アクアマリンの行方
「レベッカ。だから大丈夫だって……今は前の町から出て東に向かってるよ」
マイケルは電話の向こうで声を荒げる姉に、苦笑いしながら会話をしていた。この調子なら、彼女はなんだかんだと元気そうである。
「うん、そうなんだ。スミスさんが世話してくれてるなら、大丈夫だね。じゃあ、切るね。何もないとは思うけど気をつけて」
なおも何か言い募ろうとするレベッカに、強制的に電話を切る。ふぅ、と息を吐いてシートに背中を預けた。
「スミスって、あれか……宝飾店の、スミスか」
ジェリーが首を傾げた。
「覚えてる? 叔父さん子どもがいなかったし、僕たち可愛がってもらったよね」
共通の話題に、少し嬉しくなる。
「俺は、正直苦手だった」
ジェリーはそう一言だけ言って黙っただけだった。取り付く島もない。
彼と旅をはじめて、一週間程が経つ。一週間、日常で言えば短い、旅行にしては長い期間だ。そして、ほとんど他人と一緒に暮らすには、長すぎる日数。
有り様に言えば、マイケルはフラストレーションが溜まっていた。ついでに言えば、ストレスも。
最初のうちはよかった。お互いに自分は自分、相手は相手というスタンスを崩さずに相手に踏み込みすぎず、相手のテリトリーを侵さず、多少気を使って生活する。
そりゃそうだ。以前を知っているとはいえ、遠い昔。今となっては二、三日一緒に過ごしただけの他人だった存在と四六時中、一緒。さらにいえば、狭い車内で一日の大半を過ごしている現状。
ストレスが溜まらない方がどうかしている。
「あー……今度はどこの街?」
「知るかよ。どこになんの街があるかなんて俺は知らない」
それっきり、黙り込む。マイケルとジェリーの間に流れるのはジェリーの流す音楽のみ。最初こそ、話す内容もあった。それこそ好きな食べ物や、音楽、映画などだ。けれどそんなものはすぐ尽きてしまう。過去の話となるとジェリーは口をつぐむので、触れられたくないのだろうと、口に出すのをやめた。
だから、今はほとんど沈黙が車内を占める。窓の外を眺めるのも、もう飽きた。街や山、海や林。違いはあれど、それでも延々眺めていられるものじゃない。
「そういえば」
ふっと、ジェリーに目をやると、片手をハンドルに置きながら、もう片方の手で手慰みに自らの首にかかった大ぶりなネックレスを弄んでいる。
「そのネックレス、ずっとかけてるけど、ジェリーも神に祈ることがあるの?」
彼の首にかかるそれは、デザイン性に溢れ、明らかにロザリオとしての役目を果たしていないことは分かった。加えてジェリーの性格だ、神なんていないとすら言いそうだと思いながらも、冗談めかしてマイケルは尋ねた。
「そういう目的じゃねーよ。これは、貰いモンだ」
へぇ、とマイケルは息を漏らす。
「そんなに大事につけてるなんて、恋人からの?」
どんな街に行っても女をたらしこんで一晩過ごそうと目論んでいる彼の様子じゃ、決まった相手はいないだろうけど、そう茶化そうとする前に、ジェリーが端的に返した。
「父親からだ」
思いがけない答えに、マイケルは戸惑った。父。彼の父は、職人気質で昔気質、しかし美しい作品を作り上げる人だった。彼の作ったアクセサリーを何度か見たが、子供心に、あの無骨で太い指からどうしてこんな物が出来上がるのだろうと思ったものだ。確かに、よく見たら彼のかけるネックレスは無骨であるが、細かいところまで細工が行き届き、安っぽさを感じさせない。
「ジェリー、お父さんのこと大好きだったもんね」
ピクリ、と彼の頬が動く。
「僕も父からネックレスを貰ってずっとかけてるんだけど、多分これも君のお父さんが作ったのじゃないのかなぁ」
マイケルは、いつもは服の内側にしまってある銀のチェーンを引き出した。濃い色をした平らな木の真ん中、透き通った水晶がはまった少し珍しいリングが、小さな銀のリングでチェーンに繋がっている。
父の事を苦く思いながらも、彼の残したこれを外せずにいる中途半端な自分と違って、彼は父親を尊敬し、そのネックレスに彼の背を見て、憧れるのだろう。少しだけ、羨ましかった。
「ジェリーも、アクセサリーを作ったりしてたの」
「いいや」
マイケルは少し怪訝に思う。彼の作業場には、金工道具や彫金工具がおいてあった。しかし、それも普通の工具と見間違えた可能性もある、そう判断する。
「そういえば、ジェリーのお父さんは?」
「死んだ」
低い声だった。見ると、ジェリーの顔は色をなくし、なんの表情もそこにはなかった。まずい、そう思ってマイケルは次の言葉を探した。
「ごめん、えっと、その……」
言いよどむマイケルに、ジェリーはぴしゃりと言った。
「面倒くせえ気遣いすんな。スラムで生きてんだからお前みたいにぬくぬく生きてらんねえんだよ」
トゲのある発言に、マイケルは自分の落ち度も忘れてムッとする。
「貧しいからって、心まで貧しくなる必要ないと思うけど」
「は? 世間知らずのお坊ちゃんが何言ってんだ? 夢でも見てるのか」
いつもは皮肉や嫌味をもうちょっと遠まわしに言うジェリーがほとんど直接的に言った。いつもは垂れ気味のアーモンドの目が細く釣り上がっている。
「そのお坊ちゃん相手にムキになられるのが、世間をよぉく知った海千山千の世渡り上手な御方のなされることなんですかねぇ?」
「あぁ!? うるっせーよ、ミッキー。夢の国へ帰れ」
カチン
普段はミックと呼ぶ癖に、こんな時にミッキーなんて愛称で呼ぶのは卑怯だろう!
「それならあんたはにゃんこと追いかけっこしなきゃだなぁ、ジェリー!」
ジェリーが少し荒っぽく車のスピードを落とし、停めた。本当ならば、通り過ぎていくはずだった街。怪訝な顔をしていると、ジェリーがキッとマイケルを見て、一言。
「腹が減った」
一瞬の間。マイケルとジェリーは見つめ合い、同じように息を吸い、それから同時に言い放った。
『食事は別々で!』
そうして、二人は全く逆方向へと歩き出した。




