175. 会議は踊る
ばたばたと騒がしい城の一角、私室にて籠ってるなう。
「急いては事を仕損じる、ってな」
緊急招集と聞いて、真っ先に駆けつけたのは勝家だった。
側近たちを含め、各地に散っていた重臣が次々と岐阜城へ戻ってきている。この動きを察知されたら困るなあと思い、一計を案じた。
曰く、俺主宰の大宴会を催すのだ。
京でヤラナイカ、と将軍家のお達しがあったが無視。
無礼講につき、粗暴な輩が苦手な公家衆もご遠慮いただいた。そもそも招待状も送っていないのに「謹んで」もへったくれもあるかい。山科卿だけは付き合いがあるので、朝廷代表として来ることになっている。当然、山科卿は戦には参加しない。
利家は秀吉のフォローに回った。
既にいくつかの城を落とし、着実に山名氏を追い詰めつつあるという。もうすぐ終わるから、と焦った内容の文が届いたのには笑った。建前でもいいから、家族のために早く片付けると言えばいいのに。やっぱり、おねねの言った通りに現地妻がいるのか。
「まあ、年内中の開戦は無理」
他人の戦に介入する場合、引き際が肝心である。
余所の領地を荒らすだけ荒らしておいて、後始末も何もしなかったら再び戦乱に逆戻りしてしまう。戦の原動力は欲求だ。他者から奪う行為が大きくなって、戦になる。
今回の場合、山名氏の力を削ぐことが目的だ。
「本当は何もしたくなかったんだがなあ。……仕方ない」
毛利家には借りがある。
国境を接していない分、関係悪化してすぐ戦ということにはならない。できれば山名氏をこちらへ引き込んで、中国地方への足掛かりにしたいとは思う。ノブナガ包囲網がどうのと考えていたが、新興勢力である俺へ目を向けられないくらいに戦で忙しい奴らもいる。
赤松分家だって、将軍家の後ろ盾が欲しいだけだろうし。
地位が安堵されて、食うもんに困らなくて、領地運営にかかりきりになれば、戦をしようなんて思わなくなるはずだ。そう、俺が天下を獲るんじゃない。俺とその家族が安心して暮らせるように、日本中から戦をなくしてしまえばいいのだ。
「俺って頭イイ」
むふっと一人笑う。
信玄に発破かけられなければ、動けなかった俺が馬鹿らしい。人生五十年、本能寺の変は着実に近づいている。明智光秀さえ義昭の臣下のままでいてくれたら、俺は悠々自適の隠居生活を満喫できる。
今後は秀吉にどんどん手柄を立てさせよう。
そうすれば、皆だって秀吉を認めざるをえなくなる。織田家は元服した奇妙丸が継ぐことになるが、その後見人を秀吉が務めることにしたらどうだろう?
「……待てよ。おい、何かおかしいぞ」
織田信長49歳、本能寺の変にて討ち死。
明智光秀はその後、秀吉に討たれる。秀吉が天下人に、なる。
「待て、待て待て」
ガタッと肘置きを蹴っ飛ばして立ち上がった。
独り言がデカい? 気にするな。そんなことより大事なことがある。
奇妙丸が存命なら、秀吉が天下人の名乗りを上げられるわけがないのだ。俺がいなくても織田家は存続できるようにしてある。そして秀吉は織田一門の者ですらない。謀反人を討つという功績を挙げたところで、主従逆転するわけがない。
ならば下剋上か?
あの秀吉が突如として、織田家に弓引く真似をするだろうか。もしそうだとして、何の理由もなく行動するほど馬鹿じゃない。余程のことがあったのだ。
「あー……っやめだ、やめ! 馬鹿馬鹿しい」
俺は死なないし、家族も死なせない。
それだけは最初から変わらない願いだ。本心本気で願えば、きっと叶う。それ以外の多くのものを失わずに、ご都合主義的ハッピーエンドがあるなんて思っちゃいない。
一年生きれば生きた分だけ、守りたい奴が増える。
遠い未来ばかり睨んでいてもダメだ。
「長政は選んだ。俺は、それに応える」
気に食わない義弟のためじゃない。
お市と、その娘のためだ。浅井三姉妹は数奇な運命を辿ったとされる。生まれてすぐに親父と爺ちゃんが命がけの喧嘩をするなんて、まさしく波乱の人生じゃないか。
「さあて、気持ちは定まった」
俺が戦を仕掛けるのはいつだって、誰かのためだ。
自分のために戦をするようになったら終わりだと思っている。
伊勢攻めの際に信包が唆してくれたように、諸国漫遊の旅ができるくらいに戦乱がなくなれば、いつだって美味いもの食べ放題だ。前世ではお取り寄せグルメなんか興味なかったが、天下の織田家になったら可能だろう。
その頃には隠居しているから問題ない。
そうとも、うだうだとタラレバに囚われているから先へ進めなくなる。雑念に囚われて、余計な悩み事でストレスをため込んでしまう。
スッキリした俺は早速、側近たちを集めた。
秀吉が小一郎を連れていったため、信直が居心地悪そうにしている。利家の代わりには利之がいて、これまた肩身狭そうな感じである。織田一門へ入ったばかりの信直はともかく、利之は小姓として何度も会議に出ているんだがな。
「ときに三郎」
「なんだよ、脳筋」
「昔は素直に兄と呼んでくれたのに、捻くれおって」
「泣き真似止めろ。さっさと言わねえと蹴り出すぞ」
「うぬぬ、なんたる暴言!」
「やかましいわ、糞兄貴!!」
「ならば問おう。この又八郎なる者は、何者ぞ!?」
「又六郎の(義理の)息子」
「なんと、坊丸がいつの間に……!」
「んなわけあるかいっ」
やっぱり脳筋は脳筋だった。
薄々察していても問わない側近たちを見習ってほしい。いや、長秀と信盛はあえて視界に入れまいとしているだけだった。一益は逆にじーっと見つめている。穴が空くから止めてあげて。
「……甲斐からもらってきた」
根負けした俺の自白に、やっぱりなという空気が漂う。
ジト目の長秀が重々しく口を開く。
「殿、何でも拾ってくるのはお止めください」
「拾ったのは俺じゃねえよ!」
「そういえば、若様はいずこに? 甲斐より戻ってこられたのでは」
「お前の息子と一緒に岩村城で謹慎中だ。安心しろ、全員無事」
「それは重畳。御屋形様ならば、甘々の処罰にて許されるやもと案じていたのでござる。ここより遠く離れた城では、さぞ落ち着かぬ日々を過ごしておりましょう」
「まー、確かに国境警備は楽じゃねえからなあ」
髭をこすりつつ、ぼやく成政。
佐々軍団の持ち場は専ら、堺周辺だった。
兵の訓練に道路整備も兼ねていて、ろくに城へ戻れない過酷なスケジュールだったと聞いている。睡眠・休憩は確保されていても、常に警戒していなければならない状況は辛かっただろう。信盛は農業中心、長秀は建物中心で、一益は特殊部隊の育成をしていたはずだ。
特殊部隊といっても投石術や工作部隊の複合である。
うん、いつの間にか混ざっていた。なんでだろな。決してSから始まるアルファベット三文字部隊じゃないのだが、下手をすれば普通の兵士よりもハードな訓練をしている。彼らにかかれば砦を数日で作ることも、城を解体することも可能だ。
うん、ファンタジーな国・尾張の出身だから仕方ない。
「内蔵助、東山道の整備はほぼ終わったよな?」
「浪漫ナントカを敷けって言わないですよね」
「あれはいいものだ……」
桶狭間のことを思い出してか、長秀がしみじみと呟く。
いつの間にか『うつけ街道』と呼ばれるようになっていた。何でも『うつけ』を付ければいいってもんでもない。織田塾、尾張流農業は早い段階で浸透していったから難を逃れた。スコップはプランター栽培と合わせて、売れ行き上々である。鉱山なくても金儲けできるってスバラシイ。
まったく先人の知恵様々だ。
「関所の一部地域の廃止も考えているんだがな。岐阜から近江を通って京に至るルートの再編について、話したことがあっただろ」
「ああ、中山道でしたっけ。覚えていますよ」
「それそれ。年内開通は可能か?」
「カシコマリマシタ」
「大任だぞ、内蔵助」
「殿の期待に応えるのだ」
長秀と信盛が生温い笑みを浮かべている。
何故かガックリと肩を落としている成政には悪いが、中山道の開通は最優先でやってほしいのだ。これがあるのとないのとでは、進軍速度に大きな差が出る。そして人や物の流通にも少なくない影響を与えるだろう。
「知ってた。いきなり大宴会やるとか言い出して、おかしいなって思ってた」
「そう落ち込むなよ、内蔵助。ちゃんと宴会もやるから」
「殿はいいですよねー。濃姫様と一緒ですからー。最近、また御子が生まれたそうでー。しかも男児だとかー」
「おお、そうでした。おめでとうございます」
「慶事は何度あっても良いものでござる」
「お前らも励めよ。それから馬鹿息子の謹慎明けに、子供たちで面通しさせたい。俺が隠居した後、織田家を盛り立てていくには今から仲良くなっておくべきだ」
ふっと火が消えたように静まり返った。
あれ? 何か変なこと言ったか、俺。
「あの、失礼ですが……奇妙丸様はまだ元服なさっていませんよね」
信直がおそるおそる訊いてくる。
「あれの元服は19になってからだ」
「え!?」
「茶筅丸や三七もまとめて元服させる」
「面倒くさがりなんだか、派手好きなのか分かんねえ。それで元服した若様に家督を譲って、自分は隠居するとか言いませんよね?」
「本当はそうしたいんだがなあ」
「なりません!! そのようなこと、断じて認められませんっ」
「左様。天下布武を道半ばで放り出すなど、殿らしくもありませぬぞ」
恒興が叫び、長秀がしかめっ面で同意する。
だから天下統一なんてしないって、前々から言っているだろうに。統一はしないが、それに近いことはするつもりだというのはまだ言わない。俺の留守中に出奔した奇妙丸は、それまでの評価から転落している。
残り4年でどこまで挽回できるか。
うちの子天才だから何かやらかして、アッサリ面目躍如しそうだけどなあ。奇妙丸に限らず、俺に憧れを抱いている奴が多いのも問題だ。うつけの真似事をしたところで、世間に後ろ指差されるだけだぞ。
今更だが、織田サイコーな風潮もあんまり良くない。
だって反動が怖い。
俺は腕組をして唸った。
「隠居は、だめか」
「ダメですっ」
「だが断る。俺は十年以内に隠居する」
「殿!」
「信長様!!」
あー、煩い。
耳を塞いだら、音量が上がった。
今すぐ隠居するって宣言したわけでもないのに、やかましい事この上ない。これだから俺は不安になるのだ。俺だから仕えてくれる家臣の存在はありがたいが、次代に従わない奴が出てくることで家中が割れる。その苦労は皆も知っているはずなのに、どうして分からないのか。
扇子で肘置きをべしべし叩く。
「ギャアギャア騒ぐんじゃねえよ。一代で築いた栄華があっという間に崩壊する話なんて、過去にいくらでもあるんだ。出木杉君の奇妙丸だって、そうならない保証はねえ」
「とか言って、本当は何もかも投げ出したいだけでしょうに」
「内蔵助」
それは言わないお約束と見つめれば、何故か深く頷かれた。
「分かりましたよ。それならそれで、俺も隠居しますから。確かに働きすぎかなーって思ってたんですよねえ。松千代に家督譲って、殿の建てた庵の隣に住みます」
「ご近所さんかよ!」
「ああ、それは良い考えです。私も成政殿に倣いましょう」
「尚清!?」
家老がそんなこと言っちゃいかん。
案の定、我も我もと続く奴らが出てきたので会議はお開きとなった。宴の開催内容について全く触れなかったが、適当にぱーっと騒げばいいか。
なんかもう、色々面倒くさい。
秀吉がどうやって天下人になったか、なんてノブナガが知るわけない




