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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
雌伏編(天文13年~)
32/284

25. 退かぬ佐久間

 年が明けて、俺は数えで16歳になった。

「去年は色々あったなあ」

 縁談の話を聞いてから、イベント目白押しだった気がするぞ。

 信盛に竹千代という舎弟が増えて、使える手駒も増えた。痛い目にも遭ったし、楽しいことばかりじゃなかったが、それなりに充実した日々を送っている。

 今年は嫁の来る年だ。そして俺の進退が決まる年でもある。

「ああ、春が待ち遠しい」

 前世を通じて、こんなにも春を待ちわびたことがあるだろうか。

 いつまで経っても慣れそうにない、冬の寒さに耐えかねているのもある。それよりも、肝心の田畑へ手を加えられないもどかしさはどうしようもない。

 拗ねた猿を放って、木下家に足を運んでみた。

 彼らは先祖の代から田畑を守ってきた農民の一族だ。

 コメの作り方、苗の育て方は教えてもらえたものの、肝心の死にかけた田畑を復活させる方法は分からないということだった。開墾したのは随分昔のことで、水路も然り。

 干ばつの時には柄杓で水を撒くという。

 眩暈がした。

 想像以上に時代が遅れている。いや、前世から見て五百年くらい昔なのだ。よくある転生モノなら、ここで世界を変えてしまうかもしれない技術を使うかどうかで悩むのだろう。

 俺の場合、悩む以前の問題だ。何も知らないのだから仕方ない。

「仕方ないとも言っていられないか」

 ため息を吐きつつ、城へ戻る。

 竹千代が風邪をひいて寝込んでいるので、様子を見に行かなければならない。

 できるだけ村にいて皆の助けになることをしたいのだが、今は信盛が常駐している。完全に住み込みで働いているのだ。具足や農具の手入れから、日用品に至るまで幅広く携わっている。鍛冶師のところで頭を下げて、秘伝の技を盗もうと頑張っているらしい。

 もう武士じゃないよな、それ。

 信盛は深く反省している。

 俺たちは全てを話してくれた彼を許し、改めて仲間として受け入れた。現状、家督を継いでいるのは信盛だけだ。家長でなければ動かせないこともある。

「ほほ。信盛殿も、お若い」

「笑い事じゃないぞ、爺」

 変わらぬ姿にホッとする。

 顔を見なかったのは二月ほどだが、最後に話したのは美濃の蝮のところへ会いに行く前だ。

 帰ってきた途端に親父殿の大喝である。傅役として自責の念に潰れていやしないかと不安になりながらも、目の前で死にかけている人々を見捨てられなかった。

 聞けば、ずっと那古野城に詰めていたらしい。

 廃嫡のことに関しては、責める言葉すらなかった。

 むしろ村の様子を詳しく聞きたがり、俺は二か月の間に起きたことを話した。できるだけ分かりやすく、爺が心配しすぎないように気遣ったつもりだが、ぼかした部分はあっさり見抜かれる。結局、ほとんど隠さずに白状する羽目になった。

 そして信盛についての相談である。

「毒殺未遂に関しては、わしも聞き及んでおりまする」

「うん」

「どうやら亡くなった娘は、信盛殿に仕える与力の想い人だったそうで…………身分違いの恋ゆえに障害も多かったとか」

「マジでか」

「さあ、わしも又聞きですからのう」

 身分違いの恋、なにそれ燃える。

 なんて言ったら不謹慎だと怒られるな。平手の爺の話が本当なら、俺は余計なことをしてしまったことになる。変な噂が立つよりはと思ってやったことだが、恋人が跡目争いに巻き込まれたと知って酷く悲しんだだろう。信盛がその立場を利用して、俺に近づくほどに。

 ドクゼリで死んだ娘は、俺に恋慕していたことになっている。

 あくまでも噂だ。信憑性はない。

 何故か、俺は市井に下りては女漁りをしているドラ息子にされていた。庶民派の若君としても人気があって、遊び人の魅力に惚れている女も少なくないそうだ。おいおい、そんなの初めて聞いたぞ。

 かの娘はその一人、というわけである。

 とんでもない誤解である。

 縁談について話す親父殿が妙なことを言っていたのも、この噂を信じていたためだろう。信憑性はともかく、赤ん坊を抱いて「信長様の御子です」なんて言い出す女が出てきたら大変だ。

 いかん、頭痛がしてきた。

「分かった。半介も馬鹿じゃない。すぐに噂が真っ赤な嘘で、誤解していたことに気づいたんだな。野盗の件は、俺に黙って片付けようと一族を動かしたせいか」

「この時期になりますと、食べる物に窮する者が増えますゆえ仕方なきことかと」

「仕方ねえで全部済ませていたら、何も変わらねえだろ」

「若様、言葉が乱れておりますぞ」

 言葉の乱れは心の乱れである。

 平手の爺の口癖だ。

 むすりと黙り込む俺を、可愛い孫でも眺めるみたいに爺が微笑んでいる。少し前まで思いつめたような表情が多かったから、こんな風に穏やかに話せるのはありがたかった。

「あー、疑っているふりなんかしなきゃよかった」

「まことに」

「いや、そこは『そのようなことはございませんぞ、若様』って慰めるトコだろっ」

「失礼ながら、若様は思い込みが激しゅうございます。時には、すっぱり肯定するのも必要かと存じます」

「すっぱり斬られる俺の身にもなってくれよ」

 ほほほ、と笑う爺。

 舎弟たちの誰にも明かしていない決意を知る爺は、一番の味方だといえる。実働部隊では長秀が最も優秀だが、そのうちに一益も肩を並べるようになるだろう。恒興も変わりつつある。成政と利家は肉体労働派だとはいえ、家督を継いだ後は苦労しそうだ。

 そして猿、あれはしばらく放っておこう。

「若様」

「ん~」

「信盛殿に関しては、様子見がよろしいでしょう」

「何もするなってことか」

「武士には武士の気概がございます。若様は少し、いえ……なかなかに、ではなく非常に変わっておいでですので、下々の者の心を理解するのも簡単ではありますまい」

「あ、うん」

 もうやめてあげて、ノブナガのHPはレッドゾーンよ。

 なんだろう。やっぱり平手の爺、めちゃくちゃ怒ってるんじゃないか。因縁ある相手に和睦をとりつけて、縁談まで用意したのに何アホさらしてんねんって文句タラタラ言いたいのを我慢してるようにしか思えない。

「野盗は、退治できたもんな」

「佐久間一族には報奨を与えるのがよいでしょう」

「……当主は半介だな」

「そうですな」

「功績には報いてやるのが、良い主の心得だよな」

「然様にございます」

「うん」

 疑惑を持っていることを示すのに、あの場を使う必要はなかった。

 信盛は非を認めて謝罪までした上で、誠実さを態度で表そうとしている。今までの言動がどこまで本気だったか分からないが、あの飄々とした態度が消えてしまうのはなんとなく嫌だ。

 だから俺も謝ろうと思う。

 恒興あたりは、上に立つものが頭を下げるなどと怒るかもしれない。

 悪いことをしたら謝る。基本中の基本だ。

 身分の上下なんて関係ない。俺はもっと周りを見て、より多くの情報から判断しなければならない。ずっと遠くを睨むんじゃなく、目の前にいる仲間と共に歩んでいこう。

「それでこそ、わしがお育てした若様にございます」

「何も言ってねえし」

「言葉が乱れておりますぞ」

「何も言っておらぬ! 爺は、ときどき意地悪だっ」

「して…………若様、女装は楽しゅうございましたか」

「ぶほっ」

 思いっきり吹き出す。

 忘れていた茶を含んだタイミングを狙っていたな、絶対。その証拠に無作法を叱るでもなく、にこにこと笑っている。俺は相当に恨めしげな顔をしているだろう。

「爺」

「はい」

「長生きしろよ」

「……若様」

「そうだなあ。百歳とは言わないから、一歩譲って90歳目指そう! そうしたら、俺の孫の面倒も見られるだろ。その前に息子か。爺が整えてくれた縁談をちゃんと成立させて、美人の嫁さんもらってさ。おい、爺。泣くなよ。なんでこう、俺の周りは感動屋が多いんだ」

 丸めた背が震えていた。

 顔は見えないし、押し殺した声は茶を啜る音で聞こえない。

 そう、俺は何も聞かなかった。そういうことにした。


爺は何でも知っている

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