ローズクォーツの願望
結局、いつもより食欲のないジェリーと食事をしてからモーテルへと転がり込んだ。勿偽造カードで。
ベッドに自らの荷物を放り出して、中から荒塩を探し、部屋にある皿に大量にぶちまけ、ここ最近で随分分厚くなった資料をめくる。ジェリーは、ポケットからネックレスを取り出し、ぼんやりとそれを眺めていた。彼の大きな手の中ではやたらと小さく見えるそれ。すっぽりと手のひらに収まったそれを、ジェリーはぎゅっと握り締めた。
「ジェリー、それ貸して。とりあえず塩に入れておけば何か悪いものが入ってたら塩が溶けるから分かるでしょ」
「んー、あー……うん、そうだな。でもなんかちょっと気になることがあるから、後でもいいか?」
どこか薄ぼんやりとした口調。本当に体調でも悪いんじゃないかとマイケルは腰をあげ、彼の額に手を当てた。ジェリーの眉がきゅっと寄る。
「なんだよ」
「いや、なんか様子が変だから」
そうか? とジェリーは怪訝な顔をした。
「どこが?」
答えたところで、どこがおかしいのか、という顔をされる気がして、マイケルは黙り込んだ。別に、おかしいことじゃない。何か思うところがあるのかもしれない。マイケルだってそんな気分の時はある。いつもと違う曲が聴きたいとき、妙に落ち込んでる時、食べ物も喉を通らないとき、いっそ酒に溺れてしまいたいとき。
こんな異常な毎日の中、常にマイケルと行動を共にして、何者かも分からない相手から逃げて、よく分からない不可解な事件にわざわざ自分から首を突っ込まされて、おかしくならない方がどうかしている。
そう勝手に結論づけて、マイケルはしばらく様子を見ようと決めた。ジェリーの性格を考えたら大抵のことは一人で出来るだろうし、むしろマイケルが首を突っ込むのは嫌がるだろう。ジェリーにとって、マイケルなんて使えないやつでしかないのだから。
マイケルは、ペラペラと資料をめくった。心霊スポットなどと違って、曰くつきの宝石というのはなかなか情報が表に出てこないから非常に調べるのが難しい。今まで手にしたのも、何故か引かれるように手にしたものか、ジェリーがペンデュラムでダウジングしたかの二つだ。それらをメモして資料にしていってはいるが、だから何になるのだろう、といった感じだ。
ふと目にした宝石に関する不可解な話などは書き留めてあるものの、それもどこまで本当なのか怪しい眉唾物の都市伝説やオカルトが多い。どこまで正しく使えるのか微妙だ。
ガタン、と音を立ててジェリーが立ち上がった。彼はおもむろに風呂に向かっていった。そんなに風呂に入りたかったのだろうか、とマイケルはそれを見送り、再び資料に目を落とした。ローズクォーツなどは大した石じゃない。大抵恋愛成就や、女性に強く影響することで有名だが、大きな副作用が出ることも多くない。
「うーん……ジェリーが言うように、やっぱりたいして問題はないのかな……」
唸りながら、ジェリーは紙をめくった。ローズクォーツでの不調といったら、せいぜい石そのものと使う人間の相性が悪いか、もしくは前に使っていた人間の念がこもっていて波長が合わないかの二択位だ。性格が変わってしまい、しかしだからといって誰かに危害を加える訳でもないなんて、初めて聞いた。
悪いものだとしたら、頭痛に悩まされたり、不幸が起きたりするが、先程のマダムはそういうことはなく、ただただ奇妙だとだけ言っていた。心が踊り、まるで少女にでもなったみたいだと。それ自体が不気味ではあるものの、石に対しての抵抗はほぼ無いように見えた。
ふと、いつもはシャワーで済ますジェリーが風呂からなかなか帰ってこないことに気づく。
「ジェリー! どうかした? 水漏れか何かでも?」
椅子に座ったまま、ジェリーに声をかける。狭いモーテル内なら、簡単に声が届く。すぐに反響してくぐもった声が返ってきた。
「えー? 別になんもないぞ?」
にしては遅いじゃないか、何かいたずらでも仕掛けているのだろうか、とマイケルは怪訝に思いながら、資料を閉じた。
特にやることもなくなり、テレビをつけてぼんやりとしているとジェリーが風呂からあがってきた。
「ミック、出たぞ」
わしゃわしゃと髪をタオルで拭きながら、ジェリーがやってくる。そして、ぐでっとベッドに体を投げ出した。
「そのまま寝ると風邪引くよ」
「大丈夫だよ」
その怠惰な雰囲気は、いつものジェリーだ。マイケルは恐る恐る風呂へ向かった。シャンプーとボディーソープが入れ替えられていないかも確認したし、自分のタオルが濡れていないかも確認したし、蛇口が固定されていたりしないことも確認した。シェービングクリームと歯磨き粉が入れ替わってないことも確認した。ジェリーが思いつきそうなイタズラは大概確認したが、どこも細工がされていない。
マイケルは、恐る恐るシャワーを浴びたが、結局何のイタズラに引っかかることもなくシャワーを浴び、部屋に戻るミッションはつつがなく完了された。
部屋に戻ると、ジェリーは既にすやすやと寝息を立てていた。いつものように酒を煽ったりしている形跡もない。珍しいが、今日は昼間中、ほとんど運転しっぱなしだったし、最近の疲れも出たのだろう。
そういえば、あのネックレスはどこへやったのだろうか、と辺りを見回し、彼の放り出されたジャケットのポケットも探ったが、どこにあるのか分からなかった。出来ることなら今日中に塩の中に入れておきたかったのだが、見つからないものは仕方がない。既に夢の中にいるジェリーを叩き起すのも忍びないし、そこまで大事になることもないだろう、とたかをくくって、マイケルはそれを翌日に回すことに決めた。
昼間車の中で寝ていたマイケルはまだ眠気はそれ程強いわけではなかったが、ゆっくり休める日だって限られているのだし、と早めに寝ることを決めた。電気を消し、おやすみ、と答えぬジェリーに声をかけ、自らもベッドに横になった。




