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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
尾張統一編(天文20年~)
65/284

53. お市と異母弟たち

※本作における妹枠はお市だけ

※実弟信行(信勝)以外の弟枠は、この話に登場する5人に絞ります

以上のことを踏まえてお読みください

 天文22年初夏。

 ようやく家中が落ち着きを見せてきたので、しばらくぶりに那古野村へ向かう。

 というのもお市が、異母弟の源五郎とどこかへ遊びに行きたいと言い出したからだ。異母弟とその母たちが那古野城に移ってきてから、もう一年以上が経った。城にこもっているのも我慢の限界だったのだろう。


 正室の子供であるお市は、信行に次ぐ人気があるらしい。

 お市は俺のいいところを一生懸命に説明し、子供にやさしい織田上総介信長イメージが生まれた。一族の大移動が起きたのは、そういう経緯がある。親戚はそれぞれ城主の地位を据え置き、信行は末森城主になった。

 そして現当主である俺がいる那古野城が、弾正忠家の主城である。

 そういう風に考えていけば、将来的に俺の身内で味方となる人間が一か所に集まったのはいい。弟が一気に増えて、覚えるのが大変だ。親父殿はどれだけ側室や妾を抱えていたのか。

 出費のことを考えると頭が痛い。

 参謀の件は内定しているとはいえ、経理担当はもう少し人材がほしいところだ。


「うわあ、草がいっぱい」

 お市の歓声で我に返る。

 いつの間にか、村に着いていたようだ。

 お市を先に降ろして、最近できたばかりの厩に馬を預けてもらう。源五郎は降りてすぐ、恒興へお礼を言っていた。俺の弟たちは礼儀正しくてよろしい。恒興は用事を言い付けてあるので、子供二人は俺と散歩だ。

 しばらく見ないうちに建物が増えたな。おっ、庄屋もあるぞ。

「お市、あれは草じゃなくて稲だ。秋になると収穫して、いくつかの過程を踏んでから米……ご飯になる」

「ふうん」

「兄上、失礼ですが……ちっとも美味しそうにはみえません」

「まだ穂がついていないから当然だな! 食べるのは葉の方じゃないから、安心しろ」

「はい」

「市は、ちゃんと知ってるもん」

 異母弟に年上ぶりたいお市が、自慢げに反り返っている。かわいい。

 すごいですと褒めている源五郎は将来、交渉上手になるだろう。兄馬鹿と笑われてもいい。ついこの間まで赤ちゃんだった気がするのに、彼らは大人の会話に対応してくる。

「あっ、兄上だ!」

「兄上ーっ」

「うえー」

「お、おおお!? なんだ、お前らっ」

 いつだったかも、似たようなことがあった。

 子供たちの勢いに動揺しつつも、真っ直ぐに慕ってくれるのは嬉しくてニヤける。

「分かりませんか? ぼくは三十郎です」

「九郎です。それから彦七郎、又十郎です」

「あいっ」

 彦七郎の時点で挙手があったから、背負っているのが又十郎。

 さすがに抱えきれなくて、又十郎の足を引きずっている。大丈夫か、あれ。

 おかしいな。村の子供たちに、こんな美形兄弟はいなかった。それとも幸のように、きちんと毎食食べるようになって本来の姿を取り戻したのだろうか。

 木綿の着物だけでなく、体のあちこちが泥だらけだ。

 田んぼで働いていたのだろう。俺を見つけて走ってきたのがいじらしい。

 いや、ちょっと待て。よくよく見ると三十郎以下、少年たちの顔に覚えがある。

 そうだ。お市の後に、城へ移ってきた側室や妾たちと一緒にいた子供だ。あの頃は面会ラッシュと税務処理に忙殺されすぎて、記憶があいまいになっている。挨拶して以来、一度も会っていないから存在を忘れかけていたわけではない。断じて違う。

「三郎兄上? どうかしましたか」

「……三十郎」

「はい!」

「なんでお前ら、村にいるんだ」

「勉強をしています。兄上が救った村をこの目で見て、将来の糧とするのです」

 どう考えても沢彦の受け売りである。

「又十郎を背負ってまでやることか?」

「それはそのっ、又十郎の母が臥せっているからなんです。この村の周辺にはいい薬草も生えていると聞きました。でも知識のない者が触ると危ないので、代わりに草むしりをしています」

「うん。……うん?」

 大事な部分が抜けている、気がした。

 首を傾げている俺の前で九郎が、つんつんと隣の袖を引っ張る。

「三十郎兄上。そろそろ戻らないと、お幸に怒られる」

「ちょっと待て。幸がどうしたって?」

「お幸さんが薬草探しに行くので、ぼくたちが草むしりです」

 やっぱり要領を得ない。

 九郎が面倒くさそうに肩を竦めた。

 背中で幼児がむずがっている。たぶん、話についていけない彦七郎が横からちょっかいを出しているからだろう。そしてお市と源五郎は、大人しく横で待っている。

 これ全部、俺の兄弟なんだぜ。信じられるか?

 異母兄とはそれなりにやっているが、一番年の近い弟と跡目争いで険悪化。この中でもっとも年上と思われる三十郎で、小学生の低学年くらいだ。その下はほぼ年が近い。親父殿頑張りすぎだろ。

 そこへ長い髪を揺らし、薬草籠を抱えた少女が現れた。

「あ、ノブナガ!」

「なんだ、幸か。見違えたぞ」

「ほれそう?」

「いや、それはない。そんなことよりも幸、薬草を探しに行ったんだってな」

「サボったわけじゃないよ……」

 ちらちらっと三十郎たちを見ながら、言い訳がましく呟いている。

 責任感の強い性格に育った彼女が持ち場を離れるくらいだ。弟たちの頼みを断れなかったのだろう。単に逆らえなかったのではなく、病気の母親を救いたかったのだと思いたい。

「その話を今聞いていたところなんだが」

「ああ」

 舎弟と同じくらい付き合いの長い幸は、すぐに得心がいったと頷いた。

 又十郎の母は岩室殿だが、最近具合がよくないという。

 もしかしなくても、家中の不穏な空気にあてられたのだろう。病気の具合がよくわからないので、とりあえず滋養のあるものを集めていたようだ。裁縫を一通り習得して、薬草知識もあるって、幸は将来何になるつもりなのか。

 改めて説明を受けながら、弟たちを見るともなしに眺めてみる。

 お市が何やら騒いでいるのを、源五郎が止めている形だ。お市の相手になっているのは三十郎か。正室の子VS側室の子の図式が出来上がっていた。

 源五郎も側室の子だが、まるでお市の従僕みたいになっている。

「ずるいとか言うなよ。ちゃんと許可をもらって、村に来ているんだからな」

「あら、ごまかすのがお上手ね! 市はだまされないんだから」

「姉上……、素直に羨ましいって言えばいいのに」

「源五郎はだまってて。今、市がしゃべっているのよ」

「お市」

「もうっ。だまってて、って言ってるで――…あっ、お兄様」

 さっきの剣幕はどこへやら。

 声をかけたのが俺だと分かった途端、しおしおと項垂れる。花がしぼんでいくのを見ているようで心は痛むが、生母が違うからといって差別をしたくない。

 甘いと言われてもいい。

 前世で孤独な思いをしてきた反動かもしれない。それでも村の子供たちと馴染んで、村の為に頑張れる三十郎たちを「どうでもいい」なんて思えなかった。

 軽く拳を握って、小さな頭へコツンとやる。

「いたっ」

「うっ」

「喧嘩両成敗だ。意味は分かるか、九郎?」

「え!? えーっと、……えーっと」

「けんかをせいばいすることです」

「源五郎、そのまますぎるだろ。両も抜けているので減点1」

「市、悪くないもん」

 涙目で訴えてくるお市は殺人的に可愛い。

 この中で血縁者が彼女だけなら、絆されたかもしれない。綺麗事を言っていても村人と身内の差別は、俺の中で生まれてしまっている。だが頼もしい舎弟たちは、俺が間違ったら訂正する気概を持っていた。

 身分の高い人間は、気に入らないというだけで身分の低い人間を殺す。

 それが常識として罷り通っている時代だ。

 土田御前の子として生まれ、末森城で育ったお市は特別階級の考え方が植え付けられている。あの乳母は理解のある人間だと思っていたが、それとこれとは違うのかもしれない。

「九郎」

「は、はいっ」

「又十郎寄越せ。いい加減辛いだろ。代わりに背負う」

「そんなことはさせられ」

「うーん、重いな」

 誰かの反論はまるっと無視して、九郎の背から又十郎をはがす。

 だらんと手足から力が抜けているので、抵抗なく抱えることができた。眠っている体は重くなるという説を聞いたことがある。自分に子供ができたら、こんな風に抱いてみたいと思う。

 眼下の大合唱は聞こえないったら、聞こえない。

「賑やかですなあ」

「ちょうどいいところに来た。五郎左、登り棒になれ」

「は?」

「いやよ。市は、お兄様がいいの」

「じゃ、じゃあ……ぼく」

「九郎っ」

 おずおずと手を上げかけた弟を、三十郎が叱責する。

 何故か彦七郎まで首を竦めているが、こいつはぼーっとした性格なのか。これだけ喧しく騒いでいるのに、一言も喋っていない。全く起きる気配のない又十郎もそうだが、大物になりそうな予感がする。

「さて、それがしは商人たちと話の続きを」

「おいこら、五郎左! わざとらしく逃げようとするんじゃねえっ」

「家中の者をまとめるのも、当主の仕事ですぞ」

「尤もらしいこと言っているが、俺は騙されんからな! 九郎、彦七郎、源五郎やれ!!」

「はい、兄上っ」

「あーい」

「ぬおおっ」

「しつれいします。あの、ごめんなさい」

「……うらやましくなんか、ないんだから」

 源五郎の裏切り者、と呟くお市は若干悔しそうだ。

 わいわいと騒ぐ弟たちの姿に、三十郎はもう叱れなくなっている。困った顔で俺や長秀を見ては、どうにも落ち着かない様子だ。お市同様、今までの教育が原因なのは分かった。

 ちなみに全員で城へ帰ったら、帰蝶に「隠し子」疑惑を再燃された。

 顔が似ているために、そう見えたらしい。

 完全にへそを曲げてしまったお市は、一言もフォローしてくれなかった。


知らないうちに、那古野村が林間学校兼託児所になっていた



以下、異母弟たち(Wikipedia参照)

三十郎:織田 信包のぶかね。天文12年(1543年)7月17日生。生母は土田御前なので、実際には同母弟。すでに基本的な教育を始めており、年齢の割に落ち着いた性格。信長を兄と慕っているようだが……?


九郎:織田 信治のぶはる。天文14年(1545年)生まれ。

素直で聞き分けのいい性格だが、好奇心旺盛なところが三十郎の悩みの種。悩み多き二つ上の兄の補佐的存在(になるかもしれない)


彦七郎:織田 信興のぶおき。天文14年と仮定

あまり喋らないために無口無表情だと思われがちだが、単純に面倒くさがり屋なだけで、命令されたことにはちゃんと従う


源五郎:織田 長益ながます。天文16年生まれ

後の茶人・織田有楽斎であるが、正室の子であるお市に見つかったのが運の尽き。すっかり従僕として連れ回されるのが定番となりつつある


又十郎:織田 長利ながとし。天文16年と仮定

本作では三年寝太郎にして織田兄弟の末っ子。彦七郎を上回るマイペースさで三十郎の頭痛と胃痛を増やすことになるのだが、今はまだ至福(雌伏)の時

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