第1話「声をかけた、春の午後」
図書室で出会った二人の女の子が、
一年かけてたどり着いた春の話です。
全7話完結済みです。
四月のはじまり、図書室はまだ誰も使いかたを知らない空気をしていた。
本棚と本棚の間に差し込む午後の光が、埃をきらきらと浮かばせている。新学期初日の昼休み、日向葵は鞄から文庫本を取り出して、窓ぎわ一番端の席に滑りこんだ。去年から読もうと思ったまま百ページで止まっていた恋愛小説。クラス替えの気まずさから逃げるみたいに、活字に目を落とした。
一年生のときはあんなに賑やかだった友人グループがきれいにばらけて、葵の新しいクラスには知り合いが二人しかいない。どちらも今日は弁当を囲んでいて、三人目として割りこむ勇気がなかった。自分でも情けないと思う。いつもなら誰にでもすぐ話しかけられるのに、新学期の教室だけは少し、緊張する。
そのとき、椅子を引く音がした。
正面の席に、すとんと腰を下ろしたのは柊雪だった。同じクラスの、確か出席番号が葵のひとつ前の子。くせのない黒髪を一本結びにして、制服の第一ボタンまでとめている。去年も同じ棟だったから廊下で何度かすれ違ったことがあるけれど、声をかけたことは一度もない。静かで、どこか近づきがたい雰囲気があった。
雪は葵の存在には気づいていないようで、膝の上にスケッチブックを開き、シャープペンを静かに動かしはじめた。葵は本を読むふりをしながら、ちらりと様子をうかがった。描いているのは――窓の外の桜並木だった。まだ七分咲きの桜が、細い線で丁寧に、本物よりも少し夢の中にいるみたいに紙の上に現れていた。
葵はしばらく黙って見ていたが、気がついたら口を開いていた。
「……きれいに描くね」
思ったより素直な言葉が出て、少し恥ずかしくなった。雪がかすかに顔を上げる。目が合った。
「ありがとう」
それだけだった。でも、その一言がやわらかくて、葵の胸にすとんと落ちた。図書室の窓から、花びらが一枚、ゆっくりと落ちていった。
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