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第2話「心臓が、うるさくなった」

図書室で出会った二人の女の子が、

一年かけてたどり着いた春の話です。


全7話完結済みです。

それから昼休みのたびに、二人は図書室で顔を合わせるようになった。


はじめは偶然だったのか、示し合わせたみたいになっていったのか、葵にはよくわからない。ただ、気づいたら同じ席に座っていて、気づいたら毎日顔を見ていた。


葵はよくしゃべった。今日体育で転んで膝を擦りむいたこと、購買のカレーパンが今年からレシピが変わったらしくてがっかりしていること、読んでいる本の主人公が優柔不断でどうにも好きになれないこと。どうでもいい話ばかりだと思いながら、止められなかった。雪が相槌を打つたびに、もう少し声を聞いていたくなった。


雪は少ない言葉で返した。「それは災難だったね」「カレーパンは前の方がおいしかった」「主人公は最後に変わるよ、きっと」。短いのに的確で、葵はいつも「そうそう、それ!」と前のめりになった。たまにペンを止めてくすりと笑う雪の笑顔を引き出すたびに、胸のどこかを小さく殴られる気がした。


五月のある水曜日、美術の課題で静物画の下描きをしていた葵は、どうしても瓶のパースがうまくいかなくて困っていた。隣の席の子に聞こうと思ったとき、正面から「見せて」と雪が言った。雪はシャープペンを葵の手元に持ってきて、ほんの数本の線を足した。とたんに瓶が立体に見えた。


「すごい」と葵がのぞきこんだとき、雪の指が葵の手の甲をかすめた。


たった一秒の接触なのに、頭の中が真っ白になった。心臓が跳ねて、頬が熱くなって、葵はあわてて「あ、ありがとう」とだけ言った。雪は「うん」と静かに自分の席に戻った。何事もなかったみたいに。


(あ、これ、好きだ)


気づいてしまえばあとは早かった。朝のホームルームで雪の横顔を目が追ってしまう。雨の日に廊下で並んで傘を持って歩くとき、肩の距離がいつもより近いだけで幸せになれる。名前を呼ばれると耳の奥が熱くなる。図書室に入るとき、先に雪が来ていると胸の中にぱっと光が灯る気がする。そんな自分が恥ずかしいような、嬉しいような、よくわからない。


葵は自分がわかりやすい人間だと思っていた。好きなものは好きと言えるし、嫌いなものは嫌いと言える。でも、この気持ちだけはしばらく、どう呼べばいいかわからなかった。女の子が、女の子を好きになる。それを変だとは思わなかった。ただ、胸の中でころころと輝くこれを、どこに置けばいいのか、わからなかった。


それでも、図書室に向かう足が速くなるのを止められなかった。

読んでくれてありがとうございます。


続きもよろしくお願いします。

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