ローズクォーツの願望
二人で入ったいつもよりちょっとオシャレなレストラン。女性と二人ならば高級レストランにでも入りたいところだが、あいにく金がない。それに、見た目は男なのだ、そんなところに二人で入ったら、確実にゲイの客と間違われる。
「ごめん、本当なら高級レストランにでも行きたいけど」
「これ位の方が気楽でいいよ」
彼女は、聡かった。マイケルのそういった事情を分かっているのだろう、屈託なく笑ってくれる。ほっとして、少しでも楽しんでもらえるように、と店員に勧められるまま、少し背伸びをした金額のワインを頼んだ。
「美味しい」
彼女は好き嫌いなく何でも美味しそうに食べた。ジェリーの大口に全てを詰め込むような食べ方じゃなくて、お上品でゆったりとした食べ方。当然、口一杯に物が入っている訳ではないから、頬袋のようになってなんかいない。いつもみたいにせかせかと焦る必要もないので、マイケルも純粋に料理を楽しむことができる余裕がある。
「たまには、こういうご飯もいいな」
「普段は?」
「安い店でバーガー、パン、サンドイッチ、パスタ、そんなもんばっかりだ」
「体に悪そう」
彼女は、肩をすくめながら前菜のサラダをフォークに突き刺している。君が入っているその器に至っては、高カロリー高脂質を好んで食べるだなんて、言えなかった。
「ねぇ、君は」
マイケルは、ずっと思っていたことを口にした。
「一体、何がしたいんだ」
彼女はその綺麗にカールしたまつげの縁取る目を細めて、困ったように笑った。
「最後まで付き合ってくれたら、教える。それより貴方の話を」
彼女は、マイケルの話を楽しそうに聞いた。マイケルは今までジェリーとあった日々をかいつまんで話した。それに伴い、彼女は息を止めて、目を丸くして、泣きそうになって、時には屈託のない笑みを見せながら表情豊かに聞いていた。
「すごい旅を、してきたんだ。大変だったね」
彼女は目を伏せた。
「おかげで、君に会えた」
そう言ってワインを傾ける。お世辞ではなかった。彼女と過ごした時間はそれほど長い訳ではない。しかしマイケルは彼女の素朴な性格に惹かれていた。彼女といるのは心地よく、自然と笑みが浮かぶ。
真剣に告げるマイケルに、彼女はその頬を赤く染めて、けれど少しだけその眉を下げて、笑った。
「ありがとう」
彼女はてっきり、恋する乙女のような顔をして俯き、照れ、喜ぶのだと思っていた。予想外の反応に、マイケルは少しだけ胸に何かがつかえたような気がした。
「貴方優しくて素敵な人よ」
食事も終わり、二人きり人のこなさそうな場所までドライブ。どうせデートなら、とやってきたシーサイド。彼女はそっと呟く。その口調は完全に彼女のもので、いつも見慣れたジェリーの横顔がずっと繊細で儚く見える。
「君も素敵だ」
「嬉しいな。あの人も、そう思ってくれてたのなら」
そう言って彼女は微笑む。マイケルはなんとなく察して、少し丁寧に尋ねた。
「君の好きな人、僕に似ていたの」
彼女は、一度もマイケルの名前を呼んだりしなかった。マイケルだって、それは気づいていたけれど。彼女はマイケルに目を合わせ、笑った。
「全然」
はっきりと言い切って、それから彼女はいたずらにマイケルの髪に指を絡め、下からマイケルを見上げる。
「金髪と青い目以外、何一つ似てない。あの人、もっと女の子慣れしてなくて、顔だってこんなにイケメンじゃなかった」
あーあ、と彼女は伸びをしながら大げさに溜息を吐いた。
「私もあの人もシャイで、お互い好きって分かってたのに言えなかったなぁ。こうやってデートしてみたかった」
彼女はおもむろに靴を脱いで、裸足になる。バシャバシャと濡れるのも関わらず海に入って行く。マイケルは慌てて後を追いかける。そのまま、深いとこまで入っていくのかと思った彼女は、冷たい! と笑いながら浅いところできゃあきゃあと黄色い声を上げている。マイケルも靴を脱ぎ、ズボンを捲くりあげて後に続く。彼女が、振り返る。
「いいなぁ、このまま海に二人で沈んじゃいたい」
そうやって笑った彼女の笑顔にぞっとして、マイケルは思わずその腕を強く掴んだ。彼女はその手をハッと見つめて、それから眉を下げてマイケルを見つめる。
「嘘。いいなぁ、この人と貴方、そんな風に想い合ってて。何があっても絶対手を離したりしないんだ」
「僕たちはそういう関係じゃないよ」
彼女は首を振った。
「恋人じゃなくても、家族じゃなくても、貴方達はお互いが必要だもの」
いいなぁ、もう一度呟いた彼女は、ひどく悲しそうだった。その肩を引いて、マイケルは彼女を腕の中に収めた。その感触はジェリーの筋肉質な体に代わり無い。けれど、彼女の心を抱きしめるように強く抱いた。
「僕は、その彼じゃないけど。でもわかるよ。君は素敵だ。彼はずっと君を想ってただろうし、きっと忘れたりなんかできないよ」
頬を撫でる。そこからは自然な流れでキスをした。不自然なこの状況で、それはとても自然に思えた。彼女は笑った。綺麗な笑みだった。
「ジェイミー、君が、好きだよ」
「トム、私、貴方が好きだった」
彼女がマイケルに耳を寄せる。離れた時、そこに彼女はいなかった。ぱちくり、大きなその瞳が瞬かれる。そして、一瞬後大きな叫び声と共に彼は海水を勢いよく掬い、その口に含み、何度もうがいをし、口元を何度も拭った。
「てめっ! 何! しやがるっ!」
マイケルに噛み付くその姿に、浮かんできそうだった涙が引っ込んだ。彼は胸元に輝いていたローズクォーツのネックレスを引きちぎり、勢いよく遠くに投げ捨てた。
「あっ!」
マイケルが止めるよりも早くそれは飛んでいき、ぽちゃんと海に落ち、しぶきを上げた。マイケルは急いでそれが落ちたところまで泳いでいき、なんとかそれを探し出した。海から上がると、ジェリーがむっとした顔をして立っている。
「行くぞ!」
相変わらず気持ちが悪そうな顔をしながらジェリーは運転席に乗り込んだ。マイケルは服が張り付いた状況に不快感を覚えながらも助手席のドアを閉めた。
後日、調べたら彼女はもう十年以上も昔に死んでいた。トム、という名前を男を探し出すと、それこそマイケルとは似てもにつかないような地味な男で、今は普通に証券会社に勤めているという。勿論既に妻がいて、子どももいるようだ。マイケルは、手にしたローズクォーツを彼に届けようかと思ったが、そうしたところできっとジェイミーは喜ばないだろう。
ぎゅっとそのネックレスを握り締めても、もうそこには何も感じない。マイケルが持っているのもナンセンスだ。また、海にでも行ったら投げ入れて帰ろうと心に決める。
「おーおー、こんな男にお前は負けた訳だ」
ジェリーは、いつもみたいにバーガーを咥えながらマイケルの手元を覗き込む。
「うるさい」
「あーあー、振られ男のヒステリーとか見苦しいぜ?」
もう少し、ジェイミーのままでもよかったかな、と思いながらも、いつもどおりのジェリーの様子にマイケルは確かに安心した。
「ねぇ」
「なんだよ」
「もし僕が死んだら」
そこまで口に出して、マイケルは何を尋ねようと思っていたのだろうか、とはたと黙り込む。ジェリーは、その先を促すことはしなかった、ただ、きっぱりと言い切った。
「俺は、お前を死なせない。辛気臭い話はごめんだね」
そう言って背を向ける。彼の口調はいつだってはっきりとしたもので、そこにマイケルの意思を必要としてはいない。
「とっとと全部解決して、帰るぜ?」
にっと笑う。ジェイミーがマイケルに耳打ちした言葉を思い出す。
「私が表に出たのは電話をかけてからよ。影響はしてたでしょうけど。多分彼の抱えてるものの一部じゃないかしら」
今は実感できないそれを、マイケルは心の中にしまい込んだ。
「ハイ、ジェリー」
休憩のために、路肩にとめて星を眺めていると、隣にDが立った。ジェリーはもはやそちらを向くこともせずに抗議した。
「なんで今回は何も言ってくれなかったんだよ」
「そりゃあまぁ、馬に蹴られて死んじまえってやつじゃないか。野暮ってもんだよ」
「おかげで男とキスする羽目になった」
別にいいじゃないか、と言われるがジェリーは眉をしかめた。かわいい女とする方がいいに決まっている。
「さて、ところでそろそろ君たちの力がなんなのかは分かった?」
Dがそっと微笑む。
「あ? んなのわかんねぇよ」
「教えてあげようか」
ろくでもない。そもそも、コイツはなんでそれを今まで黙っていたんだろう。
「君はね、感受性が強いんだ。逆に、マイケルは影響を与える力が強い。どっちも宝石に関してだけだけどね」
「……つまり?」
「あとは君たちが持っている石に聞いた方が早いよ」
Dははっきりとは物を言わないまま、またどこへともなく消えた。いつもこれだ。嫌になる。ジェリーは溜息を吐いて空を見上げた。腹の虫が唸り声を上げた。
「っくしょ……腹減った……けどまぁ、最近腹に無駄な肉付いてるし気を付けねぇと………」




