ローズクォーツの願望
「それで、これが例の?」
「はい、そうなんです」
ぽってりとした体の女性がそっと出して来たのは、淡くて甘いピンク色のネックレス。華奢なピンクゴールドのチェーンの先、揺れているそれは、台座がレースのような透かしになっていて、繊細で柔らかい雰囲気を醸し出していた。中央に鎮座するその石は、とろけるようなピンクの上に艶やかなスターを煌めかせていた。
普段つけていても幼すぎない程度の大人っぽさと、同時に砂糖菓子のような可愛らしさを持つそれは、目の前のマダムが付けるにはいささか可愛らし過ぎるように思うが、家の中を見回せば成る程、納得する。
家のいたるところに、レース、リボン、フリルといった可愛らしいものが使われていて、色もパステルカラーやピンク、白といった可愛らしいもので揃えられている。小物もいささか少女趣味だ。しかも、甘い砂糖とバターの香りまでするんだから、あまりの甘ったるさにマイケルは窒息でもしそうな気持ちになる。
ジェリーも最初は眉を寄せてマイケルの顔を見てどうする、と言った顔をしてはいた。しかし、今やのんきにマダムの出したバターと砂糖たっぷりで出来ているであろう、真ん中に真っ赤なゼリーの乗ったクッキーをぱくぱくと頬張り、なんの遠慮もなく紅茶を啜っているのだから嫌になる。
「こちらは一体……」
「質屋で買ったの」
はぁ、とマイケルは気の抜けた返事をした。
「それで、買取してくださるの?」
尋ねる女性とマイケルの間に、ジェリーがスッと割って入った。口の端にクッキーの食べかすをつけて何を言っても説得力のかけらもないんじゃないか、とか、人の家でそんなに遠慮なく物を食べるな、とか言いたいことは色々あるがマイケルはただ口を閉じる。
「構いませんが、大した値にはならないと思いますよ。ローズクォーツは、珍しいものじゃあないし」
ひょいっと眉を上げて言う姿に、まぁ、という顔をするマダム。
「でも、こんなに綺麗なのに」
「マダム」
マイケルも、落ち着いた声で説得をする。
「だいたい、曰くつきで、早く売り払いたいんでしょう? 本当なら捨てるしかないものなんですから」
ね、と言うと、マダムもそうね、と少しだけ名残惜しそうに言いながら、そのネックレスをマイケルの前に置いた。
マイケルはそれを手に取り、眺めた。本来ならきっちりと器具なども使って鑑定するべきなのだろうが、もともと本当の質屋でもないし、目的も買取なんかじゃない。だからざっくりとそれ相応の値段を出して、マダムに伝えた。その金額に、一瞬ぴくりとジェリーの眉が動く。
「……質屋で買ったときはもっとしたのに……」
「処分、したいでしょう?」
にっこりと笑ってマイケルは尋ねる。マダムは溜息を吐きながらも頷いた。偽の書類にサインをさせ、金を払い物を受け取る。
「それでは、またなにか御用がありましたら」
にっこりと笑ってジェリーとマイケルはその少女趣味なお宅を後にした。
ジェリーは、きっちり着込んでいたスーツの襟から無造作にネクタイを引っ張り抜き、車の後部座席に放り投げた。ジャケットも同じように脱いで放る。
「また使うんだから、そんな風にしたら皺が残るだろう?」
マイケルは、投げ散らかされたそれを助手席から手を伸ばし、自分の膝に収め、せめて少しでもマシになるようにときっちり折り畳む。自分のジャケットやネクタイも同じようにしてから、先ほど買い取ったローズクォーツのネックレスを眺める。
「うーん、持つと人格が変わるネックレス、ねぇ。どう思う?」
「勘違いだろ……勘違いにあれだけ金出すとか、俺は反対だったんだけどな」
ジェリーがその眉をきゅっと寄せる。それはなんとなく察していた。けれど、万が一何かあったら困るじゃないか、とマイケルは首を左右に振る。
「俺達は金なんか全然ないんだぞ、分かってんのか?」
「それでもだいぶ安く買い叩いたろ。あの倍以上しても本当ならおかしくないのに。何もないなら質屋に売ったら金になるさ」
でも、と言う風にジェリーがむっとした顔をする。その気持ちは分かる。余計な寄り道をしている間に、またいつ狙われるか分からない。急ぐ旅とは言わないものの、早いところこの状況を解決して落ち着いた暮らしに戻りたい気持ちも分かる。
ようやく自分たちが狙われている原因が分かり、これから何をしなければいけないのか分からず焦る気持ちも分かる。
街を出るとき、彼からDの話を聞いた。彼の隠していたことはそれで全てだと言った。
Dは他にも何かを知っているという。ジェリーとマイケルはそれがいいのかも分からないが言われるがままにDの言う宝石を集め続けた。マイケルは彼を未だに見たことがなく、不審に思ってはいた。だが他にどうしたら自体を解決できるかなどわからない。しぶしぶ従わざるを得なかった。
いくつも宝石を集めた。Dの言った宝石も集めたし、それ以外の宝石に引き寄せられるようにしてぶつかることもあった。Dはそれをマイケルとジェリーの力だと言っていたが、二人にはそれが相変わらずよくわからないままだった。ただ、こうやって訳のわからないものにぶつかってしまうのは事実で、そうであったら困っている人や、悪化するかもしれない状況を放置しておくようなことは出来ない。
「俺たちの管轄外だろ」
「いざって時のためにだよ」
分かるだろ、と視線を移せば、やれやれ、と口をひん曲げて天井を仰いでいた。別にジェリーも本当の意味で薄情ではないし、どちらかといえば誰かの為に頑張ったりすることが嫌いなタイプではないんだということは分かるが、合理的であるが故に、どうにも中途半端なものは全て切り捨てる傾向にある。
それがいい方に働く時もあれば、悪い方に働く時もある。お互い性格が違うからこそ見えることがあるということがわかってきた今、苛立つことは減った。けれど相変わらずぶつかる日々。
マイケルは肩をすくめながら、手元のネックレスをもう一度眺めた。なんの変哲もないローズクォーツはマイケルの手の中でキラキラと輝いている。
「つけたら若返るような気持ちになって、積極的になる石、ねぇ……周りが人が違った、というレベルってことは何かあるのかな」
「確かめようがないな」
どうするんだ、おい、というような顔をしてジェリーが見てくる。訳のわからない宝石の対処もだいぶ慣れてきた。
「えーと……塩とか、どう? 悪いものが入ってたりすると溶けるし」
地道だな、と言いながらジェリーがこちらに手を伸ばす。はい、と運転をしているジェリーの手のひらにそのネックレスを渡すと、彼は運転に支障が出ない程度にそれを眺めた。ジェリーの方が、マイケルよりもそういうモノに対する直感は鋭い。何かわかればいいのだが。
「さっきも見たけど、特に良くもなく悪くもない石だな。まぁ、石に籠るモノってのは質じゃないが」
ちゃりちゃりとそれを弄ぶ。
「……こんな可愛いらしいネックレスの似合う美人とファックしたいもんだぜ」
最近ご無沙汰だ、と肩をすくめるジェリー。彼の女好きは、今に始まったことじゃない。彼は、そのネックレスを無造作にポケットにしまいこんだ。
「おい、ジェリー」
ひょいっと眉を上げるジェリーに、マイケルは眉を寄せた。
「危ないって? 大丈夫だろ、どうせどうやって持ってたとしても、俺達が持ってなきゃならないことに変わりはないさ!」
でも、と言い募ろうとするマイケルの電話がタイミング悪く鳴る。電話番号は姉二人にしか教えていないから、基本的には必ず出るようにしている。画面にはレベッカの名前があった。
「はい、もしもし?」
『ミック! 元気!?』
元気だってば、と返す姿をジェリーはにやにやと笑って見ている。やめてほしい。いい年になってずっと姉に心配されているのはどうにも気恥ずかしいものだ。
「そっちは? メグも元気? コールに迷惑かけてない?」
『メグも元気よ! 私がコールに迷惑かけるわけないじゃない! あ、ちょっとコールに代わるわね』
姉の声が遠くなる。代わりに、落ち着いた男の声が電話の向こうから聞こえてきた。
「コール、レベッカをいつもありがとう。僕は元気だよ」
『いいんだよ。君たち二人とも両親を亡くして、更にマフィアに追われて、そんな年でもないのに苦労して……私ができることならなんでもするからね。何もできなくてすまない』
コールの穏やかな声に、申し訳なさでいっぱいになる。全てを解決したあかつきには、なんとかこの恩に報いなくてはならない。ありがとう、ともう一度お礼を言って電話を切った。
さて、ジェリーとの話に戻るか、と向き合おうとするが、電話が切れた途端ジェリーはつまみを捻り、かかっている音楽の音量をぐいっと上げる。しかも、声を上げて歌いだす。聞く気がないこと、の表明だ。やれやれ、とマイケルはそれ以上言うのは諦めて、ゆったりとシートに背中を預けた。ジェリーの明朗な声が鼓膜を揺らす。車の振動と音楽の心地よさに、マイケルはうとうとと瞼を下ろしていった。
あれ、と、微かな違和感にマイケルは目を覚ました。モーテルにでもついたのかと体を起こすが、車は相変わらず動いたまま。いつもと同じむさくるしいでかい男の二人旅。けれど確かに感じる違和感に、辺りを見渡すが、何もおかしいところはない。
「あれ、ジェリー、珍しいじゃないかこんなセンチメンタルな曲」
ん? とジェリーが首を傾げる。
「なんとなくだよ」
なんとなく! マイケルは目を見開いた。いつもはマイケルが好きな音楽をかけるのも嫌がるというのに、こんなオセンチで道徳的な曲をなんとなくでかけるなんて! 今日は雨でも降るんじゃなかろうか。
まぁいいか、マイケルはどちらかというとこういうありがちなバラードとかの方が好きだ。ロック等が悪いって訳じゃない、たまにはいいだろ、というあれだ。
「ところで、ご飯どうする?」
「あぁ、うん……」
なんとなく煮え切らない返事に、おや、とマイケルは首をかしげる。あの、いつだって食い意地が張っているジェリーが、車に乗っていようがいまいが、マイケルよりも先に食事だけはしっかりと要求するジェリーが、煮え切らない返事だなんて。雨どころか雪で降るんじゃないのか。
「何がいい」
「とりあえずサラダ」
嘘だろ!! 肉、オイル、砂糖、そんなのばかり口にしてるジェリーがまさかのサラダ!! ドーナツやバーガー、パイやホットドックじゃなくていいのか!?
「……ジェリー、早くモーテルに行こう、ちょっと熱があるみたいだ」
「大丈夫か?」
大丈夫じゃないよ、とマイケルは再びシートに沈み込んだ。違和感の正体は簡単だ、ジェリーが、おかしい。




