ラピスラズリの秘密4
とりあえず、ジェリーとマイケルは各々旅支度を済ませるために別行動をとった。マイケルは姉に事情を話し、家を出てもらわねばならないし、勿論服も必要だ。ジェリーも同様に、自らの衣服であったり日用品であったりを取りに行く必要がある。
ジェリーは、少し大ぶりな鞄に荷物を全てつめ、床に置いた。首から下げたネックレスの皮紐に指を絡める。トップの部分には、大ぶりなクロスと、それに絡まる2つのリング。この手のネックレスはだいたいひとつのリングがクロスにかかっていることが多いが、これは特別だった。クロスに絡む片方のリングは細くシンプルな銀の輪だが、もう片方のリングには、中心のラインにぐるっと藍色の不透明な石が埋め込まれている。
「ちゃんと魔除けとして働いてくれよ、ラピスラズリさん……」
そのペンダントトップに軽く口付ける。それは幼い頃父からもらったものだった。捨ててしまってもよかったが、丁寧に丁寧に首からかけられた記憶が、それを許さない。
『身に付けるのを忘れるな。それは試練を与えるかもしれないが、守ってもくれるだろう』
いつも仏頂面で無口な父が、真剣な顔でジェリーを見つめながら首にかけたのだ。
「魔除けも何も、今の事態はソレが引き起こしてるんだけどね」
こんなタイミングで聞きたくもない声に、ジェリーはバッと振り返る。
「ハロー?」
食えない笑み。ひらひらと手を振る東洋人。
「……どういうことだ、D」
「どうもこうも、その通りの意味だよ」
相変わらず答えを直接的に告げない彼は、後ろで手を組みながら、ジェリーの周りと、トントンとゆったりと歩く。
「おいっ……」
「そうせっかちにならないでくれ。全部教えるよ」
にっこりと笑って、男は一歩ジェリーの近くに足を寄せた。耳元で、笑いを含んだ声。
「俺の欲しいものを揃えてくれたら、一つずつ教えよう。君の父親のこともね」
かっと一瞬で頭が沸騰した。ジェリーはDに掴みかかろうと手を伸ばしたが、そのときは既に彼の姿はなく、その手は空を切っただけだった。何もない空中から、声が聞こえる。
まずは、アクアマリンのピアス。
彼の笑いを含んだ声が部屋に響き終わり、そして部屋は、いつもの姿を取り戻した。アクアマリンのピアスってなんだ。粗悪品位しか買える金なんざねぇ、と思いながらもジェリーは部屋を見渡し、悪態を吐いた。
「……サノバビッチ」
しかし、ジェリーは倉庫を出て鍵を閉めた頃もう一度叫ぶことになる。
「サノバビッチ!」
突きつけられる金属。銃口から目を離さず、ジェリーは両手を上げた。真っ直ぐに銃を向ける相手の顔に見覚えはないが、どう考えても原因は明らか。
「……ラブジュエルの関係か」
「そんなとこだ」
頷く男は、どう見ても銃を握りなれていて、おかしなことをしたら一発で頭を撃ち抜かれることがわかった。ジェリーおとなしく彼の動向を伺うしかない。
「自殺を招くアメジストの指輪だろ」
「あぁ、もしかして周りの奴らを殺したのか?」
ダーミット。にやにやとした笑いに怒りが沸く。目の前の男は、罪のない誰かが指輪の犠牲になったことを笑ってしまえるのだ。ジェリーからしてみれば、旧友をなくすかもしれない大事も、彼にとっては単なる笑いのタネだ。殴りかかりたい気持ちをぐっと抑えていると、男は楽しそうにペラペラと喋る。
「あれは楽だよなぁ。使えないくせにうるさい娼婦、面倒な客のパン屋、ショバ代をちょろまかすマフィア、偶然拾った物乞い、それに、知りすぎた人攫い。面倒な奴らが渡すだけで勝手に死ぬ!」
ははっと笑う男の顔に、ジェリーはゾクリとした。スラムには多くの人間がいる。勿論、人を殺すこと抵抗のない人間も多くいる。けれどそれは自分が生きるため、その範疇で行われることでこんな風に好き好んで、笑って人を殺す人間な訳ではない。
「……お前らはなんで死なないんだよ」
「お前も死んでないってことは、知ってる癖に」
楽しそうに笑う男。吐き気がする。早いところこの場から逃げ出したいのに、逃げ出せない。逃げるタイミングを伺っているが、全くそんな隙はなさそうだった。
「まぁ、お前に聞きたいのはそれだけじゃない。持っているんだろう、ラピスラズリの指輪を」
ジェラルド・ジェンキンス。
その名を紡がれた瞬間、ジェリーはその身を屈め、銃口から身をかわし、同時にその腕をひねり上げた。バン、と乾いた音が聞こえるがそんな音にいちいち驚いてはいられない。腕をひねりあげられ、体勢を崩した男から、銃を奪う。男は、驚きに目を見開いてジェリーを見ていた。
怒りで冴えすぎた頭は、勝手に彼の隙を見つけ、体を動かし銃を奪っていた。ジェリー自身、今無傷で立っているのが不思議な程だった。沸騰した心が、すぅっと冷え込んでいく。
男から奪った銃を握り直し、銃口を向けた。
「俺はそんな名前じゃない」
ジェリーは躊躇いなく、その男の両足と両腕を打ち抜き、ポケットからキーを出して、全力疾走で自分の車の置いてある方へと向かった。
急いで車を出しながら、疑問が頭をよぎる。結局、なぜマイケルとジェリーは、アメジストの指輪を持っても平気だったのか。何か特別なことをした記憶などなかった。そして、ラピスラズリの指輪とは何なのか。
「……いや、まさかな……」
胸元のクロスに手をやり、ぎゅっと握りこんだ。




