表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
尾張統一編(天文20年~)
66/284

54. 疑心暗鬼

 月に一回、定例評議会をひらくことにした。

 元舎弟たちは集会で慣れているが、少し離れた土地を統治する家臣は難色を示す。曰く、何もないのに出向くのは面倒(意訳)とのことだ。戦に出たり、本家に顔を出したり、はたまた幕府の要請で出仕することに比べればマシだろ(と言おうとしたら、勝介に睨まれた)。

 そもそも江戸時代にあった武家屋敷が、常識として定着していないのが問題だ。

 城に詰めることの多い政秀や貞勝は、那古野城下に屋敷がある。

 土地持ちの豪族たちは用がない限りは城に出向かないから、上下関係の絆が希薄になりやすいのだと見た。強いカリスマがあるなら別だが、馬で何時間もかかる場所よりも足元を重視したくなる。

 実際、真っ先に裏切った山口親子も土地持ち豪族だった。

「そういや、山口親子の件だが」

「何か変化がございましたか?」

「鳴海城主には岡部丹波守元信というやつに替わったぞ」

 ざわっと家臣たちに動揺が走る。

 岡部丹波守は今川家臣だ。義元の一文字をもらうくらいだから、それなりに重用されていると考えられた。なにせ、尾張攻略の重要拠点だ。その辺の豪族は使えない。

「で、では山口左馬之助らは――」

「周囲に守備用の砦を築いて、二つの城を奪い取るなどの功績を称えるとか言って、駿府へ二人を召喚したらしいな。のこのこ出向いていった先で……、コレだ」

 首の前で横一文字に切ってみせる。

 斬首はポピュラーな処刑方法だ。

 一益は自刃したと報告してきたが、ポーズでも腹をかっ切るのはしたくない。政秀が逝ってから、半年も経っていないのだ。それに俺は自刃することが武士の名誉を守るとは思えない。先に首を落とされるか、後から首を落とされるかの違いだろう。

「そ、その話はいつ?」

「コレ」

 評議中に眺めていた紙面をひらっと浮かす。

「さすがは殿でござる。よく見える目、よく聞こえる耳をお持ちですなあ」

 信盛がからからと笑えば、動揺も次第に収まっていく。

 そう、この程度で騒いでもらっては困るのだ。

 その証拠に元舎弟たちは、とっくに覚悟を決めた顔で俺を見つめていた。視線に込められた強い期待と信頼が重くないと言ったら、嘘になる。貞勝は眠っていないはずだが、目が開いていないように見える。

 完全に静まり返ったところで、勝介が言った。

「出陣でござるか」

「いや、まだだ」

「ならば清州を攻めましょう! 後方の憂いを絶てば、今川軍に全力で当たることができまする。亡き信秀様も、きっとそれを望んでおられましょう」

 ここで政秀の名が出たら、即刻仕置きしてやるんだがな。

 上手く逃げた家臣に、暗い笑みが浮かぶ。

 どうにも爺の死より、疑心暗鬼に陥りやすくなっていた。帰蝶と喧嘩をしたくないので、意図的に遠ざけている。異母弟たちは相変わらず那古野村で色々学んでいるようだ。戦が本格化するまでは、そのままにしておく。

「皆はまだ、評議会の意義を理解していないと見える」

「意義、とは……」

 頬杖をついて、俺は余裕めいた笑みを浮かべた。

 武家屋敷を作らせるのは、もう少し先だ。余剰資金を残しておくのは危険だが、家臣たちを締めつけても苦しむのは領民たちである。金がないから兵も出せないなどと、寝ぼけたことを真面目に言われても困る。

「定期的に顔を見せれば、互いの状況を把握できるだろう? 裏でコソコソしている暇もない。統治をサボっているなら、ロクに報告もできまい」

「……殿は、我らを疑っておいでか」

「疑われるようなことをしているのか?」

 やり取りを聞くだけに留めている信盛は苦い顔だ。

 在りし日のことを思い出しているのだろう。汚いやり口だと思うし、沢彦の思惑に踊らされているようで非常に面白くない。だからこそ俺は、ここで種をまく。

 行動を起こしたければ起こせばいい。

 俺が油断ならぬ相手だと思うなら、大人しくしていればいい。ただし、従順なだけの犬は一人だけで十分だ。俺の嫌いな連中が好む「扱いやすい駒」など必要ない。

「お怒りを鎮めてくだされ」

「……五郎左、俺は冷静だ」

「平手殿を喪い、今の殿は相当キレ(・・)ておいででござる!」

 呆気にとられる俺をチラ見して、貞勝がコホンと咳払いをした。

「丹羽殿、我らにも分かるような言葉のみ使用していただけますか」

「むっ、これは失礼。怒髪天を衝く勢いでござる」

「長秀の奴、わざわざ言い直したぜ……」

「それこそワザとやってんだろ、あれは」

 ぼそぼそと言葉を交わす犬松コンビ。

 お前らもワザとだろう、と文句を言いたくなる。誰よりも出陣したがっているのは俺だと分かっているのだ。ぶつけようのない怒りは、発散する場所を求めている。

 ずっと、ずっと耐えてきた。

 俺が何をした。俺がどんな大罪を犯したというんだ。

 幸せを、幸せのまま堪能しちゃダメなのか。中途半端にくるぐらいなら、一気に攻めてくればいい。それで負けても知ったことか。本当に殺してやりたい相手には手が出せない。この苦しさを誰が肩代わりしてくれるというのか。

 我慢しなければいいのか。

 それで平穏など、得られるわけがない。

「本日は、これにて終了とする」

 ついて来ようとする利家たちを制し、俺は夜まで部屋に引きこもった。




 数日後、水野信元という武将から書状が届いた。

「至急救援を請う、か」

 水野氏は知多半島に位置する豪族だ。

 親父殿の代から懇意にしていて、信元の妹・於大の方は竹千代の生母である。松平家と姻戚関係になった途端に今川家の介入を受け、妹は離縁された恨みがある。敵の敵は味方というわけで、西三河攻略では頻繁に連携していたようだ。

「一度も顔を見たことがない相手に、援軍を送るのもなあ」

 水野氏を見捨てれば、武士の恥と笑われる。

 鳴海城が今川家の所有になっている以上、水野氏のいる知多半島を奪われるのはよろしくない。というか尾張国が内紛状態になっているのを知っていて、救援依頼出したのかコレ。

 もしもそうなら、相当に意地が悪い。

 俺は「まあ、そのうちにね」と書いて送った。

 義元が山口親子を処罰したのは功績よりも、主を裏切るような家臣は不要だからだ。人材としての価値を見出せなかったか、有能な側近がいるから問題なかったのか。

 尾張攻略に尖兵として出す手もあっただろうに。

 もちろん、そこで再び今川家を裏切れば俺が受け入れる。

 家臣たちは騒ぐだろうが、今は少しでも戦力がほしい時なのだ。裏切る可能性があることを、知っているのと知らないのとでは大きな差がある。

 それから季節が変わり、再び水野信元から書状が届いた。

「……またかよ」

「緒川城攻略のため、村木岬に砦を作っているそうです」

 恒興はまだ出陣ないのか、と目で訴えている。

「砦なんて作らせとけ。周辺の城を落として包囲完了しているのに、新築の砦でダメ押し。慎重なんだかやり手なんだか、よく分からねえな義元って奴は」

「ですが、緒川城が落ちると大変なことになります」

「落ちない。少なくとも年内は生き残る」

「刈谷城は難攻不落の城と聞き及んでおりますが、緒川城を攻め落とされれば籠城しても長くはもちますまい」

「今川軍にも多大な被害が出る」

 俺の意を汲むのが上手い長秀は、ここにいない。

 評議会で、政秀の名を出したからだ。

 あいつも覚悟のうえで持ち出したのだろうし、俺も黙って聞き流すことはできなかった。側近の一人である長秀の謹慎で、俺の怒りは家臣おっさん連中に伝わったはずだ。

「示威行為なんだよ、おそらくな」

「え?」

「あくまでも義元の狙いは、上洛っていうことだろう。西三河、尾張なんか目もくれちゃいねえ。そんなことよりも、美濃国や近江国の動きが気になっているんじゃねえか? 特に南近江の六角氏は将軍家と懇意にしている」

「まさか! 幕府と敵対するとは限らないのでは……」

「ナントカ条出して、幕府との縁を切っている」

 幕府が打ち出した決まり事の中に、守護使不入地というものがある。

 簡単に言うと、守護大名が入れない土地のことだ。領地内に治外法権地があって、その区域だけ幕府の許しなく課税したり、検地を行ったりできない。幕府に特権を認められた御家人衆が、それぞれの土地を管理する。

 義元は幕府に世話してもらわなくても、自分たちで統治すると宣言したのだ。

 そして西へ進路をとり、領土拡大を進めていけば上洛が目的としか考えられない。後世でも「海道一の弓取り」と名高い義元は、上洛を目指していたといわれている。

 同じく上洛を夢見た武田信玄はこの頃、何しているんだったか。

「とにかく、だ。水野氏への降伏狙いなのは明らかだろ。俺が義元でも、なるべくなら兵力を温存しておきたいと考える。幕府に恭順の意を示すだけなら、堂々と尾張国を通過すればいい」

「た、確かに」

「幕府に従う者を攻撃したとあっては、攻められる理由を作るようなものでござる」

「つーか尾張国を攻めたら、確実に舅殿が――…」

「殿? いかがなされた」

 不自然に言葉が切れたので、怪訝そうに恒興が身を乗り出してくる。

 手頃な位置にあった額をべしりと叩いた。

「な、何をするんですかっ」

「近い」

「言葉で教えていただければ、すぐ下がりますよ。そのすぐに手が出る癖、誰に似たんだか」

 ぶつぶつと文句を垂れる乳兄弟つねおきは無視するとして。

「半介、美濃への使いを頼めるか」

「ご命令に背くつもりはござらぬが、あまり気が進みませんなあ」

「心配しなくても戦には間に合う」

 ニヤリと笑う。

 これもまた賭けだ。勝つ見込みはある。

 負ければ命がないのは今まで通り。帰蝶の安否を気にする必要もない。ただ、お市や異母弟たちは分からない。だから俺は負けられない。

 本家との戦用に準備していたモノを、今川軍で使うことになりそうだ。

 出し惜しみはしない。全力で戦って、勝つ。


水野下野守信元(忠次):緒川城主。信秀と義元から、それぞれ一文字ずつもらっているが信秀寄りの武将。息子の信長については噂で知っている程度で、援軍要請に応じてくれない「うつけ」に苛立ちを覚えている



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ