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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
信長包囲網編(永禄12年~)
210/284

176. 三英傑、集う

ちょっと長め


※前置き補足

伊勢長島は美濃に近いため、長益が担当(信包は北伊勢管轄)

尾張は東に信治、北に信興、南を信広と信成以下従兄弟たち(海西郡は約定通り、九鬼家へ)。美濃は三人衆など元斎藤家臣を配置して、もともと土地持ちの家臣・側近以外は城の所有無し。論功行賞で領土を与えられた家臣もいるが、統治管理は与力などにお任せ。ほとんどの期間を城下の武家屋敷で生活。一部の重臣は畿内(で単身赴任)。

このことを踏まえ、秀吉に城をやろうと考えているノブナガの期待度を想像してみてください

 夏の終わりに秀吉は帰ってきた。

 抱きつこうとした妻に思いっきり張り手をくらい、怒鳴られ、最終的に熱い抱擁を交わすドラマみたいな展開に、思わずカメラを探してしまったくらいだ。もちろん、この時代にカメラなんていうものは存在しない。

 代わりに偶然居合わせた者たちが、そっと目をそらしている。

 ちょうど帰ってきた奈江に抱きつこうとしたら、やっぱり張り手をもらった。何の騒ぎかと問う前に、木下夫婦を見て納得する賢さは嫁いできて培ったものだ。於次丸と石松丸は一緒に世話されていることが多いので、四人で子供部屋に向かう。

「お冬はどうしたんだ?」

「旅の汚れを落とすんだって、お風呂に行ったわ。あ、鶴千代様は別行動だから安心して」

「当然だ」

 いつの間に思春期へ入ったのだろう。

 ちょっと複雑な気分を持て余しつつ、長島について軽く話を聞いた。願証寺の住職がどこまで信用できるか分からないが、長島城の龍興は随分と様変わりしたらしい(長益情報)。中州を中心に治水工事を長期計画で発動しており、上流から水量を調節する仕組みを作っている。

 数年に一度の洪水は、田畑を壊すだけじゃない。

 泥を撹拌して、栄養分を広く行き渡らせる役割がある。だが長島の語源が「七ツ島」だといわれるくらいに、長島の中州群はかなり特殊だ。その広さを維持することができたら、米の収穫量も安定するのではと龍興が言い出したらしい。

 龍興の後見人は俺の弟・長益だ。

 美濃国を織田領に収めてから、随分経つ。水害が減るのならと納得しかけた民意を、二分させた奴がいる。それが楠十郎正賢だった。

 織田家に臣従した楠家とは決別し、長島の楠屋敷を本拠とする。いつしか鎌倉時代の英雄・楠正成の生まれ変わりを自称するようになった。今では服部党と一向宗を飲み込んで、それなりにそれなりな規模の勢力に成長している。

「長島は楠派、一色派に分かれてしまったの」

「一色?」

「龍興様は斎藤の名を捨てられたそうだけど」

「あー」

 まあ、何でもいいか。

 斎藤家は利治が継ぐ予定だし、岐阜城も数年後には奇妙丸のものだ。新たに妻を迎えるでもなく、長益に従順なままで城主をやっているという。完全に調教されたな、龍興。

 我が弟にそんな才能があったとは思わなかった。

「それで結構危ない感じだったから私が向かったら、何と下間頼廉様がいらっしゃったのよ。証意様は何も知らないと仰っていたから、きっと顕如様の千里眼のなせる業ね!」

「……ソウダナ」

 いないと思ったら、そっちに行ったか。

 加賀も何とかしなきゃいけないが、まずは長島の地だ。それは顕如にも話していた件であり、頼廉は法主の意を汲んだのだろう。正直、俺としても助かる。一向宗にとっては、武家よりも坊官の方がいいはずだ。

 もうすぐ子供部屋、というところで報せが来た。

 岡崎城の家康が面会を望んでいる。

「鰻の件ですかのう」

 ウキウキと楽しげな秀吉を伴い、部屋を移った。

 重臣たちを集める口実に宴の話を出したものの、とっくに実現可能な話題として各地に広まりつつある。宮中で行われる新嘗祭のような内容がいい、と商人たちも交えて話が進んでいるようだ。相撲大会を同時開催するので、露店の計画もある。

 でっかいことはいいことだ。

 問題は美濃と尾張のどちらで開催するかで、かなり揉めている。相撲大会の開催地順序としては美濃になるが、お祝いを兼ねているなら織田家の本拠地がいいと互いに譲らない。

 他人事みたいだって? 丸投げしたから当然である。

 大体の基本構想は伝えてあるし、やりたい奴がやりたいようにやるのがいい。話を聞いた時点で、俺にも責任が回ってくるのを避けたいっていう本音もある。織田家主催っていうだけで、総責任者は俺なんですけどね! 余計な荷物は背負いたくないのっ。

 俺が部屋に入ると、人懐っこい笑顔に迎えられる。

「三郎兄上!」

「おう、家康。久しいな」

「本当にお久しぶりでございます。京でお会いした以来ですね」

「……太ったか?」

「体格がよくなったと言ってください!」

 気にしているらしい。以後控えよう。

 後ろに控えている忠勝がしらーっとした目を向けているので、鍛錬の成果で肉付きが良くなったわけではないようだ。その忠勝は、慶次に勝るとも劣らない立派な筋肉鎧を装備している。触ると痛そうな髭も、勝家のように顔半分を覆っていくことだろう。

 戦国武将らしくて羨ましいぜ、ホントにな。

「おや、そこにいらっしゃるのは猿殿ではありませんか」

「秀吉って呼んでくれんかのう、家康殿」

「いやいや、猿のような知恵の持ち主といえば貴殿しかおりますまい。三郎あに……信長様の信厚く、此度も但馬攻めに出向いたと聞き及んでおります。あまりの勢いに山名めは国を逃げ出し、堺で震えているそうですよ」

「なんで堺」

「陸路ですと、関所で捕まります」

 それもそうか。

 なんだかんだで関所の役割は重要だ。領主と役人がしっかりしていれば、防衛ラインとして非常に役に立つ。俺のように関所を避けて移動する奴は稀で、山賊や落ち武者狩りの餌食になるのが常識である。

「堺、な」

 頭巾頭の商人たちを思い出す。

 近いうちに、誰かから情報が来るかもしれない。

「秀吉、後始末はちゃんとしてきたんだろうな?」

「そこは抜かりなく。ああ、そういえば赤松政秀の娘っこを公方様のところへ送り届けたんじゃ。これがなかなかの器量良しで――」

「おねねに言うぞ」

「ひえっ、勘弁してくだされ! なんもしとらん、何もしとらんっ。ただ……播磨国の内乱は相当なものじゃ、と公方様が憂いておられましたのう。政秀は赤松本家と決裂し、東播磨の別所家と結んだそうじゃ。ほんで赤松本家は備中国の浦上家と組んで、政秀らと戦う構えを見せちょります」

「猿殿。備州の乱に、公方様を巻き込みましたね」

「ち、違うんじゃ。わしは、助けを求められてもうて仕方のう……!」

 ひどく慌てる秀吉に、家康は微笑む。

「勘違いしないでください。責めているわけではありませんよ。公方様は優しい御方ですから、必ず乱を鎮めるべく、手を尽くそうとなさるでしょう。というわけで、信長様」

「……要請が来るまでは動かんぞ」

「当然です。そもそも猿殿の但馬遠征も、毛利陸奥守殿に借りを返すためだと聞いております。そして大きな宴の裏では、若狭討伐も考えておられるとか。公方様がその気になれば、武田と連携して信長様を囲い込むことも可能です」

「そんなアホな!」

 秀吉が腰を浮かせて叫ぶが、家康の推測は間違っていない。

 というか、情報の早さは相変わらずだ。若狭国内の状況を鑑みて、想定しうる仮定を述べているだけだと思いたい。岐阜城から情報が洩れているとしたら、おちおち私室で考え事もできなくなる。

「若様と松姫様は婚約しとるんじゃ。武田が織田を責めるわけがない」

「同盟は破棄した」

「へえっ?! な、なんで……」

 答えたくない。

 黙り込む俺を見やり、家康が口を開いた。

「なんだか喉が渇きましたね。お茶をいただいてもよろしいですか?」

 こうも堂々とねだられては怒るのも馬鹿馬鹿しい。

 客人相手に茶も出していなかったこちらが悪いのだ。秋番茶にはまだ早いので、夏摘みの茶を出すことにする。内津村は順調に茶畑を広げ、津島へ出荷を始めた。有楽斎監修の茶として、一部の茶人から注目されている。

 茶菓子を切らしていたので、茄子の浅漬けを出した。

「これはまた、お茶とよく合います。何の実ですか?」

「茄子だ。まだ数は少ないが、少しずつ畑を広げていく予定になっている。形は瓜に似て、水分を多く含んでいる。あく抜きをしっかりやれば、何にでも合うぞ」

「ほほう」

「いや、見事な紫ですなあ。それでいて中は女の柔肌のようじゃ。こう、あっさりした味は物足りんくらいですがのう」

「茶請けにはこれくらいがいい」

 京漬物として出され、俺がどれだけ驚いたか。

 漬けてよし、煮てよし、焼いてよし、の三拍子揃った夏野菜・茄子である。種から育てられるか分からなかったので、苗をいくつかもらってきた。今年はわずかな実しか収穫できなかったが、来年からは本格的にやりたい。

 調理方法の工夫も大事だが、食材が増えるに越したことはない。

「菜種油もとれるようになったからなあ。揚げ物も捨てがたい」

「相変わらず、信長様は食べることに貪欲じゃのう」

「美味いは正義!」

「備州にもきっと、美味しいものがたくさんありますよ」

 家康の中では既に備州も織田領に入っているらしい。

 いや、ダメだろ。

 現地の方々には絶対聞かせられない台詞だ。よろしい、ならば戦争だと攻め込んでこられても困るしなあ。なんとか戦をせずに収めたいものだが。

「同盟を結んでも、破棄する可能性があるわけだし」

「そういえば、信長様。上杉や毛利とは、いつの間に同盟を結んだんかのう? 秘蔵の酒を贈る仲だと聞いたんじゃが」

「同盟国じゃねえよ?」

「えっ」

 家康と秀吉がぽかんとしている。

 今気付いたが、三英傑がここに揃っているんだな。なんだか感慨深いものを感じないのは、二人ともが子分枠だからだろうか。ついでに俺、ノブナガも中身は未来人だ。前世でどんな生活をしていたか思い出せなくなって久しいが、日常的に見てきたものは何かの拍子に出てくる。

 不思議なものだ。

 きっと戦国時代に生きた人間としては色々おかしいはずなのに、すっかり馴染んでいる俺がいる。突拍子もないことを言う俺以上に、常識に当てはまらない発言をする奴らが増えてきたからだろうか。

 もしかしなくても俺の影響だな、うん。

 チート属性『カリスマ』って怖い!

「あー……そうだな。同盟を結ぶまでもないと言ったら分かるか」

「既に織田領ということですね! 痛っ」

「違う!!」

 久しぶりにハリセンの出番だ。

「臣従させるんやのうて、協定を結んだっちゅうことじゃろうか。同盟を結んでしまえば、周辺の国を警戒させてしまいますからのう。毛利は大友氏、上杉は佐野・蘆名への壁じゃな」

「人聞きの悪いことを言うな」

「あ、北条家もしばらくは大丈夫ですよ。氏真殿を通じて、徳川家との共闘を約束していただいております。駿河国を今川領とするのが条件ですけど」

「代わりにそっちへ攻め込まれても、徳川は何もしないんだろ」

「援軍要請があればまだしも、他国の事情に介入するほどの余裕はありませんよ。戦をするくらいなら、自国領を豊かにする。それは三郎兄上から教わったことです」

 微笑みつつ返す家康は、なかなかに腹黒い。

 織田からの援助を打ち切られた今、信玄は自国内の備蓄だけで戦わなければならなくなった。奇妙丸が滞在中に栽培技術の伝授などで支援していたようだが、一年や二年で根付くものなら誰も苦労しない。

 なければ他国から奪う。民は生かさず殺さず。

 それが今までの常識だった。

「家康、秀吉」

「はい」

「どうしたんじゃ?」

「宣教師の動きに注意しろ。今は九州と畿内の一部に限られているが、他の港へも上陸している可能性がある。通訳がいるからな。言葉が通じない。見た目が違う、っていうだけでは安心できねえぞ」

 二人が顔を見合わせる。

 俺が随分前から宣教師のことを口に出していたから、警戒を促す発言は意外だったのだろう。貧しい民ほど子供が多く、育てられない子供を売って僅かな金を得る。読み書きもできない無学で、やせっぽちのガキに高値がつくわけもない。

 だが外国は別だ。

 大人しくて従順な日本人は、さぞ上等な奴隷になるだろう。顔の造形が全く違うし、年齢よりも若く見える。言葉は通じない方がいいのだ。獣と同じ扱いができるから。

「国内は豊かになれば、人身売買も減る。だが外国は別だ」

 確か幕末の戦乱では外国から輸入した武器が活躍した。

 競争しているヨーロッパの国同士が別の勢力に味方して、それが抗争を激化させたという話もあったはずだ。世界大戦でも外国とやり合って、日本は負けている。

 ただ利用されるなんて、真っ平だ。

 数百年後の未来まで保証できないが、せめて今はホドホドに抑えておきたい。だって俺は未来で生まれて死んで、過去に転生してきたのだから。

 歴史通りに進んでくれなきゃ、俺が帰蝶に会えなくなる。

「とにかく、今は若狭と越前だ」

 あえて近江は外した。

 長政のことは信じたい。だが史実として伝わる浅井長政は、お市よりも朝倉家を選んだ。織田信長と戦い、負けて、家ごと滅ぼされた。安土城はその後に建てられたものだろう。

 歴史通りに進んで――。

「三郎兄上……、ご気分でもお悪いのですか?」

 ああ、家康。

 史実の徳川家康は、織田信長のことをそう呼んでいたのだろうか。かつては義務感と強迫観念に囚われていたのに、今は全く違う感覚に追い立てられている。

 俺はちゃんと進めているのか?

 もしかして色々と変えてしまったんじゃないのか。少しだけ、ほんの僅かな変化だけなら大丈夫だと言い聞かせてきたのは、罪の意識から目を逸らすためじゃなかったか。

 長政は息子を人質にして、俺に決意を示した。

 信じたい。信じてやらねば。

 ふと人質に出され、見捨てられた娘のことを思い出した。

「家康」

「大丈夫ですか? 横になった方が……」

「八重緑は息災か」

「ああ、お五徳の侍女ですね。姫から乳母になってほしいと頼まれて、先だって家臣のうちより佳き縁組を整えたばかりです」

「ほお! そりゃあ、めでたいのう」

 膝を叩いて慶事を寿ぐ秀吉を、ちらりと見る。

「言葉と裏腹にえらく残念そうだな、猿」

「いやいや、そんなそんな」

 その過酷な運命もあって、八重緑は儚げな美人だった。

 犬山城への護送も率先して請け負ったというから、下心満載だったのは明らかだ。お艶以外の女に興味がない信純すら、そのあからさまな態度に苦笑したという。俺の側室候補だと言ったのは、おねねに対する気遣いもあったのだろう。

「信康に子が生まれれば、爺だな」

「あの、私を睨まないでください。姫と次郎は本当に仲が良くて、その微笑ましさに皆が和んでいるくらいで……ええ、もちろん織田家の大切な姫君ですから、恙なくお過ごしいただけるように」

「第一子が生まれても、蜂蜜飴は与えるなよ」

「は、はあ。分かりました」

 織田家の女は甘党が多い。

 いや、俺もそうなんだが。虫歯になった過去も忘れて、お市は信包から蜂蜜飴の定期購入を約束させたらしい。ついでに蜂の子も与えたとか余計なことをしてくれたのはともかく、蜂蜜は幼児によろしくないという新事実は俺を震撼させた。

 下手すれば死に至ることもあるらしい。

 お五徳もまた甘い物が大好きだ。大の甘党といってもいい。飴に限らず、何かしら菓子を与えてやればニコニコしていた娘である。戦国時代でよかった。現代に生まれていたら、どこぞの変態親父に誘拐されていただろう。

「そういえば、信康以外に子はいたか?」

「十になる娘がおります」

「娘は可愛いだろ」

「本当に」

「ええのう」

 秀吉が羨ましそうな顔をしている。

「子は授かり物だ。石松丸が元服する頃には、娘の一人や二人生まれているだろうさ」

「おっ、信長様のお墨付きじゃ。これは期待できますのう」

 そう言って笑う猿面があまりにも嬉しそうで。

 現地妻について問い質してやろうと思っていた気持ちが、完全に失せた。伊予やおまつには、おねねばかり贔屓していると冗談めかして指摘されたばかりだ。木下家待望の男児が俺の子供と疑われても困るし。

 意識を変えるため、軽く咳払いをする。

「猿、そろそろ姓を変えるか」

「へ?」

 ぱかっと開いた口は、アルファベットのオーに似ていた。

蛇足な補足:

伊予ちゃんは信広兄貴の娘で、信長の姪。

米五郎左こと長秀のお嫁さんにして、丹羽長重(鍋丸)の生母。史実では元亀2年(1571年)生まれであることから、伊予が大人になるまで待ったと思われる(側室なし)

本編では二年早く生まれています…。

八重緑は美濃の豪族・佐藤紀伊守の娘。岸信周の養女という形で、佐藤家が出した人質だった。堂洞の戦い(本編128話)の裏側で密かに救出された後、お五徳の侍女として迎え入れられる。


ちなみにタダカーツは空気読んで空気、もとい置物になっておりました(口を挟める雰囲気じゃなかった、ともいう)

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