アクアマリンの行方
車の元まで全力疾走で戻った二人は息を切らしながら乗り込んだ。
「見つかったのか!?」
「いいや、多分大丈夫! でも、車に乗ってたやつは間違いなく、僕を攫おうとしてた男だった……!」
わかった、とだけ返してジェリーは車を出した。車に乗ってしまえば、早いものだ。あっという間に街は遠ざかっていく。
自ずと力の入っていた体から緊張が解ける。マイケルはドサリと音を立ててシートに背中を背を預け、天井を仰いだし、ジェリーも知らず知らずにハンドルを強く握りしめていた手の力を緩める。こんな運転じゃレディもヘソを曲げちまう、最悪のエスコートだと、ハンドルをそっと撫でる。
気が緩んで、片手をポケットに突っ込むと、手のひらにカサリとした乾いた感触。そういえば、と取り出し、チラリと一瞬伺う。
見覚えのあるその字は、確かに父の物。何故あんな男が持っていたのか分からないが、それを尋ねる前に彼は消えてしまった。
そういえば、彼は何か言いかけていたな、そう思うが、きっと追っ手が来ていることでも教えたかったのだろう。そう都合よく解釈する。あの悪魔が何をしたいのかはジェリーにはさっぱり検討もつかないが、とりあえずのところジェリーとマイケルの手助けをしてくれているらしいことはわかった。ということは、これもまがい物ではなく本物のはずだった。
ジェリーの思考を、マイケルが遮る。
「そういえばさ、結構宝石と見るとジンクスをつけたがる人って多いよね」
「例えば?」
「これをつけてるといい事が起きる、とか、運勢がアップする、とか、またはその逆とか」
まぁ、よくあるよな、とジェリーは頷く。それを売り文句にするアクセサリーショップだってあるくらいだから、当たり前だ。それに、ジェリーは父親が宝石を加工する前に塩を撒いたり月光に当てたり、セージを焚いたり、そういったことをしていたことを何度も見ている。
実を言うと、ジェリー自身、宝石を見てなんとなく気持ちが悪かったり、居るはずもない誰かの影が映ったりというのを何度か見ている。
ジェリーは決して信心深い性質ではなかったが、なんとなく宝石に関して全くそういうものがないとは言えなかった。
何より、最近突然現れては消える悪魔がいるせいで、非現実的なアレソレが実に現実的に感じてしまうのだ。
「……あぁ……それがどうかしたのか」
適当に誤魔化して尋ねると、マイケルは答えた。
「隣に座った女の人がつけてたピアスが……とても綺麗な水色だったんだけど、綺麗だけど悪いことが続くんだってさ」
そういえば、Dはアクアマリンがどうとか言ってたっけ、と思いながらも既に街を後にしてしまったところだ、どうしようもない。そう思いながら、手元で弄んでいた紙を開いて盗み見る。
そこには父の字で、住所と場所の名前が書いてあった。それは、ジェリーの慣れ親しんだ街の銀行の名前だった。そしてその下には、Dからの伝言。
「……っ」
「ジェリー、どうかしたの?」
「戻るぞ」
はぁ、と声があがる。ジェリーはキキッと路肩に車を停めた。マイケルを真っ直ぐに見て言う。
「急用だ。戻るぞ」
「馬鹿じゃないのか! さっき言っただろ、もう追っ手が来てるって!!」
「じゃあ、お前はさっき話してた女性が明日死んでもいいのか!?」
マイケルの文句を言おうとしていた唇が、ぴたりと止まる。たっぷり三秒の空白。
「なんだって?」
「その宝石が、もし呪われた宝石だったらどうするんだって言ってんだよ」
口からでまかせのつもりだったが、はた、とジェリーは自らのいった言葉が腑に落ちてしまう。ありえない話ではない。なんてったって、悪魔が所望する宝石だ。何があってもおかしな話ではないのだ。
自殺をするとかそんな感じではないところを見ると、おそらくあのアメジストの指輪のようなものではないはずだが、つぅ、と冷や汗が伝う。
「いいのか?」
「いや、でもそうと決まったわけじゃ……」
マイケルは言いよどむ。アクアマリンの話を聞いているジェリーと彼では真剣みが違う。ジェリーがマイケルの立場であったとしたら、即時にこの奇妙な事態に対応しやしなかっただろう。何をバカなことを、と鼻で笑うのがオチだ。
さて、どうしたものかとジェリーはポケットからコインを取り出す。パチンと指で弾き、ポン、と手の甲に置く。
「裏」
「じゃあ僕は表だ」
手のひらを外すと、そこには裏向きのコイン。ジェリーはひょい、と眉を上げてマイケルに言う。
「俺の勝ち。そもそもドライバーは俺だしな。戻るぞ」
車をUターン。マイケルの意見は聞かない。それでいい、とDが笑っているような気がして居心地が悪かったが、仕方がなかった。
紙にかかれたDからの伝言には、報酬は後払い。銀行の金庫の鍵は俺が持っている、と書かれていた。ジェリーはアクアマリンのピアスがあるという町に戻るしかなかった。
引き返した町のモーテルに車を止め、二人は一息ついていた。日によっては車の中で夜を明かすこともあったし、こうやってまともな休みを取れる時間は、理由はともあれ大事にしなくてはならない。
「戻ったはいいけど、僕はあの人がどこにいるのか知らないよ?」
「おい、嘘だろ! 美人に会ってナンバーの一つも聞いてないのかよ!」
本気で驚いた顔をしているジェリーに、マイケルは顔を覆った。
「すぐ出る町で美人に出会ったからって、そんなに簡単に番号聞いたりしないよ!」
「だからチェリーなんだよ!」
「僕はチェリーじゃない!」
勝手にチェリーにされるのは困る。マイケルは信心深い性質ではあるが、婚前交渉は駄目だとか酒は悪徳だとかそんなことを言うつもりはこれっぽっちもない。どちらも人並みには嗜む。ただ、ジェリーのように移り気で軟派じゃないだけだ。甚だ心外。
「あ、でも」
「でも?」
マイケルは一つ手がかりに気がつき、声を上げた。自分のベッドに腰掛けているジェリーが、ビールの栓を開けながら視線を投げて寄越す。
「今日僕がご飯を食べてた店、メニューも見ずに頼んでたから、多分常連なんじゃないかな」
ビシッ、とジェリーに指を差される。
「それだ! よくやったぞ、ミック」
「でも、どうするの? 一日中そこにいる訳にもいかないだろ?」
ジェリーがぱちり目を瞬かせる。そして、けらけらと笑いだした。
「そんなの簡単だろ! それほどまでに常連だったら、店員に聞けばいい!」
それもそうかと、そんな簡単なことを見落としていた自分が恥ずかしくなる。思わず赤くなってしまうマイケルを見てジェリーは更に面白がって笑い、なんとも憎たらしい。やっぱり、こんな相手と旅なんてしたくないぞ、という思いがむくむくと大きくなっていくが、それをなんとか押しとどめて、大人の対応。神も言っているじゃないか、許せと。
「じゃあ、明日行こうか」
「いや、今日だ。とりあえず俺は腹が減った」
「待って、僕数時間前に行ったばっかりなんだけど?」
明らかに難色を示せば、相手の眉間にシワが寄る。そして彼は本気で腹を立てた様子で言った。
「お前が来たから! 俺は食えてないんだよ!」
「え、ジェリー食べてなかったの?」
「食えてねえよ!」
完全にむっとした顔をしている。じゃあ来なければいいって、そう言いたいのかよ。けったいな話だ、とマイケルが眉を寄せていると、ジェリーが手にしていたビールの蓋を投げてくる。食べ物の恨みは恐ろしい。




