第3話「ひまわりが、にじんだ」
図書室で出会った二人の女の子が、
一年かけてたどり着いた春の話です。
全7話完結済みです。
六月に入って、文化祭の準備がはじまった。
クラスの出し物は教室展示。廊下の壁一面に絵を飾ろうということになり、美術部の雪と、図工だけは得意な葵が共同で壁画を担当することになった。放課後を使って美術室で作業する。二人だけの時間が増えると聞いて、葵は内心ほっとした。
最初の打ち合わせで、葵は「ひまわり畑にしようよ! でっかくて元気な感じの」と言った。雪は少し考えてから「悪くないけど、構図をちゃんと決めてからの方がいい」と返した。葵は「でもとりあえず描きながら考えれば?」と言い、雪は「それだと後で直しが大変になる」と言った。どちらも間違っていないのに、少しだけかみ合わなかった。
はじめのうちは笑いながら話し合えた。雪がスケッチブックにラフを描いて、葵が「ここもっと花増やそう」と書き込んで、二人で消したり足したりした。それはそれで楽しかった。
でも、文化祭まで二週間を切ったころから、空気が変わっていった。
葵は焦っていた。全体の半分もまだ描けていない。このまま間に合わないんじゃないかという不安が、作業の手を雑にさせた。細かいところは後でいい、まず形にしようと、どんどん筆を動かした。
雪は黙って葵の絵を見ていた。何も言わなかった。でも表情が、少しずつ硬くなっていった。
崩れたのは、ある金曜の放課後だった。
葵が下描きなしで大きく花を描き足したとき、雪がとうとう筆を置いた。
「葵は、もう少し立ち止まって考えることができないの」
怒っているのかどうかわからない、平坦な声だった。だからこそ刺さった。葵は筆を持ったまま固まった。
「……じゃあ雪は、考えすぎて何も動かないじゃん」
言ってから、しまった、と思った。雪の瞳がかすかに揺れた。傷ついたのがわかった。それでも葵は謝れなかった。意地が邪魔をした。
「……今日は帰る」
雪が静かにスケッチブックを閉じて、立ち上がった。美術室の扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
葵はしばらく一人で筆を動かそうとしたが、何も描けなかった。ひまわりの黄色が、にじんで見えた。
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