月下の助言
夜。
訓練所の灯りが消えた後。
グレイスは一人、王都の外壁近くまで歩いていた。
体は重い。
だが頭は冴えている。
氷を掌に出す。
圧縮。
展開。
まだ甘い。
「魔力の流れが乱れている」
背後から声。
振り向く。
赤い瞳。
月光を受け、銀髪が淡く輝く。
セラフィナ・インフェルナ。
城の塔ではなく、地上にいる。
「……見てたのか」
「少しだけ」
嘘ではない。
全部でもない。
⸻
沈黙。
夜風が冷たい。
彼女は月を見上げている。
「焦っているわね」
「焦ってない」
即答。
「嘘」
淡々と。
刺さる。
「壁に当たった時、人は二種類に分かれる」
視線は月のまま。
「諦めるか、削るか」
「削る」
「なら、力むな」
彼女はグレイスを見る。
紅い瞳。
揺れない。
「氷は止める力。押す力ではない」
一歩近づく。
距離が縮まる。
「あなたは無理に広げようとする」
指先が、空気に触れる。
炎は出ない。
ただ魔力の流れだけが感じられる。
「中心を定めなさい」
彼女の声は低い。
「凍らせたい“点”を決める。そこから世界を止めるの」
グレイスは目を閉じる。
一点。
呼吸。
魔力を絞る。
圧縮。
静かに展開。
地面の一点から、放射状に氷が走る。
以前より、深く。
鋭く。
音が違う。
「……」
目を開ける。
氷は割れていない。
「悪くない」
短い評価。
だが否定ではない。
⸻
「どうして教える」
思わず聞く。
セラフィナは少しだけ考える。
「東は強さを求める国よ」
それが表向きの答え。
だが、少し間がある。
「あなたは、あの日立っていた」
戦場跡。
瓦礫。
血。
「それだけ」
それだけ、ではない。
だがそれ以上は言わない。
⸻
月が高い。
夜は静かだ。
「風と水を大事にしなさい」
彼女は言う。
「一人で強くなるより、三人で崩れない方が強い」
グレイスは頷く。
「……分かった」
少しの沈黙。
気まずくはない。
「お前は」
言いかけて止まる。
セラフィナが横目で見る。
「何」
「強いな」
素直な言葉。
彼女は一瞬だけ視線を逸らす。
ほんのわずかに、紋様が淡く赤く光る。
すぐ消える。
「当然よ」
短く返す。
だが声音は柔らかい。
⸻
「戻りなさい。明日も訓練でしょう」
背を向ける。
炎は出ない。
静かな歩み。
「セラフィナ」
呼ぶ。
足が止まる。
「……ありがとう」
少しの間。
振り返らないまま。
「強くなりなさい、グレイス」
それだけ残して、夜に消えた。
⸻
氷が月光を反射する。
さっきより、静かで鋭い。
焦りは消えていない。
だが方向が定まった。
一人ではない。
壁は削れる。
確実に。




