「あの、本当に勝手なことをしてごめんなさい」

「それはいいから、お濃」

「あなたにとって大切な人だからこそ、どうしても真実を知らなければならないと思ったの。一つの物事だけで判断するのは、とても危険だと分かったから」

「そうか」

「平手様は、殺されたのよ」

「知っている」

 帰蝶は驚きに目を瞠っていた。

 すぐに悲しみで曇っていったのは、やはり余計をしたと感じたからか。

 俺は確証があるわけではない。沢彦の様子と、俺の知る平手政秀という男の情報をもとに判断しただけだ。爺は自決などしない。まして諫言のためなどと、そんなわけがない。

 あまりにも情報操作がお粗末なのだ。

 この話を信じているのは、反信長派の人間に限られる。

 俺の味方をしてくれる皆は、何かしらの不自然さを感じている。帰蝶もその一人だった。裏付けになった情報を求めれば、彼女はおずおずと話してくれる。

「平手様は白装束ではなく、平服で庭に倒れていたそうよ。そして腹を割いたと思われる刀は部屋に転がっていた。血は畳から縁側、そして庭にまで続いていた」

「庭に何かあったか?」

「分からないわ。手には石が握られていて、どうしても外せないから……そのまま荼毘に」

 手に石。

 瀕死の政秀が庭に向かったのは、石を握るためか。ダイイングメッセージだとするなら、そこから何かが読み取れるはずだ。思考に沈む俺へ、帰蝶の声が届く。

「それから……これはお清――平手様のご息女よ――から聞いたのだけれど」

「うん」

「平手様、微笑んでいたそうなの。殺された可能性が大きいのに、どうしてか分からなくて記憶に残っていたと言っていたわ」

「微笑んで、いた? 爺が笑って……?」

 石を握り、笑って逝った。

 固い意志を握って――……、朗らかに笑う爺が脳裏に浮かんだ。いつでも俺のことを考えて、俺の為に尽力してくれた爺が最後に笑った理由が、理解できた。


『己の道を貫くこと。強く固い意志をもって生きること。それが武士の生き様ですぞ』


 最後の最期まで、爺は(・・)俺を信じていてくれた。

 子供の頃から繰り返し聞かされた言葉を、俺がちゃんと分かっているって信じてくれた。自分がもう死ぬって時に、俺のことばかり考えていた。あの爺は、本当にどうしようもなく。

「お濃」

「あなた? どうしたの」

「触っても、いいよな。抱きしめたいだけだ。それ以上は、何もしない」

「……仕方ないわね」

 ため息交じりの快諾を得て、俺は腕を伸ばす。

「お濃、愛している。愛している……っ」

 何度も繰り返しながら、柔らかな体をかき抱いた。

 大事な時に傍にいてくれる人。

 帰蝶の存在はそのまま、俺の精神安定剤だ。彼女を喪ったら、俺は今度こそ狂ってしまうだろう。何としても守らなければならない。どんなものからも、どんな相手からも絶対に守りたい。

 俺が一人で楽隠居しても意味がない。

 俺と帰蝶と子供と、孫のいる未来がほしい。

 ちゃんと約束したのに、爺には見せてやれなかった。これが歴史の修正力だというのなら、俺は全力で抗ってみせる。何もかもを守るなんて言わない。

 誰を殺しても、何を踏み台にしても、俺は俺の望む未来を手に入れる。

 絶対にだ。


そして俺は、少しだけ泣いた


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