ローズクォーツの願望
ディナーに行くには少し早い、そんな時間帯はカップルが増える。映画館には、いくつかのポスターが貼られていて、それを眺めているだけでも少し楽しい気分になり、少し浮かれている自分に気がつく。最近はジェリーと逃げるように旅をしているせいで、こういった娯楽はさっぱりで、せいぜいモーテルでテレビを点けるのが関の山だった。
映画館に必要なのはポップコーンとコーラ、決まってる! ジェリーならそう言うだろう、と当たり前のように二人分のそれを買ってきてしまったが、相手は女性だ、まずかったかな、と思ったが、それを見た彼女は目を輝かせていたので、ひとまず間違っていなかったかな、と思う。コーラを一つ彼女に渡せば、嬉しそうにありがとう、と言った。思わず涙が出そうになる。普段のジェリーもこれくらい殊勝にお礼を言ってもいいものだが。
彼、もとい彼女はいつもと随分雰囲気が違う。顔つきも勿論だが、服装も随分違う。勿論、この短時間で服を買いなおすことなどできない。だからジェリーがいつも着ている服には変わりないのだ。しかし、その組み合わせ方がいつもなら絶対にしないようなものだから、少しの違和感と、同時に湧き上がる新鮮さ。髪のセットの仕方も、いつもより随分大人しい。
そんなことを考えながらも、ちら、と時計を見るといい時間だった。そろそろ劇場に入ろうかとチケットを差し出す。
「あれ、これ……」
ジェイミーが目を丸くした。マイケルはおっと、と頭を下げた。
「ごめん! 間違えて買ってきちゃったみたいだ。気になってた映画だったから……!」
彼女が手に持っていたのは、最近上映が開始されたばかりのアクション映画のチケットだった。それはジェリーが好みそうなド派手でポップ、コメディも含んだハリウッド映画。ジェイミーが見たい、と言っていたのはその横にポスターの張り出された、今流行りの泣けると有名な、マイケル好みのラブストーリーだった。
けれど、マイケルはそう言った彼女がチラリと横のポスターを後ろ髪引かれるような目で見たのに気づいていた。気のせいでなければいいが、と思って差し出してみたが、彼女は戸惑った顔をしている。
おっと、間違えたかな、とマイケルはすかさずその券を回収して買いなおそうと思ったが、その手をジェイミーが止める。
「ううん、気になるんでしょ?」
そう言った彼女の目はキラキラと輝いている。堪え切れずに口の端がきゅっと上がってしまっているのを彼女は気づいているのだろうか。マイケルは微笑ましく思い、思わず微笑んだ。それから、小さく苦笑い。中身がいかに乙女だからといって、見た目は6フィートある男だ。その可愛らしい言動は随分周りからはおかしなものに見えるだろう。
映画に来るまでに話をした結果、彼女が自分以外の体に入ってしまっている自覚は一応あるようだ。鏡を見て、自分がごつい男の体に入っていることに愕然としていた。ただ、どうしても何かに夢中になるとそれを忘れてしまうようだ。
マイケルは、口元にそっと指を当てて首を傾げた。
「ジェイミー、口調、口調」
あっ、と彼女は口元に手をやる。その仕草も彼女本来の可愛らしい姿であったら大層様になったであろうが、いかんせんジェリーだ。普段なら、どちらかというと腹立たしさすら覚える。こつん、とマイケルはその頭に軽く拳をあて、嗜める様に言った。
「周りに変な目で見られるのも気分悪いだろ、気をつけてね」
素直にこくりと頷くそのつむじを見て、マイケルはどこか穏やかな気持ちになった。
二人で並んでポップコーンを食べながら見た映画は、マイケルが思っていた三倍位面白かった。よくある刑事物ではあったが、要所要所で入るコメディシーンでは、手を叩いて笑ったし、主人公が追い詰められるシーンでは手に汗握ったし、熱い友情のシーンでは少しうるっと来てしまった。
終わった後、興奮も冷めやらぬままジェイミーと目を合わせた。
「もう、最っ高! なんてったってあの相棒! いいキャラしてる! 主人公がクールだから、余計にあのすっとぼけた感じがイカす!」
「僕はクールな主人公の方が好きだけど。でも、二人が絆を確認し合うシーンはすごくよかったなぁ」
今見たばかりの映画の感想を言い合う、そんな単純なことがすごく楽しくて、久しぶりで、しばらく熱く語らっていたが、彼女がハッとした顔をして、ぴたりとその口を閉ざした。
「あの、どうかした?」
「えっと……あの……」
彼女の口調はまた女性らしいまろやか物に変わっている。本当ならば指摘したいが、今はそのタイミングじゃないだろう、とマイケルはあえてそこには触れずに首を傾げた。
「……どうしたの?」
「こういうのって、男性からしたらどうなのかなって」
どうって? 彼女の指し示す意図が掴めず、マイケルは尋ねた。彼女はその口元を隠すように手をあて、視線を彷徨わせた。何かを隠すような、言いにくそうな様子に、マイケルはまるで自分が悪いことをしてしまったかのような気分にさせられる。
「可愛げないのかなって……」
「え?」
想像もしていなかった答えに、マイケルは思わず間の抜けた声を上げた。それに対してジェイミーはじっとマイケルを不安そうに見つめている。慌てて両手を振る。
「え、あ、いや、違うんだよ。そんなこと気にしたこともなかったから。どんな映画でも関係ないって」
よし、当たり障りのない返答だ、そう思って様子を伺うと、ジェイミーもほっと胸をなで下ろしている。間違った返事はしていなかったようだ、マイケルは畳み掛けるように言った。
「小難しい映画を見るよりも、二人で楽しかったねって感想言い合える方がいいよ」
ね、と続けると、彼女は顔をほころばせた。
「ありがとう」
「僕こそ」
本音だった。殺伐した毎日の中、少しだけ気持ちが安らいだし、普通の年相応の男に戻った気がした。毎日ジェリーと顔を突き合わせてはムッとした顔をして、喧嘩して、味のしないような食事をして、娯楽なんてほとんどなく、殺伐とした生活をする。そんな中、潤いを取り戻したようなそんな感覚。まぁ、隣に立つのはいつもと同じ顔だが、中身が違ったら違うのだ。
彼女は素直で、優しくて、気遣いができて、普通の女の子だった。そして何より、彼女とマイケルは対等でいられる。お互いを尊重して、お互いが楽しくやれるように気遣って、彼女はマイケルを頼ってくれるし、マイケルもそれに応えられる。小さなことだが、それが嬉しかった。
「……どうかした?」
考え込んでいたマイケルの顔を、彼女が覗き込む。
「口調、戻ってるよ」
あっ、という顔。マイケルは、彼女の疑問をはぐらかし、曖昧に笑った。




