サンストーンの安寧
慣れた町を、人目を避けて歩く。昼間の町はこれ程ピリピリしながら歩かねばならないものだっただろうか。物音ひとつ気にかかる。最近ずっとそうだ。音が、光が、声が、小さな一つ一つが気に障る。だからモーテルで寝ていても全く寝た気がしないくらいだった。
それくらいなら、マイケルの運転する助手席の方がまだ落ち着いて眠れる。
ナンパした女と一発やって、そのまま眠ることもあったが、彼女が起きる音や寝返りを打つ揺れでいちいち浮上してしまって朝方にはすっかり疲れて車の中で眠りこけることになるのが常だった。
だから、今日は馴染みの方がいい。ミランダの家のドアを叩く。
「もー……なによこんな時間に……」
昨日客と遅かったのか、眠そうな目をこすりながらミランダが顔を覗かせた。そして、ジェリーの顔を見た瞬間、化粧をしていないと少し小さく見える目を大きく見開いて、それからジェリーの腕に腕を絡め、全体重をかけて部屋の中に引き込んだ。
物凄い力に、ジェリーもよろけながら部屋の中に踏み込んだ。後ろでバタンと扉が閉まる。
「ちょ、ミラ……」
「あんたこんなとこで何してるの!?」
とんだ言われように、ジェリーは口をへの字に曲げた。折角会いに来たのに、とむくれるとミランダが両手を広げて肩をすくめた。
「ほんともう、子供っぽいんだから。別にあなたに会いたくなかった訳じゃないのよ」
目を伏せる彼女のまつげはいつもより短い。まだ外に出るような時間ではないから、いつものようにぱっちりとしたまつげもついてないし、赤いルージュも塗られていない、勿論目を縁どるキラキラしたアイシャドウも。化粧を落とした彼女は、どちらかというと素朴な可愛らしさを持っているから、ジェリーは実はそのすっぴんが嫌いじゃない。
「なんかマフィアが嗅ぎまわってたわよ。それで。あなた、今まで私に何の連絡もしなかった癖に。今更突然現れて、ねぇ?」
恨みがましい目で見られる。ジェリーもいつもの調子が戻ってきて、にやりと笑う。
「なんだミランダ、俺がいなくて寂しかったのか?」
「馬鹿じゃないの、この女たらし」
そう毒づきながらも、ミランダの口元は笑っている。お互いこんな場所で生きていると、いつの間にか死んでいる、ということも有り得ない訳ではない。皆会えない日々を思うより、会えた時を楽しむ、そういう生活を送っている。
その柔らかい体を後ろから抱きとめる。その髪に顔を埋めると、香水もつけてないはずなのにふわりと甘い香りがする。
「……JJ?」
「……ダメか?」
柔らかい体を抱きとめると、しょうがないわね、と言いながらも後ろに腕を回し、華奢な指を頬に、首に這わせてくる。綺麗に塗られた爪はジェリーの肌を傷つけることなどせず、触れるか触れないかの距離を保ち、その硬さを感じさせない。
「……夜、仕事は?」
「貴方が夜まで私の時間を買ってくれるんじゃないの?」
くすくすと笑いながら彼女はジェリーに向き直り、腕を絡めキスをした。ついばむようなものから、徐々に深くなっていく。
ベッドに倒れこみ、キスを楽しむ。その体に指を這わせれば、沈む指に彼女の柔らかい肉体を感じられる。いつまでそうしていただろうか。彼女が何かを察したように、くるりとジェリーと位置を変えて馬乗りになる。
彼女は手のひらでジェリーの頬を撫でると、そっとジェリーを抱きしめた。いつもは強気にきりりと引かれた眉は、今は優しく弧を描いており、その眉尻がさらに下がる。こういう顔をしているとき、娼婦などをしている彼女も、まるで母のような顔をするのだなぁとジェリーは女性という性に妙な感動を覚えるのだ。
「いいわ、抱いてあげる」
柔らかい胸に包まれ、ジェリーは深く息を吐きながら目を閉じた。彼女はいつだって、何も聞かない。本当にいい女だった。いつかなんとなく子どもなんかが出来たりして、よくわからないながら愛を育んだり、ちっぽけな幸せを感じたりしながら生きていくんじゃないかと思っていた時もあった。
けれどこの体温も、柔らかさも、優しさも、今はどこか非現実的に思える。なんだかとても遠いところに来てしまった気がした。




