【挿話】 奇妙丸、収穫祭に参加する
なんか色々混ざっています
永禄12年11月23日、岐阜城下は大勢の人で賑わっていた。
この日は神道でいうところの新嘗祭である。朝廷においては天皇が出てくる重要な催事だという。公家はこれに出席しなければならないので、織田家主催の祭りには不参加だ。
父・信長は、公家に対してあまり良い感情を持っていない。
わざと参加できないような日を選んだのだろう。
「私の知ってる城下町と違う」
「なんというか、すごいですね……」
「うん」
大通りを埋め尽くす人、人、人。
織田領に住む民がみんな集まってきたのではないかと思うくらい、大勢の人間がぎっしり詰まっている。彼らの目的は通りに沿って並んでいる露店だ。店舗の前に棚を広げている売り子もいれば、どこぞから出張ってきたらしい商人もいる。
売られている品も食べ物や小物類、日用品まで様々だ。
「変ですね。銭で買い物しているのに、秤を使わないなんて」
顔をしかめて甚九郎が言えば、傍を歩いていた子供がきょとんとした。
「枚数を数えるんだぜ。知らねーのか、若様の子分なのに?」
「子分じゃありません。家臣として、お仕えしているんです」
「よくわかんねーけど、同じだろ。なあ、夜叉若」
「いや、おれは分かる」
「はあ?!」
「市松は馬鹿なので、分からないんです。すみません」
「なんで勝手に謝ってんだよ。おれ、何もやってねーだろっ」
「若様とその御供にご迷惑をかけた時点で、十分悪い」
「そ、そっか。スイマセンデシタ」
根は素直らしい子供たちに、つい笑みが浮かぶ。
彼らとは露店を見て回っている時にぶつかって以来、一緒に見て回っているところだ。岐阜城下を庭も同然と豪語するも、これだけ盛況なのは初めてらしい。
夜叉若は、鍛冶師・加藤清忠の息子。
市松は、福島正信の息子。
どちらも母方の縁者が木下一族だったので、秀吉についていって岐阜城下の木下屋敷にて生活している。おねねは他にも多くの子供の世話をしていて、毎日とても忙しいそうだ。そこで信長が託児所というものを作り、夫を亡くした子持ちの女たちが働いている。
「そんで、五つになったら織田塾に入るんだ」
「学べるのは一年だけだよね」
「えー、若様なのに知らねーのか? 武士になりたい奴はでい組で、もっと勉強できるんだぜ。こっちの夜叉若はしー組。机にかじりついて、じーっとしているとか頭がおかしい」
「勉強しているんだ! 市松こそ、秀吉様に小姓として迎えていただいたのに『馬廻衆がいい』とか生意気言って笑われていたくせに」
「なんだよ、何がおかしいんだよ。叔父貴の馬を引く役目なんか、他の奴に任せられっか。おれは馬とも仲がいいんだぞ」
「餌箱の間違いじゃないのか?」
「ちっげーよ!」
「はいはい、喧嘩しない。仲良しなのはよーく分かったから」
「仲良くないですっ」
「ぜんっぜん!」
声を揃えて反論する子供たちがとっても微笑ましい。
茶筅丸たちが懐かしく思えてしまうが、彼らも今日ばかりはここに来ているのだろうか。奇妙丸がいない間に、それぞれ養子に出されてしまった。正確には伊勢国にある家へ婿入りしたのだ。松姫と事実上の破談になった奇妙丸は、完全に出遅れている。お五徳も嫁に行き、残っているのはお冬と生まれたばかりの於次丸だけ。
勝三と平八、それから半兵衛と利治は城で留守番だ。
謹慎中ではあるが、信長が畿内統一後に初めて催す大きな祭りに参加しなさいと信純が勧めてくれた。嫡男という身分は隠し、バレた時点で帰還という約束つきだ。
この子供たちに早速バレてしまったが、甚九郎は見ないふりをしている。
「露店はいくつあるんだろう」
「数えてみますか?」
「おれはこっちから数えるから、夜叉若はあっちな!」
「ダメだ。どうせ市松は途中で食べ物につられて、いくつまで数えたか忘れる。賭けてもいい」
「忘れねーし」
「いや、忘れる」
「わ、す、れ、ね、え」
また喧嘩が始まりそうだ。
「おなかがすいたな」
「おれも!!」
「ほら見ろ」
「口煩い夜叉若は放って、あっちの露店行こうぜ! なんか美味そうなニオイがする」
「え、あ、わっ」
「若様!」
小さな体躯に合わぬ力強さで引っ張られていく。
甚九郎と夜叉若が慌ててついてきて、列に割り込みそうな市松を止めてくれた。どうやら勘と鼻の良さは折り紙付きで、その露店は行列ができるほどの人気店らしい。白い煙と共に、空腹を刺激する匂いが漂っている。
「……若様、気のせいでしょうか」
「うん、何が?」
「鰻を焼いている店主に、見覚えがあります」
「他人の空似だよ、甚九郎」
「そうですね。そういうことにします」
その店主は藍染の手拭いを額に巻いている。
首にも一枚引っかけて、垂れてくる汗を拭っていた。じゅうじゅうと焼ける鰻……いや、あれは本当に鰻だろうか。似ているが、少し違う気もする。
「念のため、列には並ばないでおこうか」
「そうしましょう」
市松と夜叉若に銭を渡し、反対側の露店へ向かう。
「…………若様」
「あー、うん。大丈夫、他人の空似ってよくあるらしいから」
「そうだといいですね」
バレたら帰還。
信純はあれで嘘や誤魔化しが通用しない相手だ。鰻もどきの露店を中心に、織田家重臣のそっくりさんが揃っているのは偶然に違いない。それでも念には念を入れて、美味しそうな匂いから離脱を試みる。
「そこのあんちゃん」
「……っ」
「寄ってかねえか? 織田の殿様が考案した『お好み焼き』ってんだ。んまいぞぉ」
「ち、父上」
「なんじゃ、あんちゃん。わしの顔に何かついとるか」
にいっと笑う露店の主に、甚九郎が慌てて首を振った。
「い、いえっ」
「それじゃあ、お好み焼き一つください」
「はいよ! 焼きたてをやるから、待っててくんなっ」
にかっと笑う顔がやたら眩しい。
慣れた手つきで道具を使い、どろっとした何かを鉄板にぶちまけた。本当に食べ物なのか疑いたくなるものの、すぐに漂って来る美味しそうな匂いに涎が溜まる。白い液体は小麦を溶かしたものだろう。野菜を刻んだものを混ぜて、ひとまとめに焼くのが『お好み焼き』らしい。
大きなそれをひっくり返すと、周囲から歓声が上がった。
焼き上がったものに青い粉、削り節、どろりとしたタレが乗る。
気が付けば、食い入るように見つめている自分がいた。甚九郎も何度か喉を鳴らしている。城を出てから、干飯と干し肉に兵糧丸だけで過ごした。あんなにひもじい思いをして路銀を節約したのは、まさに今この時のためだったと思える。
「はいよ! 皿はおまけだ。割り箸の使い方は分かるかい?」
「ありがとうございます。はい、大丈夫です」
「そいつぁ助かる。説明する手間が省けた。あっついから気を付けるんだぜ。つるんと滑って、美濃焼の皿ごと落としたら目も当てられねえ」
「分かりました」
銭を払って、箸と皿を受け取る。
こんなに安くていいのかと思うくらいの値段だったが、お祭りだから特別なのだろう。奇妙丸と甚九郎が離れた途端、その露店に客が殺到していた。あれは確かに空腹には危険だ。
子供たちはどこかと見渡せば、市松が呼びに来た。
少し離れた場所に、落ち着いて食べられる場所があるらしい。食べ物に囲まれてそわそわしていた夜叉若が、奇妙丸たちの姿にぱっと立ち上がる。
「市松、遅い!」
「なんでおれだけ!?」
「ああ、若様はお好み焼きを買ってきたんですね。握り飯もたくさんありますよ。色々な具があるそうなので、楽しみです」
「おれ、肉入りがいい」
「若様が選んでからだ。それくらい待てないのか」
「にく……」
そんな一幕もあったが、皆で食べる飯は美味かった。
割り箸をパキッと割る音から始まる。
「んま! んまい、んまんまっ」
「食べるか喋るかどっちかにしろ!」
お好み焼きは、かなり前に一度食べたきりだ。
あの時と同じ味ではなかったものの、屋台で提供しているのは父の案だろう。市松と夜叉若は割り箸を知っていたらしく、お好み焼きは皆で分け合うどころか奪い合いになった。焼きたてのあつあつなのに。
握り飯も本当に色々な種類があった。
味噌をつけて焼いたり、菜を混ぜ込んであったり、大きな切り身が入っていたりする。梅がすっぱいと騒ぐ市松に笑ったり、取られまいと慌てて頬張った夜叉若が喉を詰まらせたり、食事中はちっとも落ち着きがない。
「若様」
「どうした、甚九郎」
「あの……」
言い淀む青年に首を傾げ、その後ろの陰に気付いた。
「坊たちは、よい場所を見つけたのう。ここならば、誰に邪魔されることもなく美味い飯がたんと食える。……なんじゃ、食った後か。一つくらい残しておいてもよかろうに」
「あ、あなたは!?」
「ふんっ。坊主の爺ちゃんに坊って言われたくねーし」
「い、市松!」
「おやおや。言われてしまいましたねえ、ご隠居様」
「むむう」
甲斐の虎、武田信玄その人だ。
従者の一人に笑われて、反論できずに口を曲げる。市松たちのように面識がなかったら、謎の爺が現れたと面白がったに違いない。露店の主といい、信玄といい、この祭りは可笑しなことが多すぎる。
「坊や、喉が渇いたであろう。この爺が茶を馳走してやるぞ」
「あ、ありがとうございます」
「なんで徳利」
「毒など入っておらぬから安心せい。冷やした茶を入れるのにちょうどいい入れ物が、これしかなかったのよ。仕方あるまいな。……姫や、そこの坊に酌をしてやれ」
「はい、父上」
「ま……!?」
ご丁寧にも人数分の湯呑も揃っている。
人気のない場所を選んだのに、とんでもない人物と会ってしまった。旅装束のままだったが、楚々とした美少女に少年たちもぽーっとしている。
「若様。諦めましょう」
「甚九郎」
ぽんっと肩に手を置かれ、泣きそうな心地になる。
驚きすぎて何が何だか分からなくなってきた。向こうが知らぬふりをしてくれるのが、せめてもの幸いだ。特に信玄などは、岐阜城下にいるというだけで大騒ぎになる。
互いに初対面で通さねばならない。
「ど、どうぞ」
「あ、ああ」
ぎこちない手つきで茶を注がれて、一気に干す。
味なんて分かるはずもない。
「いいなあ、若様。おれも酌してもらいてー」
「この間はおねね様に、頭から注いでもらっただろ」
「ふつーがいいんだよ、おれは!! って、あれ? 坊主の爺ちゃんたちはどこいったんだ。さっきまでそこに――」
「国へお帰りになりました」
「爺で坊主のくせに、せっかちだなー」
呑気な市松がちょっと羨ましくなった。
徳利と湯呑、そして申し訳なさそうに微笑む彼女の姿が、夢や幻なんかじゃないと教えてくれる。いや、やっぱり夢かも知れない。そう思って、小さな手をぎゅっと握ってみた。
途端にぽっと頬を染め、俯く。
かわいいな、と思った。
腹がふくれた後は、相撲見物だ。
というのも号外を撒きながら、大声で触れ回る猿が大通りを駆け抜けていったからである。市松が何とか一枚もらってきて、場所と主要な取組が書かれた号外に見入った。
「私はもう、何を見ても驚かないよ」
「はい」
大通りは嘘のように静まり返っている。
皆が号外に導かれ、相撲大会を見に行ったのだ。出遅れてしまった奇妙丸たちは、幸運にも見張り番だという男に櫓へ登らせてもらった。こういうお祭り騒ぎには危ないことも多々起きるので、即席の櫓を建てるのだという。
「降りる時は重々気を付けなされ」
「はい、ありがとうございます」
にっこり笑ったその人は、勝三の父・可成によく似ていた。
御前試合ということで、相撲舞台の向こうには特別席が設けられている。信長はもちろんのこと、織田家の宿老に重臣たちが素知らぬ顔で勢揃いしていた。店主不在の露店は今頃どうなっているのだろうか。
ちなみに、かの姫は別行動だ。
相撲なんて怖くて見物どころじゃないだろうと心配していたら、お多福の面を被った少女に攫われていった。記憶よりも成長しているが、あの声はお冬だ。間違いない。
妹が連れて行ったなら大丈夫か、と思うことにした。
「あっ、茶筅と三七」
「姫様たちもいらっしゃいますよ。お五徳様の隣におられるのは信康様でしょうか。お冬様の隣にも誰かいらっしゃいますね」
「許嫁かな。生意気そうな顔だ」
お冬の隣にお多福がいる。
それはいい。それはいいのだが、身なりの良さそうな少年がお冬の手を握っていた。何度か振り払われては、懲りずに小さな手を捕らえる。可愛い末妹を見る目、あれは危険だ。獲物を見る目である。
「あ、あの、若様? 特別席にいらっしゃるということは、大殿が認めた方なんだと思います。だから、そんな射殺すような目で睨んではいけませんよ。あ、ほら! 向こうも気付いて」
「ふん、父上に認められたからっていい気になっているようじゃあ、まだダメだね。お冬の婿にはなれないよ」
フフフと笑う奇妙丸の横で、市松が目を瞠った。
「うわ、すげえ美人がいるぞ。天女様が赤ん坊抱っこしてる!」
「揺らすな、騒ぐな、耳元で叫ぶな。うるさい!!」
「だって夜叉若、天女様が……っ」
「うーん、叔母上かな。赤ちゃん、まだ小さいのに美濃まで来ちゃったんだ。さすが叔母上というべきか何というべきか」
「一応、お五徳様も徳川へ嫁いだ身の上ですからね? 若様、お五徳様も本来はここにいないんですよ。分かっています?」
「はあ、織田の人たちって美人ばっかだなー。叔父貴が猿、猿言われんのもよーく分かる。確かに猿だ、うん」
「秀吉様に言ってやる……」
「んだよ、夜叉若。お前だって思っただろ」
「思わない!」
思った、思わないの応酬が飛び交う。
喧嘩するほど仲がいいとは言うが、この二人はどんなネタでも喧嘩になるらしい。元気な口喧嘩をよそに、奇妙丸は甚九郎の解説を聞きながら相撲観戦をしたのだった。
美濃焼と割り箸...本当は無料提供できない高級品
割り箸の誕生は江戸時代、定食屋でうな重が出されるようになってからだといいます。定食屋も江戸で出稼ぎする人間が増えたため、外食のお店として生まれたとか。割り箸は「清潔な箸を、一番に使っていただく」というおもてなしの心がこめられているそうです。
美濃焼はようやく軌道に乗ったので、宣伝効果も兼ねて。
歪みなどがあって問屋には卸せないものを数量限定で提供しています。なくなり次第終了。二日目以降は、竹の皮で作った舟型の器に入れていました。




