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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
雌伏編(天文13年~)
31/284

24. 蒼天に竹トンボ

竹と蜻蛉を掛けてみたけど、この時代に竹トンボがあったかどうかは知りません

 しょりしょり、と竹を削る。

「ん~」

 目の高さで具合を見てから、また削る。

 不器用さに定評のある俺だが、小刀の扱いはそれなりだという自負があった。何かを作るのは大好きだ。長秀が器用すぎるので、色んなことを任せているだけだ。利家と成政が大雑把なだけともいうが。

 いくらか削って、また具合を見る。

「んむ」

 いい形だ。

 互い違いに削って傾きをつけた竹に、細い棒状の竹をぶっ刺す。めきょっと不穏な音を立てたが、幸いにしてヒビは入っていない。

 両手で挟んで、くるくる回す。

「……よし」

「できたのですか?」

 上半身を乗り出すようにして目を輝かせているのは、身なりのいい子供だ。

 一括りにした髪が、尻尾のようにピョコピョコ動いている。俺の隣で行儀よく座っている姿は、元服前の利家を思い出させた。やたら期待に満ちた目で見つめてくるところがよく似ている。

「遊んでみるか、竹坊」

「え! で、でも」

「隠しても無駄だぞ。顔に書いてある」

「そんなっ」

 慌てて顔をぺたぺた触っているが、そんなの比喩に決まっている。

 口煩くない恒興、あるいは素直で賢い成政か。村の子供たちとは馴染めないらしく、いつでも俺の後ろを追いかける。懐かれているのだろうか、これは。

 竹坊と呼んだ子供は、竹細工をじっくりと観察していた。

「竹トンボだ」

「たけとんぼ……」

「竹千代の竹と同じだな」

「はい、同じですね」

 目は竹トンボに釘付けのまま、律儀に相槌を打つ。

 この子供こそが松平竹千代、将来の徳川家康だったりする。古狸と呼ばれ、二百年以上も続いた徳川幕府の開祖も、今は何も知らない小さな子供だ。

 いつか会うだろうと思っていたが、特別なことは何もなかった。

 妹のところへ向かう途中で、置物みたいに放置されている子供を発見したのがきっかけだ。てっきり異母弟の誰かだと思っていたので、一緒に遊んでいたら親父殿に怒られた。

 竹千代君が消えた、と騒ぎになっていたらしい。

 言っておくが、俺は悪くないぞ?

 今川家に行くはずの人質を誘拐して、尾張国へ持ち込んだ奴が悪い。ちょうど親父殿が西三河の覇権をめぐって今川家と喧嘩中だった。そして竹千代の父親は、今川義元に服従の意を示していた。織田家にとっても人質の価値があるので、丁重にお預かりしているというわけだ。

 意味が分からないってか。俺もよく分かっていない。

 竹千代は本来、今川家の本拠地である駿府城にいるはずだろ。このあたりの詳しい事情は知らないので、歴史が変わったのかどうかも判別できない。

 こっぴどく怒られたわりに、竹千代のお世話を命じられた。

 親父殿の考えていることは相変わらず分からん。

「竹坊」

「はい、三郎様」

「ちょっと貸せ。遊び方を教えてやる」

「……どうぞ」

 ちょっと間があったな。

 素直に竹トンボを渡したものの、未練たらたらである。竹を削ってぶっ刺しただけの玩具だが、娯楽らしい娯楽のない時代には物珍しく映るのだろう。

「しっかり見てろ。お前も飛ばせたら、くれてやるよ」

「ほんとうですか!」

 幼い狸はとても素直だ。

 俺は笑って、竹トンボを飛ばした。思いっきり空高く飛ばす予定が、手元が狂ってしまった。あっという間に、ぼとりと落ちる。二度ほどチャレンジしたが、やっぱり落ちる。

「くそ、削り方が悪かったのか……っ」

「三郎様、がんばってください! おうえんしています」

「お、おう」

 ここでリベンジ成功すれば、格好良かったのかもしれない。

「若様」

「万か、どうした?」

「溜め池の件なのですが、如何しましょう」

「えっ」

「えっ」

 なにそれ溜め池ってナニ、知らない。

 一瞬頭が真っ白になりかけたが、そこは俺。相応しいところに相応しい規模のものを用意するように指定した。賢い長秀は、このアバウトすぎる指示でも分かってくれる。

 持つべきものは理解ある舎弟だ。

「そうだ、長秀。これを飛ばしてみろ」

「おお、竹トンボですな。懐かしい」

 はたして長秀はちょちょいと削って、ぱっと一発で高く飛ばしてみせた。

「わああ!」

 目が落ちそうなくらい見開いて、竹千代が歓声をあげている。

 両手を伸ばしても届かないだろうに、そのまま走っていって落ちたばかりの竹トンボを拾い上げた。振り返った顔は、眩しいくらい輝いている。

「三郎様。万様、また飛ばしてください!」

「今度は自分でやってみろよ」

 ちゃんと飛ばすにはコツが必要だとはいえ、飛ばすだけなら簡単だ。

 しかし竹千代は「いいえ」と首を振る。

「もう一度見てみたいのです」

「では、ようく見ていてくだされ」

「はい! わああ……っ」

 犬だ。犬がいる。

 また走っていって、竹トンボを拾っていた。戻ってきては飛ばしてもらい、たったか走る。これはもう、フリスビーで遊んでもらう犬だ。もう一回を何度も言って、自分で飛ばす気がない。

「竹坊」

「はい、三郎様」

「没収するぞ」

「えっ」

「忘れたのか? 自分で飛ばせる奴にやると言ったんだ。そういうわけだから、この竹トンボは万にやるしかないなあ」

 竹千代はみるみる顔色をなくして、しょんぼりと肩を落とす。

「若様、意地の悪いことを申されますな」

「なんだよ、俺が悪いのか?」

「いえっ、三郎様は何も悪くありません。ぼくが、……ぼくはその、自信がなくて」

 史実に伝わる家康は、とても慎重な性格だった。

 三つ子の魂百までともいうし、親元を離れて人質生活を強いられているのもある。乳児の頃から伝説を作っちゃう信長が異常なのだ。

「万」

「はっ」

 顎クイ一つで理解した長秀は、竹トンボを持つ竹千代に近づく。

 奪われると思って、反射的に隠そうとするからには気に入ってくれたのだと思う。もともと竹トンボは、竹千代にプレゼントするつもりで作った。俺はそんな玩具で遊びたい年頃は、とっくに過ぎている。

 なんとなく懐かしくて作ってみただけだ。

 前世の子供時代に、一度だけ遊んだことがある。また子供をやり直しているせいか、子供の頃の思い出がたまに蘇ってくるのだ。

「そう、上手です。なかなか覚えが早いですな」

「とんだ! 本当にとんだ!! 三郎様、とびましたっ」

 喜色満面の竹千代が、こちらへ手を振りながら騒いでいる。

 まるで俺が空を飛んだみたいに言わないでくれ。実際に一度飛んでいるし、直後の姫抱っこも含めて黒歴史として封印したい。痛いだけで、爽快感なんか一つもなかった。

「これ、もらっていいんですよねっ」

「俺に二言はない。だが、壊すなよ」

「はい、大事にします!」

 泥のついた竹トンボを丁寧に払いながら、赤い頬で答える。

 この日、小さな舎弟が一人増えた。


松平竹千代:人質として駿府へ護送される途中、家臣の裏切りにより尾張国で幼少期を過ごすことになる。


※主人公が竹千代と呼んだり、竹坊と呼んだりするのはワザとです

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