サンストーンの安寧
体を起こすと、既に日が燦々と照っていた。ハッとして周りを見渡すと、マイケルよりも先に寝たジェリーは未だに眠っている。もう片方のベッドは相変わらず空のまま。
昨夜は賑やかな声がした下の階は今や静まり返っている。ミルクの礼を言おうと、マイケルはカップを持って下の階へと降りた。階下には床にモップがけするケヴィンがいた。彼はマイケルを認めると、彼はにっと笑った。
「おはよう、よく眠れたようだな」
「うん、こんなに寝たのは久しぶりだ。昨日はホットミルクありがとう」
ひょい、とカップを上に上げれば、彼は笑みを深くした。モップの柄の上に肘を載せてもたれ掛かり、もう片方の手でシンクを指差す。カウンターの裏側は、普通のバーには珍しくコンロが設置されている。そういえば、はじめてやってきた時もここで彼が朝食を作ってくれたんだっけ、と思い出す。
「ま、俺の居住空間でもあるし、場合によっては適当に食いもんも出してるからな」
何か食うか、と尋ねられる。そこまで世話になるわけには、といつもなら横に振っていたであろう首を縦に振る。
「ありがとう」
彼の好意は素直に受け取り、いつか返せる時に返すのが筋な気がした。ケヴィンはモップをその辺の椅子に立てかけて、側にやってきた。冷蔵庫をガバリと開けて、いくつか食材を取り出す姿をマイケルはぼんやりと見ていた。
「ほら、そっちで座って待っとけ」
カンカンと慣れた手つきで彼は卵を割って混ぜていく。マイケルはカウンターの表側に回り、スツールに腰かけた。ケヴィンの作業を眺めながら、マイケルは今日一日の流れを頭に思い浮かべていた。この町に滞在できる時間も限られている。少ない時間の中でできることを全てやってしまいたい。
「お前らいつまでこっちに?」
「数日だよ。その間悪いんだけど二階で一緒に寝かせて欲しいんだ」
ケヴィンはやれやれ、と言った風に頭を振った後に、いいよ、と返した。嫌そうな顔を作ってはいるが、あくまでジョークであることはすぐに分かった。
「ま、Jの世話は今にはじまったことじゃねぇしな」
そう言いながら彼はフライパンを振った。空中を狐色の塊が舞う。彼はふんわりとしたそれを白い皿に乗せると、ジャムをたっぷり上にかけてずいっと差し出した。受け取ったパンケーキは、バターの香りがした。
「まだ起きてはこないと思うが、あいつが来るとうるさいから、とっとと食っちまえ」
「あ、うん。ありがとう。Jほんとよく寝るしよく食べるもんなぁ……」
ケヴィンが目を瞬かせた後、ひょいとその凛々しい眉をあげた。
「あいつ、そんなによく寝るのか?」
「朝とか毎日起こすの大変だよ。最近は布団から蹴り出してる」
そう言うと、そうか、とどこか楽しそうに言った。彼のその態度に、マイケルは不思議に思いながらパンケーキを口に運ぶ。パクリと一口。厚い生地の中にはバナナがゴロゴロと入っている。パンケーキ自体とバナナの甘味を、かかっているジャムの甘酸っぱさが中和して食べやすかった。
「Jと上手くやってるようでよかったよ」
ケヴィンの言葉に、喧嘩ばかりだよ、とマイケルは返して肩をすくめた。
ジェリーが目を覚ましたのは、太陽が既に真上を超えた頃だった。隣のベッドには誰もいない。そんな時間なのか、と時計を見ておぅ、と声をあげる。予想以上の時間だった。寝すぎて逆に重たい体を少し動かしてほぐす。久しぶりによく眠れたが、それにしても寝過ぎだった。
「ケヴィーン、おい、いるんだろー」
トントンと階段を下りて行けば、ケヴィンがグラスを拭いていた。酒瓶が並ぶその棚に、実は銃やら爆弾やらきな臭い物も収納されていることをジェリーはよく知っていた。
「うるっせぇよ、J! どんだけ寝るんだお前は!」
「いいだろ、別に。ところで飯くれよ」
ケヴィンが明らかに嫌そうな顔で天井を見た。なんで俺が、とか言いながらも作ってくれるのを知っているので、しれっとスツールに腰掛けてカウンターに肘をつく。溜息を吐きながら、彼はフラインパンを出した。ほらな。
「久しぶりだな、J」
「おう。おかげさまでなんとか生きてるぜ」
サンキュ、と言うとケヴィンは軽く肩をすくめた。なんだかんだで、ケヴィンに全面的にバックアップしてもらっていなかったらJとマイケルはとっくに死んでいる。「まー、落ち着いたら金は返すからさ。とりあえずあちこちでイカサマして勝った分多少置いていくから……」
「要らねぇよ」
ケヴィンが声を遮る。彼は作り終えたスクランブルエッグとトーストを皿に並べると、ジェリーの前に置いた。そして自分も椅子に座って頬杖をつく。
「なぁ、お前大丈夫か」
「何が?」
知らんぷりしてジェリーは口いっぱいにトーストを頬張る。バターの香りが口内にふわっと広がる。分厚い食パンは、表面はカリカリで、中はもっちりとしていて最高だ。夢中で食らいつきつつもチラ、とケヴィンを伺う。
彼はすぅっと目を細め、眉を寄せていた。いつも陽気な顔をしているから忘れるが、そうやって真面目な顔になると威圧感がすごい。長年見てきた顔なので怖がることなどはないが、相変わらずだな、と苦笑いがこぼれる。
「お前はいつだってそうやって全部自分で抱え込むだろう。どう考えても出会ってすぐの相手とマフィアに追われる生活がストレスじゃないはずない」
「そりゃあ! あんなお坊ちゃんと過ごすのは」
「J」
ケヴィンがジェリーの声を遮る。
「お前はもうちょっと人に頼れ。おどけてばかりいないで、ちゃんと伝えてくれりゃあ俺だって……」
「安心しろ俺は元気だ。坊ちゃんの面倒はダルいができない訳じゃない。まぁなんとかなるさ」
なおも何か言い募ろうとするケヴィンが口を開く前に、ジェリーはそんなことより、と話を切り出す。この町に戻ってきた一番の理由だ。
「親父の死亡証明書を作ってくれ」
できるだけライトに、ポップにを心がけた。しかし、ケヴィンはその目を大きく見開いて、そして先程よりもさらに険しい顔になった。いい男が台無しだぜ、なんて茶化したら怒られそうだからやめた。
「……いいのか」
「いいんだよ。いなくなって十年以上だぞ?」
今更だ、と肩をすくめるジェリーを痛ましいものを見るようなケヴィンの目線が鬱陶しい。まるでジェリーが可哀想な人間みたいな、そんな顔を。やめろ、やめてくれ。
「辛気臭ぇ話はナシ! いいから作ってくれよ!」
な、と言いながら残りの食パンを口に押し込む。もぐもぐと口を動かしながら椅子から立ち上がる。面倒くさい話はこれ以上したくない。せっかく落ち着ける環境に戻ってきたのだ、少しはゆっくり休みたかった。
「おい、J」
「ミランダんとこ行ってくる」
振り返りもせず、ひらりと手を振る。ケヴィンの大きな溜息が聞こえてきた。説教は真っ平御免だったし、付き合いが長いとはいえ、何から何まで自分をさらけだすことはできなかった。




