アクアマリンの行方
マイケルは、近くの少しおしゃれな喫茶店に入った。ジェリーと一緒だと、だいたいファストフード店かバーになってしまう。いい加減そういう偏ったものに飽き飽きしていたし、何より体に悪そうだった。
そうでない場所に入っても、基本的にジェリーは高カロリー高脂質、そうでかでかと書かれそうなものを好んで食べた。ジェリーはハンバーガーに入っているレタス一枚で野菜を摂った気になっているが、マイケルはどうもそうは思えない。モーテルに入る前にりんごなりなんなりを買ってひとり齧る日々だ。
「サンドイッチと、サラダを」
申し訳程度でもいい、少しマシな物が食べたい。溜息を吐きながら出された水を飲んだ。冷たい液体が喉を通り、胃に落ちていく。
内臓から冷やされていくと同時に、血の昇った頭も少し冷える。しかし、だからといって理性が全て戻った訳ではない。先ほどのやりとりを思い出せば、やはりジェリーの言い方も悪いと思うし、そこまで攻撃的になる必要はないはずだ。
確かにマイケルはジェリーに迷惑をかけているだろう。けれど、マイケルに手を貸させてくれないのもジェリーだ。運転は全てジェリー。勿論メンテナンスもジェリー。手法はよろしくはないが、やポーカーなどのギャンブルで儲けてきている。マイケルのすることと言ったら、面倒臭がったジェリーのために食事を買ってくるくらい。
ぼんやりとどこかを見ていたり、そわそわとしていたりと、何か思うところはあるのだろうが、彼は一度もそれをマイケルに言ったことはない。
基本的に、信用されていないのだ。
「……いつまでこんな生活続くんだろう」
ぽつりと呟いた。
「お兄さん一人? 隣いい?」
声がかかる。顔を上げると、にっこりと笑った女性。Tシャツにシャツ、ジーパンというシンプルでな格好をしているが、それによって彼女のスタイルの良さが引き立っている。
「あぁ、どうぞ」
マイケルが隣の椅子を引くと、彼女はにっこりと笑ってそこに腰掛けた。周りを見ると、人がいっぱいになっている。まだ混んでいない時間に入ったはずなのに、と時計を見るとちょうど昼食時、ぼんやりしすぎたな、早く席を開けようかと思ったとき、隣の女性が髪を耳にかける姿に目を奪われた。
どこか男っぽい彼女が、女性らしい細い指でするりと肩に掛かるほどの髪をかける姿は色っぽく、思わずどきりとしそうな程だった。それに、キラリ、と耳元で光る銀色に目を惹かれる。水色の透明な石がついたそれは、シンプルだが物は悪くなさそうだ。彼女によく似合っていた。
「どうかした?」
「いいや、そのピアス、良く似合ってるなと思って。ごめん、じっと見て」
装飾品に目がいってしまうのは悪い癖だな、とマイケルは内心苦い顔をする。彼女はマイケルの不躾な視線にも悪い顔をすることなく、嬉しそうに顔を輝かせた。
「いいでしょ! この前露天で見つけたんだけど、つい気になって買っちゃったの!」
露天? マイケルは少し気になった。それは、使い込まれた様子ではあったが、露天で売るような物ではなかった。けれど、それを言ってどうなる訳でもない。だいたい、この距離ではそれが何なのかもわからない。マイケルは笑って返した。
「綺麗だね、水色の……なんだろう。ガラスじゃなさそうだし」
「さぁ? 何も書いてなかったから」
ただ、と彼女は少し顔を曇らせた。
「これ、すごくキレイなんだけど、付けてる日ってなんかいいことないのよね」
彼女はその指で柔らかそうな耳に触れる。ネイルなどもしてない、桃色の爪。ついつい目がいってしまう。
「でもなぁ、キレイだしなぁ」
ぶつぶつと呟く彼女に、マイケルは眉を下げ、笑いかけた。
「一度気になるとずっと気になるし、気のせいってことにするのも、気持ち悪いと思ってつけるのをやめるのもどちらもアリだと思うよ」
そうよねー、なんて、彼女は嘆いている。マイケルは、そんな彼女に苦笑いをした。
「ったく! あの役立たずめ!」
ジェリーは悪態をつきながらズンズンと歩いていた。実際別段腹が減っている訳ではなかったが、ここで食事をとると言った手前、どこか飯を食べることのできる場所を探さなくてはならない。
チラチラと道の両サイドを見ながら歩いているが、残念ながら財布事情に則しており、かつ舌に合う店を探す。
「オーガニック系、ヘルシー系……トウフ専門店? 違う、そうじゃない。圧倒的にカロリーが足りない!」
ようやく見つけたハンバーガー店でに入り、できるだけカロリーが高そう、かつ安いセットを頼む。
一息つくか、とグラスの水に口をつけた。
「最っ高のタイミングだ」
ジェリーは、口に含んだばかりの水を吹き出しそうになった。ジェリーは慌てて目線をあげる。にたにたと歪む三日月。テーブルの向かいに、忌々しいアンバー。
「今度はなんだ」
ことりとグラスを置き、睨みつける。彼は意にも介さず足を組み替え、ジェリーが置いたグラスを手にし、優雅に喉を潤している。
「あぁ、今日は俺も調子がいいな」
そう言って笑う彼は、今日は随分と機嫌がいいようだ。ジェリーの気分など無視で、彼は机に頬杖をつき、身を乗り出す。
「あるぞ」
「何がだ」
ジェリーは要領を得ない言葉に、眉を寄せた。Dはひょいと眉を上げて、ふふっと鼻で笑う。
「アクアマリン。お前が今まで宝石店を通るたび眺めてたやつじゃあない。俺が言っていたやつだよ」
なんで俺がお前のために、そう食ってかかろうとしたジェリーの心を読んだかのように、彼は付け足す。
「お前らが追いかけられてる本当の理由、知りたくないか?」
彼は胸ポケットから四つに折りたたまれた一枚の紙を取り出す。
「これ、なぁんだ」
彼はニコニコとしながら、人差し指と中指で挟まれたそれを、くるりとひっくり返す。荒っぽく、少し角ばった少し読みにくい字。その字には、見覚えがある。ジェリーはその手から奪い取るように勢いよく手を伸ばした。
ひょいっと、その手をかわし、Dはにやにやとした。ジェリーは舌打ちをした。
「……あぁ、それと」
Dが何かを言いかけたその時。
カラン
店の入口のベルが鳴った。ついそちらへと目が行く。そこには、息を切らしたマイケル。目線を戻すと、そこにDはおらず、机の上に彼の持っていた紙が落ちていた。
「ジェイ!」
「んだよ、慌ただし……」
「いくよ!」
ずかずかと寄ってきた彼は、ジェリーの手を掴んで引く。ジェリーは机の上に残された紙をそっと掴んでポケットにねじ込みながら、有無を言わさず手を引くマイケルの胸を押し、遠ざける。
「なんなんだよ、一体」
「ヤツら、もうここまで来てる!」
その一言にはっとして、ジェリーは彼の言うとおり店を慌てて飛び出した。




