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Duel×Jewel  作者: 明巣
アクアマリンの行方
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21/33

アクアマリンの行方

うつらうつらと眠りから浮上したりまた沈んだりを繰り返すうちに、朝食というにはすっかり遅れた時間になっていた。当然、モーテルに戻ってみるとマイケルの目は完全に釣り上がっていたし、寝ぼけた頭で慌てて帰ったせいで朝食は買うのを忘れているし、踏んだり蹴ったりである。結局、二人で慌てて待ち合わせに駆け込むことになってしまった。

カランカランと入口のベルが鳴る。店内を見渡すと、ランチタイムにやってきた客が割と多くいた。今日はマスターだけでなく何人かの従業員も出来上がったサンドイッチやバーガーを持って店内を歩き回っている。

マイケルが背伸びをして奥の方まで眺め、それからジェリーの方を向いてふるふると左右に頭を振る。どうやら奥の方にもアビーの姿も男の姿もないようだ。待っていたらいいのだろうか、とカウンターに歩み寄ると、二人に気づいたマスターの顔があがった。

マスターは、洗い物をする手を止め、エプロンで手を拭いた。一枚の紙をポケットから取り出すと、それをすい、と机に置く。

「ああ、お前たちか。さっきアビーの知り合いとかいう男が来てこれを渡していったぞ。なんだなんだ、まさか婚約者と彼女をかけて決闘か?」

「いや、そんなつもりはないんだけど……」

からかい混じりのマスターから、マイケルが困った顔をしながらその紙を受け取る。ぴらり、とそれを見るとそこにはどこかの街の名前が載っていた。

「……? 住所?」

首を傾げるマイケル。どれどれ、と、マスターがカウンターの向こうから身を乗り出し、手元を覗き込む。白い紙に書かれたその文字を読み上げてから少し肉の余った顎を撫でる。

「街の外れの廃工場だな。よ、色男。まさか、密会か?」

曖昧にマイケルは笑った。ジェリーも肩を竦めて誤魔化すが、内心はそんな愉快なものじゃない。正直焦っていた。

まさか、誘拐されたアビーを助けに行くんです、とは言えない。下手に警察を呼んで犯人を刺激してもまずい。だいたい、ここを指定したのに伝言だけ、というのは廃工場に罠がしかけられている可能性も高いし、警察を呼ぶことを防ぐという向こうの意図もあるだろう。

明らかに危ない。だからといって、行かない訳にもいかない。マイケルの手元からジェリーはその紙を掻っ攫った。

「しょうがない……行くぞ、ミック」

「……しょうがないね。まぁ、僕は適当に近くでご飯食べてから来てるけど、ジェイは大丈夫なの?」

しれっと言い出すマイケルのケツに、一発蹴りを入れる。

「はぁ!? 食ってるのかよ!」

あいてて、と尻をさするマイケルは、当たり前だろ、という顔をして頷く。蹴られたこと自体釈然としない顔だ。

「あんまり遅いから自分で買って食べたよ。当たり前だろ?」

オーウ、と言いながらジェリーは顔を覆った。しかも、そうやって言われてしまうと空腹を強く感じてしまう。ぐぅ、と腹の虫が鳴った。

店内を見渡すと、更に人が増えている。もし、このままここで注文をして一服してから紙にかかれた場所に向かったとしたら、随分と遅れることになりそうだ。

「……途中で、なんでもいいから食えるもの買うぞ」

また食いっぱぐれるのはゴメンだし、エネルギー切れの状態で決戦の場、というのは避けたかった。とりあえず、カロリーを摂取して脳と体を働かせたかった。



「だからってさ、チョコバーとポテトチップス買ってくるやつがいるか?」

ジェリーがもそもそとチョコレートバーを貪りながら呟いた。マイケルの方まで甘ったるい香りがしてくる。マシュマロとナッツが入っていて、エネルギーにするにはバッチリだった。むしろカロリーが高すぎるくらいだろう。

「できるだけハイカロリーなものって頼んだのはジェイだろ」

「普通に考えて飯ってわかるだろ。あと飲みものナシは口の中が乾いてやばい」

ジェリーは口の端についたチョコレートを拭いながらぶつぶつと文句を言う。最近適当なことを言って散々マイケルを馬鹿にしている仕返しだ、とマイケルは鼻を鳴らした。

せめてもの優しさで、腹に溜まるものをチョイスしただけ褒めて欲しいくらいだ。正直、マイケルからしてみたら見ているだけで胸焼けがしそうだし、ポテトチップスをまるっとひと袋開けようとか思えないし、そこから更にチョコレートバー丸かぶりとかなんてできない。

ネズミやリスなどの齧歯目のように頬を膨らませて食べている様子は、彼がいつもナンパしている女性たちには見せられないような間抜けな顔だ。

「ナイスガイが台無しだぞ?」

「俺はいつでもキュートでプリティーな男だぞ」

口をもぐもぐさせながら喋る姿に、肩を竦めた。本当に緊張感がない。やってきた廃工場は、既に煙を吐き出さない煙突や唸り声を上げていたであろう機械やタンクがたくさん転がっていた。すぐ横には、投棄された廃車が山ほど積み上げられている。

「……さて、どこにいるんだろうな」

袋をくしゃくしゃにして放り投げ、ジェリーが真面目な顔になる。マイケルの気持ちもきゅっと引き締まった。周りを見ても、人の気配はない。後は、工場の中か、扉を前にジェリーと目を合わせる。彼の手は自らの服の下、銃にしっかりとかけられている。マイケルも既に銃を抜き、握りこんでいた。

鉄の塊を握る手がじっとりと汗ばんでいる。二人で目を見合わせ、ごくりと生唾を飲み込む。大きく息を吸い込んで、それから吐き出す。ピリピリとした緊張感の中、二人はぐっと扉にかけた腕に力をかけた。

軋んだ音とともにドアが開き、錆びた鉄の匂いが鼻を突いた。扉の向こうに、ジェリーもマイケルもすかさず銃を構える。そこには、昨日の男と、椅子に座らされたアビー、その他にも何人か銃を持った男がいた。

「やあやあ」

アビーは猿轡をされ、目は泣き腫らして赤いものの、見たところ何もされていないようだ。

「おい、早くその子を返せ!」

男に向かってジェリーは叫んだ。

「ダメだ。とりあえず銃を置くんだ」

銃口はアビーの頭を狙っている。マイケルは地面に銃を置く。ジェリーは一瞬躊躇った。その躊躇いを見た男が、アビーの頭に銃口を擦りつける。アビーは猿轡をされたまま、くぐもった悲鳴を上げ、体を捩らせた。

その悲痛な叫びに、ジェリーは歯噛みし、男に促されるままに渋々地面に置いた。

「両手を上に上げろ」

二人とも、言われるがままに両手をあげる。周りにいた男たちがマイケルとジェリーに近づき、銃を蹴り飛ばし、そして銃を突きつけた。たった二人にここまでしなくても、と思う。

「なぁ、これでいいだろ、その子を返してやれよ」

ジェリーが忌々しそうに言う。マイケルも頷くが、男は首を振る。何が目的なんだろうか。

「お前たちには聞きたいことがあるからな。大人しく吐いたらこの女を無事に返してやるよ」

聞きたいことってなんだ。全然検討もつかない。この前のアメジストが欲しいなら、別にすぐにでもくれてやるから、この状況から脱出したかった。マイケルとジェリーは相手の出方を伺う。銃を手放してしまった二人は、なすすべがない。

「指輪は、どこだ?」

「アメジストの指輪のこと? すぐに返すから……」

「違う」

マイケルが尋ねると、言い終わる前に男は食い気味に否定した。ではなんのことなのだ。全く思い至るところがなかった。ジェリーがうんざりしたような顔をして天を仰ぐ。

「ならラピスラズリか? お前らの仲間も言ってたけど、俺たちはそんなもの持ってないぞ」

そんなことはマイケルは言われた覚えがない。いつ言われたのだ、と言う思いを込めてマイケルはジェリーの顔を見る。彼はしまった、という顔をして、ばつが悪そうに視線を逸らしながら言った。

「街を出る前、出くわしたんだよ、別に言う必要なんかないだろ」

「なら話は早いな。そういう訳だ、ラピスラズリの指輪と、水晶の指輪、お前たちは持ってるはずだろう」

はぁ、とマイケルとジェリーは二人同時に呟いた。身に覚えがなさすぎるのだ。例え人質を取られて脅されても、ないものはない。

男は、またグリリとアビーの頭に銃を突きつけて脅してくるが、どうしたらいいのかさっぱり分からなかった。

「水晶なら、父さんが持ってたけど……お前たちがレベッカから奪ったんじゃないのかよ」

レベッカが持っていた水晶の指輪はなくなっていたと言っていた。彼らの仕業ではなかったのか、と不審に思う。

「あれは偽物だ。しらばっくれるのも大概にしろ」

男が苛立つ。埒があかなかった。心底困り果てながら、ジェリーとマイケルは苦い顔をしていた。とうとう周りにいた男の銃口がジェリーとマイケルの頭に突きつけられた。

「女と一緒に死にたいのか」

死にたいはずがない。背筋を冷たい物が流れていく。

「しょうがねぇなぁ。なら、一発ずつ入れていくか」

マイケルの隣にいた男がマイケルの頭に当てていた銃を肩に当てた。えっと思った瞬間に、マイケルの体が傾いだ。

バン、と乾いた音がすぐ傍で聞こえる。どさり、と落ちた体に被さる体温。すぐ耳元で聞こえる呻き声。回した手に触れるぬるりとした感触。

「ジェリー?」

「そんなにこいつが大事なら、早く吐くんだな」

腕を掴まれ、マイケルの上から無理やり退かされる。その顔は苦痛に歪んでいる。掴まれた方の腕は、血を流している。

事態を飲み込むよりも早く、マイケルもまた腕を掴まれ、立たされる。再び肩口に当てられる金属。ジェリーが何かを叫んで暴れている。彼をなんとかするためにその太ももに向けられる銃口。

アビーの泣き叫ぶ声。がたがたと鳴る椅子の音、彼女の頭に当てられたままの銃。

「……やめろ」

 押し殺した声。

「指輪のありかを吐いたらな」

男の指に徐々に力が入っていく。その手をマイケルは無意識に掴んだ。

「やめろ!!!」

バチッ

激しく電気が爆ぜたような音。男たちの手から弾かれたように銃が離れていく。目を見開いたジェリーが走り出す。彼の指が愛用の銃に触れる。

カシャン、カシャンと音を立てて男たちの銃が地面に落ちた。その音と共に我に返った彼らが銃を拾おうとするより先に、ジェリーが彼らの手を撃ち抜く。マイケルは男の手から離れた銃を持ち直し、目の前の男に足払い、倒れゆく男のことなど目もくれず、アビーの頭を狙っていた男に銃を向けた。

銃を落とした男は、それに気づいて拾おうという姿勢のまま固まった。マイケルの指が引き金にかかる。アビーの怯えた顔が視界に入った。

「マイケル!」

ジェリーの呼び声と共に再び銃声。銃を拾おうとした男が崩れ落ちる。びくりとして、引き金にかかった指が動きを止めた。ジェリーは倒れ込んだ男たちにもう何発か食らわせ、それからアビーに駆け寄った。その姿をマイケルは放心したように腕をだらりと垂らして見ていた。全てが遠くに聞こえた。

「ミック! ぼけっとしてないで手伝え!」

ジェリーの声に、ハッと我に返ったマイケルは慌てて駆け寄り、アビーの縄を解くのを手伝った。ジェリーは彼女を抱えあげ、走り出す。彼女の手は強くジェリーの首に回され、力がこもった指先は真っ白だった。

急いで車に飛び乗って、法定速度などとうに超えたスピードで走らせた。

「なんなの! ねぇ、なんなの」

後部座席、彼女が半狂乱で叫ぶ。

「悪い、巻き込んだみたいだ」

 痛みでだろう、脂汗を滲ませながらも冷静にジェリーが答える。

「何に!?」

「……僕たちも正直よくわからないんだ」

半ばヒステリーのように彼女はマイケルの乗っている座席を後ろから蹴り飛ばした。衝撃で揺れる。ジェリーが眉をひそめ、おい、とだけ呟いた。

「もう、もう嫌よ! これも全部ピアスのせい、これがなければ貴方たちとも関わらなかった、巻き込まれることもなかった!」

彼女が自分の耳元に飾られたアクアマリンを引きちぎるようにして取った。そうして毟り取ったそれを大きく振りかぶり、投げたものがフロントガラスに当たって落ちる。

「貴方たちの顔なんて、二度と見たくない!」

そう彼女が叫んだとき、車は町の警察署の前に止まった。

「……もう、二度と顔は出さないよ。気をつけて」

彼女はドアをバタンと大きな音を立てて閉めた。車内に残るのは、ぜぇぜぇと言うジェリーの荒い息だけ。

「ジェリー、運転させてくれ」

彼は黙って頷き、車から降りた。マイケルは左にずれ、ハンドルを握る。この車を運転するのははじめてのことだった。

彼は撃たれた腕を抑えてシートにもたれかかっている。全てマイケルのせいだった。彼はマイケルを庇って怪我をしたのだ。

「……ジェリー、ごめん」

「どうせどっちかが撃たれてた」

違う。マイケルが撃たれるべきだった。男たちはマイケルを狙っていたし、足でまといのマイケルが傷ついたほうがよっぽどよかったはずだった。きっとジェリーだけならうまいこと口先八丁で乗り切っただろう。

「でも、僕がジェリーとアビーを、巻き込んだんだ。水晶の指輪も、うちの父がしてたものだし」

「うるさい、黙って運転しろ。さっさと街を出て手当てしたいんだ」

そう言って、彼はそっぽを向いた。マイケルはただ唇を噛み、前を向くしかなかった。

「……そういえば、さっき奇跡みたいだったな」

「……え?」

奇跡。普段はジェリーの口から出ないような言葉に、マイケルは目を瞬かせた。奇跡、なんのことだろうか。

「あいつらが皆そろって、銃を落として、何が起きたのかよく分からなかった」

ジェリーには、あのとてつもない音が聞こえなかったのだろうか。あの音はなんだったのだろうか。あれは、奇跡の音だったのか。

「なんだったんだろうね」

「……さあな、でも俺たちは生きてる、それでいいだろ……」

「……そうだね、ジェリー」

「ジェリーはやめろ」

そう言って、彼は目を閉じた。彼の眠る姿を見るのははじめてだった。よほど眠いのだろう。マイケルは口を閉じ、運転に集中することにした。



二人は出来るだけ遠くに逃げるため、へとへとになりながらも車内で寝ることを選んだ。マイケルが寝ているのを見届けて、ジェリーはそっと外へと出た。

カチリ、とライターを弾く。タバコに火をつけ、一息ついた。

「ジェリー」

「来たか」

ジェリーはふぅ、と紫煙を吐き出す。足元から顔を上げれば、目の前にDが立っていた。彼の目は嬉しそうに弧を描いている。

「ほら」

アクアマリンのピアスを差し出す。彼はそれを受け取ることはせず、にこにこと笑っていた。

「いいや、それは君が持っていてくれればいい」

はぁ、と怪訝な顔をしているジェリーに彼は何かを投げて寄越した。慌ててジェリーはそれを手にする。冷たい感触。

「君の父親の金庫の鍵だ。死亡証明書とそれがあれば開けられるよ」

じゃあ、と消えようとするDをジェリーは呼び止める。

「おい、今日のアレ、お前か?」

「ん? アレ?」

彼はいつもと違い消えてしまったりはせず、素直にジェリーの求めに応じた。その顔は不思議そうだ。

「男が、銃を落としたやつ」

そう言うと、彼は得心がいったというように、あぁ、と呟きけらけらと笑った。

「あれは、俺じゃない」

なんとなく含みのあるソレに、ジェリーは眉を寄せた。彼は、その正体が何か分かっていて伏せているのだ。

「君が聞きたいのは、指輪のこと? マイケルのこと? それとも君の父親のこと?」

くすくすと可笑しそうに笑いながら、Dは首を傾げた。ジェリーはその問いに答えることができなかった。自分でもどの答えが正解なのかよくわからないのだ。

本当ならば、指輪のことを聞いて、この現状を終わらさなければならないのだろう。しかし、ジェリーの口はそうとは言わなかった。

「俺の指定した宝石を持ってきてくれれば、全部、そのうち教えてあげるよ。それまで君の大事なマイケルを守ってやるんだよ」

Dはそう言うと、いつものように最初から何もなかったかのようにすっと消えた。ジェリーは、ぼんやりと夜空を見上げる。

全ての元凶はジェリーなのに、マイケルを巻き込んでいることを告げないことに罪悪感はなかった。ただ、そんな卑怯な自分に嫌悪感を覚えることを止めることはできなかった。


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