第4話「朝のメモと、赤い頬」
図書室で出会った二人の女の子が、
一年かけてたどり着いた春の話です。
全7話完結済みです。
翌日、雪は図書室に来なかった。
葵はいつもの席に座って、本を開いたまま一行も読めなかった。正面の椅子が空っぽなのが、こんなに落ち着かないものだとは思っていなかった。授業中もずっと、昨日の雪の顔が頭の隅にある。傷ついたときの、あの静かな目。
謝りたかった。でも、廊下で目が合うたびに先に逸らしてしまった。みっともない、と思った。好きな人に意地を張るなんて。でも体が言うことを聞かなかった。
二日目も、三日目も、同じだった。放課後の美術室には二人とも来ていたが、会話が続かなかった。「ここはどうする」「任せる」。それだけだった。壁画は少しずつ進んだが、以前とはまるで違う空気だった。
四日目の朝、葵はいつもより一時間早く登校した。教室にはまだ誰もいない。雪の席の前に立って、葵はしばらく迷ってから、ノートの切れ端にペンを走らせた。
〈ごめん。言い方がひどかった。雪の絵、ほんとはすごく好きだよ。構図もこだわりも全部〉
書いてから、ばかみたいだと思った。消しに行こうか迷っているうちに、引き戸が開く音がした。雪だった。こんなに朝早く来ることがあるのか、と葵は内心あわてた。逃げる間もなく、雪はまっすぐ自分の席に来て、メモを見た。
数秒、沈黙があった。葵は心臓が喉まで上がってくる気がした。
雪がゆっくり葵の方を向いた。頬が、うっすら赤い。
「私も、言いすぎた。葵の勢いがなかったら、あの壁画、ずっと構図だけ考えてたと思う」
葵の胸がぎゅっとなった。泣きそうになるのをこらえるために、口をきゅっと結んだ。
「壁画、一緒に完成させよう」と雪が続けた。「葵の勢いと、私の構図、どっちもあった方がいい絵になる」
窓から朝の光が差してきた。教室に、誰かが入ってくる足音が聞こえはじめた。
「うん」と葵はどうにか言った。「一緒に作ろう」
雪が小さく頷いて、椅子を引いた。何事もなかったみたいな静かさで。でも、その横顔はどこかほっとしているように見えて、葵はやっと息ができた気がした。
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